「貴殿が……ジャンルヌ卿か」
「はっ、私はジャンルヌ・ド・クールシヤン。教皇猊下直属の親衛隊である蒼天騎士団に入れたことを誠に誇りに思っております」
思わずぼーっとしてしまった所をゼフィランの声掛けに我に返る。そして改めて気を引き締めビシッと敬礼をし大声で挨拶をする。その真面目はゼフィランの目にとても印象良く写ったことだろう。
「そこまでかしこまらなくていい」
「で、ですが……」
「貴殿の経歴は把握している。とても優秀な人材だ」
「お褒めに預かり光栄です」
思わず褒められた事に少し顔が熱くなった。きっと緊張しているのも理由かもしれない。
書類に目を通すゼフィランを改めて見る。
金色の髪は光に照らされ輝き、まつ毛は長く、伏せられた瞳はまるでイエロートルマリンの様に輝いて見えた。自分よりも背丈は少し小さくあるが、それでも蒼天騎士団総長という肩書きに負けないほどの威厳はあった。
その背中に背負っている両手剣──暗黒騎士とし、忌み嫌われがちなそれをあえて選んだ彼の努力は血が滲む程だろう。
聞いた話では彼は細身という事を気にしていた。
それに抗うようにあえて暗黒騎士が使う両手剣を使うなど、到底自分は真似出来ない。
直属の上司となるゼフィランへの思いが膨らんでいく。それは憧憬だった。たゆまぬ努力を続けたその精神は見習いたいと目を輝かせた。
その熱い視線にゼフィランは気付くと苦笑する。
「私に期待しても何もないぞ」
「あっ、す、すみません! 」
「とりあえずこれから猊下への挨拶に向かう。今なら訪室の許可を得られるからな」
「分かりました」
「……ジャンルヌ卿」
名を呼ばれればより力が入る。素直な彼はゼフィランを真っ直ぐ見つめた。
「私の前ではそこまでかしこまらなくていい。あまり身を固めれば疲れがたまるだろう」
「で、ですが私は新米であり若輩者。気を許すことなど……」
「その点は心配ない。貴殿はここでは新米ではあるが、すぐに慣れるだろう。それに自由奔放な問題児に比べれば貴殿は硬すぎる。全く……あの二人に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ」
はぁとため息をつくゼフィランの顔は酷く疲れていた。それを見たジャンルヌは「手伝えることがあれば何でも言ってください」も申し出れば「普通に業務をこなしてくれればいい。"俺"からはそれだけだ」と言われてしまった。
(ゼフィラン総長の素って俺なんだ……)
なんだか気を許された気がして少しだけ心が軽くなった気がした。だが、これから猊下への就任の挨拶の為、歩き出したゼフィランに遅れを取らないよう、ジャンルヌもその後ろを着いていった。
猊下への挨拶を済ませると、その日は自室へ戻っていいとの事で、だいぶ緊張していたからか自室に入り鎧と服を脱いでベッドに身を投げればすぐに寝落ちてしまった。
後日、ジャンルヌの後に続いて入ったのはかつて戦場を共にした相棒であるアデルフェルと魔法学に関して優秀であると有名なヌドゥネーだった。
そして、猊下の前へ呼び出され、蒼天騎士団12人全員が初めて顔を合わせる。全員が猊下の前では緊張しているようで空気が張り詰めている。
「これにて、12人全員が集まりました」
ゼフィランが前に立ち、トールダンへ報告する。
するとトールダンはすっと立ち上がれば宝杖を軽く持ち上げ──……
カンッ
地面に打ち付ければ、乾いた音が響き渡った。
その瞬間、ぶわっと身体の中から燃えるような感覚に陥った。痛みはないが、何故か恐怖心を煽られる。
その場にいた面々は未知の恐怖に声をあげた。
まるで魂が焼かれるような感覚だった。
それがだいぶ落ち着けば全員何事もなかったようにトールダンを見つめ、「全てはトールダンの名のもとに」と口を揃えて言ったのだった。
あの日以来、トールダンへの畏怖の念が強まった気がした。もちろん、教皇猊下への忠誠心は変わらずにいる。直属の親衛隊として、猊下の元で働けることは誇りにさえ思えるほどだ。
