ゼフィランは頭を抱え、唸っていた。
その悩みとは、ヴァレンティオンが原因だ。
時は2月上旬、ヴァレンティオンというイベントにより、街は赤やピンク、チョコレートを思わせるショコラカラーの風船や垂れ幕で装飾が施されている。またヴァレンティオンにはチョコレートを贈る為、チョコレートのいい香りが漂ってくる。
店頭に並べられた可愛らしい形のチョコレートや恋人に贈るであろう装飾品──ピアスやネックレス、指輪等も並んでいた。
ゼフィランにとって今年初めて迎えるヴァレンティオン。今まで誰かに送ったこともなくないが、あくまで猊下へ蒼天騎士団として贈り物しかしたことない。つまり個人的な贈り物はないということだ。
贈る相手はというと、1年近く前から世話になっているスカイスチール機工房の工房長であるステファニヴィアンだ。
彼とは紆余曲折あったが今では恋仲という関係に落ち着いている。
本来世話になっている以上、こちらから礼をしなければならないのだが、何せ彼はサプライズ好きである。故に向こうから贈り物をしてくる事の方が圧倒的多い。
何か欲しいものは無いのかと問えば、「別に今はいいかな」などと本当に欲がない笑顔でそう答えるのだ。
だからこそイベントに便乗する形にはなるが、ゼフィランから日頃の感謝も込めて贈り物をしたい……と悩んで早3時間。
甘いものは好きだろうか。いや、普段ブラックコーヒーだ。やはり工房道具だろうか。それだと仕事を催促しているように捉えられても仕方ない。装飾品……は彼はきっとこだわりがあるのだろう。そもそもあまりつけている記憶もないが。などと考えて唸っていた。店の前をウロウロとあれでもないこれでもないと考えていたが行き着く先は結局チョコレートだった。
甘いものは得意ではないにしろ、甘くないものを選べばいい。だがそもそも素直に受け取ってくれるだろうか。
ぐるぐると考えても仕方ない。3時間も寒空の下をウロウロしていたら指先が動かなくなるところだ。
綺麗に装飾の施されたチョコレートが詰め込まれた箱を店頭に並べている店の夫人はニコニコとゼフィランを見つめていた。あまりに真剣に悩んでいるからこそ、あえて声をかけずに見守ってくれていたのだろう。
「ご婦人」
「なぁに、ゼフィラン卿」
「甘くないチョコレート…はあるだろうか」
「もちろん! ビター系でいいのよね。ここに並んでいるのは甘めのものが多いのだけれどやっぱり甘くない方が好きってお客さんも多いから、糖度が低めのものももちろん準備してるわよ」
店主である婦人は背を向けて後ろの棚を開いて箱を取り出す。青い包装紙に黄色のリボンが巻き付けられている。
「これは全部カカオ高めでザ・ビターよ。だからゼフィラン卿が贈りたい相手が甘党でないのならこちらがオススメね」
「ではそれを頂こう」
ゼフィランはやっと見つけたと安堵の笑を零す。婦人は紙袋に入れて手渡し、料金を支払う。
「ゼフィラン卿」
去り際に婦人は声をかける。何か忘れ物があっただろうかとゼフィランは思わず振り向いた。
「お幸せに」
そう言って手を振ってくれる婦人にゼフィランは一礼し、帰路を辿った。


──数日後、ヴァレンティオン当日。
なかなか寝付けなかったゼフィランはいつもより遅く起きてきた。
スカイスチール工房に居候という形で現在住まわせて貰っているため、本来なら下の階から機械を動かす騒音が聞こえるものだが、今日はやけに静かだ。
着替えて下に降りると、誰もいない。否、工房員が1人設計図と睨み合いながら頭を抱えていた。ゼフィランの視線に気づいたのかこちらを見て「あ、おはようございます、ゼフィラン卿」と挨拶をしてきたのでこちらも挨拶を返す。
すると「坊ちゃんなら先に出ましたよ」と一言。
どういう事だ?と目を丸くした。
私は彼と何か約束をしていただろうか。いや、そんな記憶は全くない。仮に忘れていたなら申し訳ない気持ちだが、本当に覚えがない。
工房員はあっと自分の口を塞いで一つ咳払いをする。
「えっと、違うんです。坊ちゃんから言伝を預かってまして」
何かを誤魔化すように引きつった笑顔である工房員。だがゼフィランはさほど気にしなかった。
「11時に聖レマノー大聖堂に、と」


