フードと黒いサングラスをかけた一人の青年も会場の中に足を踏み入れる。サングラスから覗く金色の瞳は微かに揺れている。背の高い彼は邪魔にならないよう端に寄った。
そして手に持つドリンクを一口吸いながら時間まで待機した。
──数十分後
『みんな〜!今日も来てくれてありがとう!』と可愛らしい声のアナウンスが入る。観客席は一気に湧き上がった。それから声の主はライブ中の注意事項を読み上げていく。
場内にいる全員がその声に耳を傾ける。そしてアナウンスが終わるとライブが開始するまでの時間落ち着きなくざわめいていた。
シャトナ族の彼、エヘーヤ……巷ではダンシング・グリーンで有名な彼も落ち着きがなかった。
同じアルカディア闘士のハニー・B・ラブリーのライブに参戦するのは初めてだった。ちなみにハニー・Bのライブチケット当選率はかなり倍率が高く、今回当たったのは本当に奇跡だったのかもしれない。
大きな会場の片隅に、立ち尽くし一人でただただ真っ暗なステージを見つめた。
エヘーヤ自身もダンシング・グリーンとしてステージに立ち、ダンスで盛り上げる。それはあくまで共に楽しむ事が前提だった。
ダンシング・グリーンのパーティー会場では自分ではなく、その場みんなが主役、それが彼のモットーだった。
だが、ハニー・Bはアイドル。自分が主役。周りのファンや観客はそれを見て応援している。
同じダンスを踊る者としても方向性がかなり違う。
そしてなによりエヘーヤはハニー・Bに一目惚れしている。初めて会った時の可愛らしさとアルカディアでの戦闘中の負けず嫌いな一面、そのギャップに心を捕まらされたのだ。
それを口にしてしまえばなんと言われるだろう。幻滅されるだろうか、嫌われてしまうだろうか。
現時点でいい手応えがあるとは思ってはいない。だがそれでもこの胸の高鳴りを誤魔化すことは出来なかった。
──好きだ
たった一言も言えない小さな男で情けないと鼻で笑われるかもしれない。それでも──
開演のブザーが鳴る。そしてしばらくするとドラムのリズムをとる音が聞こえ、真っ暗な世界に一気に光が差し込んだ。
カラフルなスポットライトとスモークマシンによる派手な演出の中、主役は歌いながら飛び出してきた。最新曲だ。ずっと聞いてきたから分かる。もちろんコール&レスポンスも覚えてきた。
笑顔で踊りながらステージを舞うハニー・Bに目がただただ釘付けになっていた。
アイドルというのは相当な努力をし続けなければならない。
ファンに愛され続けるための途方もない努力を。
近くで見てきたから。
──最高だな
最後の最後まで走り切り、アンコールも終えて無事ライブは終了した。途中目があった様な気がしたし、少し戸惑った顔をしていた気もしたが、きっと気のせいだろう。何故なら周りにはバレずに潜入できたからだ。
それでもステージに立つ彼女は人一倍輝いていた。
嬉しい・楽しい記憶は一時的に思い出せなくなる。だが、興奮が落ち着くとようやく振り返る事が出来る。
エヘーヤはベッドに寝転がり、すぐに熟睡した。
◇◇◇
次の日、アルカディアにて試合があるため足を運ぶ。控え室の自動ドアが開き、中に足を踏み入れると見慣れた顔に立ち止まった。
椅子に座って化粧をするハニー・Bだった。
昨夜ライブだったというのにもう試合だろうか。
以前化粧中に声をかけるた際に、「メイク中に声かけないで」と酷く怒られた事を思い出し、そっと静かにスルーしようとした。
「カエルくんさぁ」
が、向こうから話しかけてきた。思わず振り向く。動揺が隠しきれない。まさか向こうから声をかけてくるとは1ミリも思ってなかったからだ。
「お、おう……」
僅かに声が裏返ったが気付かないでくれ、恥ずかしいから。そんなことを思いながら次の言葉を待った。
今はリップを塗っているためか、間があく。無言の空気がなんとも居心地が悪かった。
「昨日アタシのライブきてた? 」
(やっぱり気付かれてたか……)
チラリとこちらに向ける視線が痛い。だが居なかったというと絶対嘘と言われるため、正直に答える。
「いた……な」
「ふーん」
たったそれだけだった。もっとなんか言われるかと思って構えていたが、拍子抜けする。ホッと胸を撫で下ろしていると、「倍率高かったんじゃない? 」と更に問いかけてくる。意外と話してくれる事に驚きつつも、「まあ、今回当たったのはかなりラッキーだったな」と返答した。
「感想」
「えっ」
「えっ、じゃなくて感想聞いてんの」
突然感想を求められる。まだ"ダンシング・グリーン"になれていないというのに、そんなズバズバと言葉が出てくるわけじゃない。えっと……と少し考えてから「新しい衣装可愛かった」と答えると「他は? 」とまだ追加注文してくる。
だが、エヘーヤはだんだん調子が上がってきたのか、自の声からダンシング・グリーンへと声の調子が上がっていく。
褒めちぎった。彼なりに良かったところを褒めちぎった。あの曲が良かった、あの時のパフォーマンスが良かったなど、思いつく限り褒め言葉を口から出す。
それをハニー・Bは静かに聞いていた。
一通り述べるとだいぶ喉が乾き、ウォーターサーバーから水を汲み、喉を潤した。
そしてダンシング・グリーンはハニー・Bの隣に座る。
「昨日も最高にイケてたぜ」
サングラス越しにウインクする。が、それは受け取られずそっぽを向かれた。
「Bちゃ……」
「もういい、ありがとう」
それだけ言うと雑にメイク道具をポーチに押し込んで足早に立ち去ってしまった。
一人残されたダンシング・グリーンは「俺、嫌われた……? 」と頭を抱えていた。
一方、ハニー・Bは控え室から逃げ出し、トイレに駆け込む。そして個室の壁に寄りかかり、はぁと深いため息をついた。
(顔が熱い)
耳まで真っ赤になる感覚を覚え、頬に手を添えて目を瞑った。
昨日彼を見つけた時、いつもふざけた感じで明るい彼が憧憬の眼差しで見つめていることには気付いていた。
ステージからは意外と観客の顔が見えるもので、フードとサングラスで隠されていたが彼の明るい髪色がほんの少し見えていた。恐らく気づいているのはハニー・Bだけだろう。何故彼が自分のライブに来てるのか分からなかったが、真剣な眼差しで自分を見つめているその姿に、普段の陽キャとは違いすぎるギャップに心惹かれてしまったのかもしれない。
時々ついチラ見をしてしまった。アイドルとして皆平等にファンサービスをすることを考えなければならないのに。
それでも、気になって仕方なかったのだ。
そして先程確認した事実に舞い上がりそうになった。あれは幻ではなかったことを。
少し意地悪をしたくて感想を求めれば、流暢に語り出した。それがまるで愛を詩うように。
思い出しただけで火を噴きそうだ。
(なんでこんなにドキドキしてるの……)
嬉しさと苦しさを同時に感じるこの胸の痛みの名前をまだ知らなかった。