だが、あの日から妙な感覚に陥ることがある。
力が、湧き出てくる。強くなる事はいい事だが、まるで自分ではない何かに蝕まれる様な感覚になるのだ。
それが恐ろしくてたまらない。
剣を握るこの右腕が、自分の意思よりも強く──……。
「ジャンルヌ卿」
「そ、総長」
ふと考え込んでいたジャンルヌに背後からゼフィランが声をかけた。すぐに気づけば敬礼をする。
「考え事か」
「あっ……す、すみません」
じっと見つめてくるその目から逸らす。無言の圧にジャンルヌは負けそうになるが、そこは必死に耐えた。意地でも口を割ろうとしないジャンルヌにゼフィランは一つ提案をした。
「手合わせ願いたい」
「えっ」
「木人ばかりでは実践が足りないだろう」
ゼフィランからの提案にジャンルヌは驚きつつも、心を踊らせた。
総長であるゼフィラン──否、両手剣を使う暗黒騎士と手合わせできるのだ。その強さを自分の身で確かめられる。ジャンルヌはぱあっと顔を明るくし、「はいっ」と元気よく返答したのだった。
二人は人気のない場所へ離れ、対峙する。ジャンルヌが抜刀すると、ゼフィランも両手剣を抜いて構えた。
「手加減は無しだ」
「お願いします! 」
ジャンルヌは盾を構え、突進した──……。
ジャンルヌの剣撃も負けてはいなかった。だが、実戦経験としては明らかにゼフィランの方が上だった。
両手剣は身振りが大きくなる故に隙が出来やすいのだが、その振りかざす一撃は重くゼフィランはジャンルヌの攻撃を読みつつ盾に剣を振り下ろしていく。受け止める左腕に力が入り、脇腹を狙えるはずの右腕が上手く動かず足止めされる。
結果的にジャンルヌは負けた。
(強い……)
跪いたジャンルヌは息を切らし、ゼフィランを見上げる。多少息は乱れているが、顔色は涼しいままだった。
(とてもじゃないが敵わない……)
総長としての威厳を見せられたジャンルヌは負けたことへの悔しさよりも、憧憬の気持ちが勝っていた。
「少しは気が紛れただろうか」
「……あっ」
元々考えていた自分に気分転換をと提案してくれていたことを思い出した。つい熱が入ってしまい、礼を今更ながら述べればふっと笑われた。
「なかなかいい太刀筋だった」
「……本当ですか? 」
ほぼ攻撃の手を加えられていないというのに、お世辞だろうか。そんな事を考え思わず頬をかく。
するとゼフィランは「与えられた力を上手く使うといい」と言ったのだった。
「……総長」
彼を呼べば振り向いた。
「……なんで俺がそれで悩んでいることを」
そこまで言うと、ゼフィランは「皆同じことを思っているからだ」と衝撃的な発言をしたのだ。
やはり、自分だけではなかった。みんな異様にやる気に満ち溢れた様な感じがしていたからだ。
「我々は教皇猊下への忠誠の為に働く。その事を忘れないように……貴殿なら心配は無用だろう」
「はい……」
では私は戻る、と踵を返して行ってしまった。ジャンルヌは僅かに震える手を握りしめた。興奮がおさまらない。だがこれ以上無理をすると支障をきたすことは分かっていた為大人しく書類に向き合うベく立ち上がれば自室へと歩き出した。
◇◇◇
1週間後、初の遠征から帰ってきたジャンルヌは報告書を書き上げ、その日の内に出してしまおうとゼフィランの部屋を訪ねる。
コンコンと控えめなノックをする。しかし返事は返って来ない。
(もう就寝されたのだろうか)
時計はまだ21時前だった。それか不在か……。諦めて立ち去ろうとしたその時、微かに中から声が聞こえた。
しかも呻くような、苦しそうな声だった。
ジャンルヌは考えた。体調が悪いのだろうか、それとも……。しばらく考え、決心すると扉を開けた。
怒られるのは別にいい。もしも何か起きていたらと思えばいてもたってもいられなかった。
「総長」
ゼフィランの部屋には初めて入る。彼の真面目な性格を表すように中はとても綺麗に片付けられていた。ジャンルヌはきょろきょろと見渡す。姿は見当たらない。