──10時50分。
ゼフィランは言伝通り、聖レマノー大聖堂へ足を運んだ。中に入ると戦神ハルオーネの像が第1に目に入る。また美しく飾られたステンドガラスも昼前故に日差しが差し込んでキラキラと輝いていた。
約束より早く到着するのはいつもゼフィランの方だ。ステファニヴィアンが少し遅れてくるのはいつもの事なので慣れている。慣れべられた椅子の端に腰掛けさせてもらい、持ってきた袋も隣の椅子に置いた。
その瞬間、「ゼフィラン」と自分の名を呼ぶ声が聞こえ、振り向くと──

「バン!」

カサカサと音を立てて目の前に広がるのは真っ赤なバラの花束……とそれにそぐわない真ん中に広がる金属の穴。ゼフィランは状況を理解出来ず固まった。
「どうだ、これすごいだろう? 」
そう言って赤い薔薇の花束?を退けられ現れたのは珍しくスーツに身を包んだステファニヴィアンだった。
「……何を企んでいるんだ」
「企んでるってそれは酷いなぁ」
一言目がそれかい、とクスクス笑うと、先程突きつけてきたそれの正体を明かす。
「これすごいだろう?冒険者が俺にくれたんだ」
「これ……は? 」
ステファニヴィアンは得意げに話す。それは花束に見せかけた銃火器だったのだ。
「これさぁ、めちゃくちゃ高かったのに、わざわざ工房長にあげますね〜ってくれたんだ。すごくオシャレだと思わない? 」
嬉しそうにその銃について語り始めたステファニヴィアンにゼフィランは一つため息をついた。そして横に置いてあった紙袋を手に取り、ステファニヴィアンの前に差し出す。
「それは? 」
「今日は何の日か覚えていないのか」
ゼフィランは目を逸らしながら言う。自分でも分かる。耳まで真っ赤だと。
「え、本当に? 俺にくれるの? 」
ステファニヴィアンは差し出された紙袋とゼフィランを交互に見る。ゼフィランはそっぽを向きながら「当たり前だろう、そのような冗談を言ってどうする」と言い放った。
ステファニヴィアンは目尻を下げ、「ありがとう、すごく嬉しいよ」と紙袋を受け取った。ゼフィランは食べようが食べまいが受け取ってくれたこと、自分の気持ちを受け入れてくれた事が何よりも嬉しかった。
「でね、俺からは」
花束の銃をしまうと今度はひざまずき、もう一つ別の花束を差し出した
「こ、これは」
圧巻されるほど大量の青いバラ。今度は金属の穴などない、正真正銘の青いバラだけの花束だった。
「俺なりの、言葉かな」
へへ、照れくさいねと笑って誤魔化すステファニヴィアンにゼフィランは言葉を無くした。
いつもいつも何かしら貰っているというのにこれ以上何を返せばいいのやら。
黙り込んでしまったゼフィランにステファニヴィアンは困った眉を下げる。迷惑だったかな、と言うと「そんな訳ないだろう」と一喝した。
思った以上の声の大きさに自身も驚いていた。
「なら、受け取ってくれるかい? 」
ステファニヴィアンはもう一度花束を差し出した。ゼフィランは真っ直ぐ見つめて、「私はまた何を返したらいいんだ」と困った顔で笑った。
「何もいらないよ、俺はあげたくてやってる事だからさ。ただ、受け取ってくれたらそれでいい。それが1番俺は嬉しいんだ」
ステファニヴィアンの言葉に分かったと頷いた。

ちなみに留守番していた工房員以外、全員ステファニヴィアンをこっそり見守っていたのは内緒である。
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