今日は守護天節だ。グリダニアの街はカボチャを不気味に顔のように切り取ったランプとお化けをモチーフにした飾り付けが賑やかさを増している。
かの光の戦士、ツバキも白いお化けの扮装をしていた。その白いシーツに上機嫌なお化けの不気味な笑顔のシールが貼り付けてあるが、まさに彼女のご機嫌をそのまま表わしたようなものだった。
「……はぁ」
ゼフィランもツバキに押し付けられ無理やり着せられた衣装を見ながらため息を着く。胸元が大きく開き、短めのマントが動く度にたなびく。どうやらヴァンパイアを模した衣装らしい。
「似合うね」
シーツのお化けはご機嫌にそう言った。
ゼフィランは「そのままで行くのか? 」と彼女のおっちょこちょい具合から絶対に転ぶに間違いないと心配の念から尋ねる。
「お菓子食べる時は着替える! 」
にひひと、いつも以上に上機嫌な口調でそう答えた。
「とりっくおあとりーと! 」
ワイヤーで釣り上げられたお化けの手があるが、きちんと自分の腕も通せるようにされたミトンになった袖口の先で器用にカゴを持ちながらそう叫んだ。
元々精神年齢が低く幼い言動が多いが、もはや今日は一段と子供にしか見えない。
「はぁ……」
心配だから着いていく。それだけの理由でツバキの隣を歩く。だが楽しそうな彼女を見るとなんだか嬉しいという気持ちがあったのも否定できない。
いつも世話になっているグリダニアの住人に挨拶を交わしながらツバキは小さなカゴにお菓子を入れて貰っていく。彼女は飴一つですら喜ぶ人間だ。
「ツバキ」
「ん? 」
ふと歩みを止めたゼフィランは珍しくイタズラな笑みを浮かべてこう言った。
「Trick or Treat」
いつも困らせてくる彼女の困った反応が見たい。その気持ちで、ほんの軽い冗談で言った。
しばらくツバキは固まるとごそごそとシーツの中で何か探っている。
そして、
「はい」
シーツの下から白い腕を出して飴を一つ差し出した。
まさかの事に酷く驚いた。
あの食い意地を張っているツバキが飴を差し出したのだ。もしかしたら明日は大雪かもしれない。そんなことを考えながら恐る恐る受け取る。
「絶対言うと思った」
おそらくシーツの下の顔は真顔だろう。声のトーンが低くなったことでそう察した。とりあえず礼を言い、素直に受け取った。
一枚上手だった。参ったな……。
ツバキとゼフィランはグリダニアのギルド内をも巡り、お菓子を交換していく。
「ボルさん、とりっくおあとりーと! 」
「もちろん準備していたよ」
ボルセル大牙佐にすら強請りにいくその神経は逆に感心してしまった。まあ彼の人柄がいいのはあるが……。
「えへへ」
カゴから溢れんばかりのお菓子を貰ったツバキはにっこりと満円の笑みを浮かべていることだろう。
「隠れ家に行こう」
そう言ってミィケットの方へ歩いていった。
「おい、一つ飴をこぼしたぞ」
魔人の隠れ家に行くと人で賑わっていた。毎年冒険者たちの楽しみになっているのだろう。
ツバキもいつの間にかお化けから魔女風に変身していた。
やはり素顔を晒しているが、いつもより目が輝いていた。
「あそこ!座ろ! 」
やっと自由になった手で捕まれグイグイと引っ張っていく。
そんなに焦らなくてもいいだろう、そんな事を言いながら空いているテーブル席に着く。ツバキは席に座るなりさっそくお菓子に手をつけていく。
「美味しい〜! 」
「良かったな」
ニコニコと幸せ溢れんばかりの顔で頬張っていく。あの魔人の召使いであろう妖魔たちが紅茶を淹れてくれた。せっかくなのでお茶だけでも飲んでいく。
「紅茶も美味しい〜」
舌鼓をうちながら優雅な時間を過ごした。
お菓子もだいぶ食べてしまったツバキのカゴの中にはあとは飴玉たちだけが残っていた。
「これは後で食べよ」