すると、もう一度ハッキリと苦しそうな声が聞こえる。ジャンルヌは視線をそちらに向ける。
よく見るとソファーに寝ているゼフィランの姿があった。その顔は苦悶に満ちており、駆け寄る。
「総長、総長っ」
どこか具合でも悪いのか、何度か揺さぶるが呻き声をあげるばかり。助けを求めようとしたその時ようやくその瞳が開かれた。
「総長、大丈夫ですか」
目が覚めたことにホッと安心する。ゼフィランの翡翠色の瞳は涙で濡れていた。
「総長……? 」
ぼんやりとこちらを見るゼフィランとしばらく視線が合った。しばらくすると、こちらを認識したのか、ゼフィランは飛び起きた。
「ジャっ……ゔっ」
「総長!? 大丈夫ですか!? 」
あまりにも驚きすぎてソファーから転げ落ちた。
ゴッと酷い音が聞こえた為尚の事心配が増す。
頭を打ったのか打った箇所を手で押さえ悶えていた。
「すみません! 」と一言言えば台所へと向かう。そして勝手ながら台所を物色し、氷嚢を急いで作り上げ、それをゼフィランの押さえている箇所に持っていけば「すまない……」と小さな声が聞こえてきた。
しばらく様子見で傍に付き添っていたが、落ち着いたのかやっと身体を起こした。
「大丈夫ですか」
ジャンルヌの問いかけに返答はなかった。きっと痛みと恥ずかしさと色々気持ちが溢れかえってそれ所では無いのだろう。それを汲み取ったジャンルヌは「お疲れなのですね」と労る言葉を投げた。
鼻をすする音だけが静かな部屋に響く。
ジャンルヌは何だか安心してしまった。厳格な彼の意外な一面を見れたことが嬉しいと不覚にも思ってしまった。決してそれを口にすることはないが。
「……貴殿は何故私の部屋に」
「あっ」
当初の目的を思い出したジャンルヌは思わず床に投げてしまった報告書を拾い上げるとそれをゼフィランに渡す。片手はまだ氷嚢を押さえている為、左手で受け取られた。
「今日帰還だったというのに早かったな」
「まあ、明日でも良かったんでしょうけど……」
(総長の顔が見たかったなんて口が裂けても言えないな……)
余計な一言は言わない方がいいと分かっていた為、それ以上言及はしなかった。
ゼフィランも「助かった」と一言呟いた。
「……コーヒーでも飲んでいかないか」
「あっ、い、いえ俺は今日はこれで……」
「……そうか」
どこか残念そうな顔にジャンルヌは後悔した。せっかくなら一杯くらい飲んで行った方が良かったのだろうか。だが早く帰って身体を休めたい気持ちも片隅にあった。
「……ジャンルヌ卿」
「あっ、はい」
ふと名前を呼ばれればゼフィランは「俺の部屋にいつでも来ていい」と言った直後、視線を逸らされる。その耳先は真っ赤に染まっていた。
ジャンルヌはフリーズする。その言葉の意味を理解するのが困難だった。
ドクドクと脈打つ音が強く聞こえる。素直に受け取れればいいのだが、ジャンルヌには深い意味が隠されているような気がしてならなかった。
あくまで上司と部下である関係の2人に上司からの誘いの言葉などビジネスライクであるというのに。
真っ赤に染まる耳を見た瞬間こちらまで顔が熱くなり、思わず顔を背ける。
何も返答をしない訳にもいかず、無難に「ありがとうございます」とだけ言い残し、急ぎ足で部屋から立ち去った。
部屋の外は少し冷えた。早く部屋に帰って暖まろう。急ぎ足で自室に向かう。誰かとすれ違った気がしたが、赤い顔を見られたくはなかった。
別に男が好きというわけではない。至って正常なはずだ。だが初めて出会ったあの日からゼフィランに対して憧憬以上の気持ちを抱いている気がしてきた。一時的な勘違いだと何度も言い聞かせた。
──これはあくまで憧れだ
今もバクバクと張り裂けそうな胸を押さえつける。男の趣味などないはずなのだ。
それでも、含みのある言い方と仕草に勘違いを起こしそうになる自分もいる。
あの人は……高嶺の花だ。
分かっている。分かっている。
あの人は自分のものにならないことなど。
ジャンルヌは疲れているのだと現実から目を背ける。
