「ノ〜ア☆」
「えっ」
背後から急に飛びつかれ、そのままバランスを崩して倒れ込むノア。飛びついた本人は面白そうにケタケタと笑っている。
「今ひま〜? 」
間延びした話し方をする黒髪のヒューネ族の女、彼女はキャリー☆メテオ。ハニー・Bとは幼い頃からのライバルである。彼女もまた電波系アイドルとして名を馳せている。
ノアとしては正直彼女にいい思い出がなかったため、話しかけないで欲しいのが本音である。だがそれを気にしないキャリーはスキンシップが激しく、軽々しく抱きついてきてはハニー・Bをブチギレさせる。キャリーとしては生身の挑戦者でありあのハウリングブレードを倒し、現クルーザー級王者となったノアに興味が尽きないのだ。
「ひ、暇じゃない……」
動揺を隠しきれない声で返答する。今からも別の所に用事がある……という言い訳で逃げたかったが、そんな嘘は通用せず、キャリーはにっこり笑って、「今日何の日か知ってる〜? 」とまた問いかける。
今日……今日は08月02日だが、何かあっただろうかと考えていると唇を尖らせたキャリーが「も〜、今日はバニーの日!つまりあたしの日〜」と言ったのだ。
知らないよ、と顔をひきつらせて苦笑する。なんせ彼女はスプリガンの魂を使って戦う闘士だ。黒く長い耳はうさぎの様で。それと繋がっていると言いたいようだ。
「あたしと楽しいことしよ☆」
と言うとノアから降りると手を引いて立ち上がらせ、走り出す。
いいよって返答していないのに!と叫びながらキャリーに力強く掴まれ引き摺られて行ったのだった。

──30分後。
「やだーーーーっ!! 」
とある店の中から悲鳴が店外に漏れそうになるくらい響き渡る。場所はとあるクラブのような場所で、今日は女性店員みんながバニーガールの格好をしている。
キャリーもバニーガールの格好をしていた。そして、カーテンを体に巻き付け、更衣室から出ることを拒否するノアの腕をキャリーが懸命に引っ張った。
「ちょ〜可愛いから! 大丈夫〜あたしがついてるから〜」
「いや、いやだっ、こんな、こんな格好なんて! 」
ノアは羞恥のあまり顔を真っ赤に染め、泣きながら抵抗する。左腕の義肢もあまり見せたくないが、それよりも胴体の格好が嫌で人前に出たくない。他の店員たちもわらわらとやってきては「大丈夫だよ〜」などとノアに声をかける。
「可愛いから〜ノア超可愛い〜」
「可愛いとかじゃなくて恥ずかしいの! 」
お互いに引っ張り合うが、拮抗したままである。とある女性店員が「なら仕方ないですね」とため息をついてカーテンにくるまるノアに近づいた。そして、カーテン越しにノアの体をくすぐり出した。くすぐられたノアは笑いだし、力が緩まる。そしてそのままキャリーに引っぱられ、更衣室から引き出された。
「あたしの勝ち〜☆」
「ひ、酷い! 」
引き摺り出されたノアは怒りながら手で必死に自分の体を隠す。鍛えられた細身の体にとてもフィットしている。満足そうに頷いたキャリーは「まあ、たまにはいいでしょ! 」とやはり引っ張ってフロアへ連れていった。
「あたしの傍にいるだけでいいから」などと言いくるめられ、逃げようとするならば光の速さで手を握られ、ノアはようやくして諦めた。
何もしなくていい、ただキャリーの傍にいて、たまに客と会話するだけだ。それだけでとりあえずまだ気は楽だった。
たまに左腕の事を聞かれるがもう10年近くの付き合いなので、慣れてしまった。何より、自称・友に付けられた傷が隠されていることもノアは安心していた。
少しだけ慣れてきたノアに衝撃的なゲストと鉢合わせることになる。
「あ、いらっしゃ〜い」
「おう来た………………………………………えっ」
中に入ってきた見覚えのある男性にノアも相手も互いを見るなり思考停止する。
しばらく見つめ合い、ノアは逃げようとしたが、相変わらず先手を打たれていた。
「いや!!! 」
「今日はね〜、サービス☆」
「あっ、いや、……えっ、ノア……だよな? 」
動揺する明るいライトグリーンの髪のシャトナ族、そうあのダンシング・グリーンだったのだ。
ノアは魂が抜けたように白くなっていた。
終わった………、見知らぬ客ならまだしも、知ってる相手が来るとは思わず完全に油断していた。
しかもダンシング・グリーンはノアの全身を反復して見回すとキャリーに「ちょっと借りていいか? 」と声をかける。
「逃がさないって約束するならいいよ〜」
「あ、じゃあ個室とるわ」
「はーい」
キャリーは上機嫌に通信で別のスタッフと何かやり取りをし、「3号室ね〜」とダンシング・グリーンに言うと奥へ消えていった。