そう言って立ち上がると「屋敷に行こう」と言い出したのだ。たまには観光も悪くない。空になったティーカップを置いて妖魔たちに「美味しかった」と感想を告げれば彼らはとても喜んだ。
魔人の隠れ家から廃屋敷に移動する。
こちらも人がチラホラとおり、飾り付けや並べられたカボチャたちを一部屋ずつ眺めていく。
屋敷の中は以前行ったことのあるハウケタ御用邸そのまんまで、間違えて入り込んでしまったのではないかという錯覚に陥る。だが、ここまで賑やかでもないからそうでもないだろう。
マウントに乗ることも出来るらしいが、二人はあえて歩きを選んだ。
「ねえゼフィ、あっち……」
ツバキが足を一歩踏み出した瞬間、床が抜けていたのか瞬時に駆け寄るも手を差し伸べる暇もなく下に落下してしまった。
「ツバキ!! 」
「いたーい!! 」
どうやら無事といえば無事なようだ。
飛び降りる事も出来るが、下が見えない以上、彼女を踏みつけかねない。回り込んでいく必要がありそうだ。
「大丈夫か!? 」
「お尻打った! 」
「そこで待ってろ! 」
ゼフィランは駆け足で1階に向かって走り出した。中央にある階段を駆け足で降りていき、入口から見て左手側の廊下を走っていく。
走って、走って……走って……
「……? 」
何度曲がり角を曲がってもたどり着かない。
明らかにおかしい。
ツバキが落ちてしまったのは廊下だからだ。
自分の感覚がおかしいのか?と思わず足を止めた。
「ツバキ! 」
彼女の名を呼ぶ。だが返事は無い。普段そばに居るため外していたリンクパールを繋いで見るが応答はない。
「……おかしい」
異様な空気が漂う。先程まで聞こえてきた人の声もおちゃらけた妖異たちの声も一切聞こえない。
静寂だけがゼフィランを襲う。
周囲に神経を集中する。すると視界の片隅に白い布が見えた。
思わずそちらに歩みを進める。ずんずんと近寄ると白い布を被った人影が見えた。
「おい、動くなと言っただろう」
そんなことを言いながらゼフィランはその布に手をかける。
が、握った瞬間まるで中の人が溶けたように地面に布が落ちた。
「!? 」
布を振り上げると、そこには何も無かった。
背筋が凍る。"人ではない何か"だった。
その事に体が固まっていると、異臭が背後から漂ってくる。肉が焼けこげた臭いだ。しかも血抜きしていないとても臭いもの。
ゼフィランは愛用しているシャッタードハートに手をかけつつ後ろを振り向く。
黒く焼け爛れた女が口を開いて立っていた。
その瞬間、ゼフィランの脳裏にある人物が想像できた。だからこそ抜刀し、その女に斬りかかった。
──10分後。
一方ツバキはお尻を強打したものの、痛みがやっと引き何とか立ち上がり、フラフラと歩く。
「ゼフィ〜……ゼフィ〜……」
泣きべそをかきながら廊下を進んだ。
「ツバキ」
曲がり角から走って現れた。
「ゼフィ!! 」
泣きじゃくりながら抱きつく。そしてゼフィランも強く抱き締めた。
「怪我は……」
「お尻打ったけどなんとか……」
時々お尻をさするが、それ以外怪我はないとの事で安心した。
「もう俺から離れるな」
「ごめんなさい……」
しょんぼりとしたツバキの様子にさすがに反省したと思ったゼフィランは「分かったならそれでいい」と呟いた。
「早めに帰ろう。今日はだいぶ客が増えたようだ」
「……? 」
ツバキを姫抱きすると足早に廃屋敷を出た。
ゼフィランはとても機嫌が悪かった。
それを察したツバキはすっかり萎縮していた。
あの時出会った黒い女はこう呟いた。
──許さない……許さない……。
──あのクソ娘……役たたず……あの時殺しておけば……。
ゼフィランが幽霊を斬ったのは後にも先にも、今日この日だけだろう。
抱き抱えるこの小さな少女に危害が及ぶならば守るだけだ、そう改めて決心した。