そして、下半身が反応していることも受け入れたくなかったのだった。
さっさと寝るに限る。そう言っては布団に潜った。
「昨晩はすまなかった」
次の日、ゼフィランとすれ違った際に言われた言葉に対し、ジャンルヌは言葉を詰まらせた。
「別に気にしていませんよ」と言うのが正しいのか、「今度二人で会いませんか」という下心丸出しの発言をされれば引かれかねないからだ。
そうやって悩んでいると、ジャンルヌの様子を察したのか、「忘れてくれ」と一言残して去ろうとした。
だが、ジャンルヌはその手を掴んだ。
「総長」
思わず声が裏返ってしまい、恥ずかしさに顔を赤くする。握られた事にゼフィランは思わず振り向いた。
「……俺、総長と二人で飲みたいです」
その言葉の後、二人の間に沈黙が流れる。バクバクと高鳴る鼓動がうるさくてたまらなかった。ゼフィランはしばらく見つめた後ふいに目を逸らし、「今晩空いている」と小さな声で呟いた。
それを聞き逃さなかったジャンルヌは「えっ」と驚き力が抜けた。
その瞬間に握っていた手からゼフィランの手はするりと抜けて、立ち去ってしまった。
一人呆然と立っているジャンルヌは言葉の意味を理解するのに時間を要した。
──今晩空いている
その言葉が何度もジャンルヌの頭の中でこだまする。つまり、今日訪問しても構わない、ということだろうか。
食堂で昼食を食べながら悶々としているジャンルヌの前に人が現れる。
「どうした、すごい顔してるぞ。具合悪いのか? 」
「ゲリック卿……」
銀髪にオレンジの瞳を持った同僚、というにはおこがましいので先輩と思っている同じく蒼天騎士団のゲリックが目の前に座った。
「いえ、なんでもないです……」
「お前さんは真面目だからなぁ〜。すぐなんでも悩みそうな顔してる」
ゲリックはどこかからかうように発言するジャンルヌは相談すべきか否か悩んでいた。
「なんか悩みでもあるのか? 」
「悩みではないんですが……総長ってどんな人ですか」
「えっ、総長? なんでまた」
今日の会話を話すべき……ではないと考えたジャンルヌは誤魔化すようにゼフィランのことをきいた。神殿騎士団時代にいた頃からゲリックはゼフィランの部下だったらしいとの事で、彼の事はよく知っているだろうと考えたからだ。
突然の上司の事について聞かれ、うーんと悩んで見せた。
「まあ……真面目なところは昔からずっとそうだし、厳しいのも変わんねえし……」
「二人で酒を飲もうって話になりまして」
「えっ!? 」
当たり障りのない部分を口にすればゲリックは酷く驚き、その声量に思わず注目を浴びることになってしまった。
その事に気付いたゲリックは慌てて誤魔化す。
「すまん、ついビックリしてだな……」
「そんな驚くことですかね……」
ゲリックのオーバーな反応にジャンルヌは戸惑いを隠せなかった。酒が飲めない人なのだろうか、と考えてみるが、ゲリックは小声でこう言ったのだ。
「あの人、酒があまり得意じゃないんだよな……」
「えっ、でも……」
でも、確かに二人で飲みたいという言葉に対し、スケジュールは空いていると答えたのだ。それか自分が勘違いしているだけか。
ジャンルヌは飲みたい=酒という言葉が自分とは違う認識だったかもしれないと感じ始め、誤解してしまった事に対し、申し訳なくなってきた。
「……あ〜……ここだけの話だからさ、あんま口外するなよ? 」
「……はぁ」
そう言ってゲリックは体を乗り出してジャンルヌに耳を近づけるよう指示した。それに応えるように、ジャンルヌも少し体を乗り出して耳を近づける。
「総長は──」
◇◇◇
その日の晩、ゼフィランの部屋をノックする。すると中から「入れ」と指示が入り扉が開かれた。
ジャンルヌは入室すると一礼する。顔を上げればゼフィランがソファーに腰掛けて待っていた。いつもの堅苦しい鎧などではなく、シャツというラフな格好だった。
「お待たせいたしました」
「いや、先程書類が終わったところだ」
ゼフィランは柔らかく微笑む。いつも厳しい表情とはまるで別人のようだった。