完全にフリーズしたノアに上着をかけ、「こんな所じゃあれだろ」と指定された部屋へ腰に手を回し、歩いた。

個室はそれなりに広く、ゆったりと寛げるソファーもあった。そこに座らせるとノアは泣きだした。そんなノアを見かねたダンシング・グリーンは水を差し出し隣に座る。
「まあ落ち着けって……」
しゃくりあげながらノアは水を飲む。しばらくすれば落ち着いたようで、ダンシング・グリーンは「なんでこうなった? 」と問いかける。
その様子じゃアンタ自ら望んだ訳じゃないだろうけどと小言を漏らすと「こ、こんな恥ずかしい格好でよく歩けるよね!! 」と大声を出した。怒りの矛先は恐らくキャリーだろう。部屋が震えるほどの声量にビックリするも、黙って聞いていた。
「私は嫌だって言ってたのに、可愛いからとか大丈夫だよとか言って、そんな事ないのに! そもそもこんな恥ずかしい格好で歩いてる方が逆にすごいと思うんだよね! お仕事だから頑張ってる店員さんたちを否定する訳じゃないけど、こんな、こんなボロボロの体で……女の子らしくない……のに……」
吐き出した気持ちからかまた泣き出したノアを見ると頭をポンポンと撫でる。
「アンタは可愛いよ」
「嘘つき……」
「オレがいつ嘘ついた? 今までで少なくともアンタには1度も嘘ついたことないぜ」
視線を上げればサングラス越しだが真剣な目で見つめられていることを感じた。いつも上がっている口角が結ばれ、下がっている。
「ダンシング・グリーン……」
「俺は、本気でアンタの事が──……」
その時、ドタドタと激しい足音が聞こえたかかと思えば、「おい!泥棒男!てめえふざけんじゃねえよ! 」と罵声を浴びせながら中に入ってきた人物にノアはひっと顔を青ざめさせた。
ノアの想い人であるハニー・Bだった。般若の如く怒りを表し、急いで来たのか息を激しく切らしながらギッとダンシング・グリーンを睨みつける。
「あんのクソ女!アタシのノアになんで格好をさせてんのよ!あとアンタ! 」
びっと勢いよくダンシング・グリーンに指を指す。
「しれっと2人きりになってんじゃねーよ!! 」
「てかどうやってここって分かったんだよ」
ハニー・Bの剣幕に怯え震えるノアを慰めるように腕に抱えながらダンシング・グリーンは鼻で笑った。
「働き蜂(ファン)たちから情報貰ったの! あんのブス女の店にノアが引きずり込まれたけどって! 急いで仕事引き上げてきたわ」
あとでアイツぶっ殺しておくと地獄の鬼のような顔で歯をギリギリと鳴らす。そしてズカズカと2人に近づくとノアを抱き込むダンシング・グリーンの腕を思いっきり叩いてノアの手を引いた。
「行くよ! 」
「び、Bちゃ……」
恐怖と罪悪感からノアはこの世の絶望の様な顔でハニー・Bを見つめた。爪が食い込むほど強く握られ、ノアはその痛みに耐えていた。
怒られても仕方ない。全部私が悪い。怒られることよりもハニー・Bに嫌われることが何よりも怖いノアは黙っていた。
そして店から出てしばらくすると力を緩め、手を離したかと思えばこっちを振り向いた。その顔は先程の怒りよりも今にも泣きそうな顔でノアを見つめる。
「……ノア」
名を呼びながら自分の上着を脱ぎ、ノアにかける。恥ずかしさなど忘れるほど悲しさと罪悪感に陥っていたノアは今更自分がバニーガールのまま飛び出して来たことを思い出した。
「び、Bちゃん……」
震える声で名を呼ぶ。そして今度は力強く抱きしめられた。
「ごめん」
その一言にノアは目を見開いた。
何がごめんなの、Bちゃんは何も悪くないよ、悪いのは私の方だよ、嫌われたくない、お願いだから嫌いって言わないで
など頭に浮かぶ言葉を口から出すことは出来なかった。
ノアはただ、拒絶されることだけが恐ろしかった。
「ノアは可愛い、すごく似合ってる」
抱きしめた体が離れると、そう言ったのだった。
えっ、と困惑しているとハニー・Bは「でも、私だけに見せて欲しかったな」とこぼした。
「アタシはアタシ以外の誰かに見られたことにすごく怒っているの。ましてやあの女とダンシング・グリーンになんて、許せなかった」
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんね、怖かったよね、でもそのくらいすごく嫉妬してるの。だから、今から独り占めするね」
その言葉の意味を理解したノアは顔を真っ赤に染める。
「お仕置だからね」
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