「せっかくですので、いいものを持ってきました」
ジャンルヌはゼフィランの対面に向かうと、失礼しますと腰掛け、自分が持ってきた酒瓶を静かに置いていく。
「ほう……」
「お口に合うと良いのですが」
そういうと早速ゼフィランはグラスを、ジャンルヌはコルクを抜いて酒を注ぐ。
鮮やかな紫色のワインが注がれていく。ゼフィランもとても興味を深そうに見つめた。
二つのグラスに無事注がれれば、それぞれグラスを片手に乾杯をする。
そして一口口に含めばとてもいい香りが鼻を抜けた。
「とても美味いな」
「ありがとうございます」
ジャンルヌは褒めの言葉に礼を述べる。一口ずつ飲んでいるゼフィランをにこやかに見守る。
「貴殿は普段から酒を飲んでいるのだろうか」
「いえ、あまり飲まない人間です」
「ほう……」
「どっちかっていうと、介抱する側なので」
なので、久しぶりに酒をゆっくり飲んでいますと、話せばそれは良かったと返答がくる。
ゼフィランは空になったグラスを机に置けば、ゆっくりと息を吐いた。
「お疲れでしょうか」
空いたグラスに二杯目を注ぐジャンルヌに対し、「いや」と即答する。
自分のグラスにもワインを注げばまた飲み出した。
しばらく俯いていたゼフィランだが、ふと顔を上げる。
「ジャンルヌ卿」
「はい」
「……このワインの度数は? 」
ゼフィランは問いかける。ジャンルヌは視線を少しだけゼフィランに向けたが、すぐに逸らしワインを飲む。
返答がないことにだんだんと眉間を寄せるゼフィラン。思わず酒瓶を勢いよく手に取り、ラベルを睨みつける。
探している間に再びグラスを置いたジャンルヌは口を開いた。
「お気づきになられましたか」
「……どういうことだ」
アルコール度数が書かれていないことに気がついたゼフィランは今度はジャンルヌを睨みつける。
「本当はお酒はお嫌いでしょう」
「……」
「無理やり飲まされた、と」
「……何故知っている」
「少し」
「言え……どこまで知っているんだ」
その言葉に明らかに焦りが含まれていた。まるで秘密を暴かれることを恐れるように。
「全て」
ジャンルヌのその言葉にゼフィランは肩を落とした。そして手で顔を覆う。
「……ゲリックか」
うんともすんとも言わないジャンルヌにそうだろうなと部下を殴りたい気持ちでどうしようもなかった。
「……俺は」
「忘れてくれ」
ジャンルヌが口を開こうとしたのを遮るように、ゼフィランは悲痛の叫びをあげる。顔を覆ったその手は震えていた。
「総長」
「……俺は……俺は」
「総長」
ジャンルヌは立ち上がり、対面に座っているゼフィランの横に行き、抱きしめた。酷く震える自分よりも少し小さな体を優しく包み込む。
「……幻滅しただろう」
震える声でそう呟いた。その声は悲嘆と絶望が含まれていた。
ジャンルヌは横に首を振る。
「総長、俺はあなたに惚れました」
「……っ」
「完全に一目惚れってやつです。蒼天騎士団に就任したあの日、あなたに惚れたんです」
「お前……っ」
「ですが、最初こそ憧憬でした。俺にはとても出来ない努力をされてきた事はその一目見た時に分かりました」
ジャンルヌの言葉に静かに耳を傾けるゼフィラン。ゼフィランを落ち着かせるように背中を優しく叩く。まるで子供をあやすように。
「俺はあなたの心に惹かれたのです。過去のことなどどうでもいい。あなたの血のにじむ努力に尊敬しています」
覆い隠した指の隙間から雫が落ちる。鼻を啜る音を聞けばジャンルヌはより強く抱きしめた。
「総長は昔強姦されたらしい」
ゲリックの言葉に思考が止まった。言葉の意味を理解するのに時間を要している中、ゲリックはそれに気付かず、言葉を進める。
「総長体が小さかったらしくてな……入って1年か2年目くらいに先輩たちに無理やり酒を飲まされてからよ……まあ酔った所をな……? 」
気まづそうに視線を逸らすゲリックをただただ見つめていた。ジャンルヌは何も言えなかった。軽々しい気持ちで飲みの誘いをしてしまったことを深く後悔していた。ゼフィランにそんな事があった事を知っていれば、下手な誘いはしなかった。
「……まあ、総長も分かってて了承したんだろうし、ノンアルでも持っていけばいいんじゃねえか? 」
「それがいいかもな……」
少し高いワインでも買おうかと思ったが予定変更だ。ぶどうジュースなど持っていけばそれこそ失礼だろう。だからこそ探し当てたワインを持っていくことにした。
「……落ち着かれましたか」
腕の中で泣いていたゼフィランのすすり泣く声が無くなったと思い、力を緩めた瞬間急に体を押し倒された。
視界が揺れ、天井が見えた。あまりの咄嗟の出来事に瞬きすればずいっとゼフィランが体を乗り出し、覗き込んでくる。どうやらジャンルヌの体の上に跨っているようだった。
「……俺が何故部屋に招き入れたか分かるか」
「えっ」
そういえば、そうだ。過去のトラウマから招き入れたくないであろうに、何故かジャンルヌに対してだけは意味深な言葉を伝えてきたのか。
「貴殿なら……気を許していいと思ったからだ」
「そっ……」
それはどういう意味ですかと聞きたい気持ちがいっぱいだった。だが、喉が震えて上手く言葉にできない。揺れ動くオッドアイの瞳を静かに見下ろした。
「俺をそういう目で見ていただろう」
「あっ、えっ」
「嫌という程分からされたからな」
動揺し、上がっていた熱はその言葉に一気に下がった。今まさに真っ青だろう。そんなつもりはなかった。なかったのだが、心には抗えない。
下半身が興奮する程にはそういう目で見ていたという事実は否定できなかった。
つまり、幻滅されたに違いない。ゼフィランと交合う妄想を数回してしまったからだ。自分はそんなつもりはなくとも、態度に出てしまっていたのかもしれない。深く反省すべきだと気落ちしていたが、ゼフィランは嫌悪を表すことはなかった。
「俺は酒を飲むのは好きじゃない、だがジャンルヌ卿となら飲んでもいいと思えたんだ」
「あ、ありがとうございます……」
「……」
「……総長? 」
「……貴殿は、今も俺をそういう目で見ているのか」
見下ろすその瞳に射抜かれ、ジャンルヌは言葉を無くす。否定できたらよかったのだが、否定できなかった。現に今こうして上に乗られていることにすら興奮しているからだ。
ジャンルヌは言葉を選ぶべく思考を巡らせる。否定しないことに対し、ゼフィランは「そうか」と言い放った。
「いいか、今俺は"酔っていない"」
そう言うと、シャツのボタンを外していき、薄い胸板が見えた。自分のベルトを外し、ズボンと──下着まで脱いだのだ。
「そっ!? 」
突然の出来事に慌てふためき、制止しようとするが、体が上手く動かない。ゼフィランは無防備なジャンルヌのズボンに手をかけると、少しだけ下ろす。そして、勢いよく飛び出した息子に思わず恥ずかしさから顔を隠してしまった。
「ジャンルヌ」
いつもとは違う甘く優しい声で、初めて呼び捨てて呼ばれた。息子がびくりと揺れ動いたのは自覚した。
「お前が俺にどんな理想を抱いていようが、私は穢れた人間だ」
悲しげに笑えば、ゼフィランは本来排泄器官として使われるそこにジャンルヌのものをあてがった。
「ちょっ、まっ……! 」
どちゅんっと音を立てて奥まで咥えられる。その狭さは感じたことの無いほどキツく、熱く、何よりも酷く気持ちが良かった。
思わず達してしまいそうになるのを必死に我慢した。
一気に貫いたせいか、ゼフィランは肩で息をする。眉間にシワを寄せているのを見ると心配のあまり、手を伸ばす。
するとその手を握れば口を這わせ、舌で舐められた。
赤い舌で見せつけるように指の間や手のひらを舐められれば食い入るように見入ってしまった。
自分の中の蒼天騎士団総長である、ゼフィランの姿はあくまで理想像であり、その姿は呆気なく崩れ落ちた。
今あるのは、一人の人間としてどういう訳だか性欲を求められ、挿入している側なのに犯されているような感覚に陥っている。
──綺麗な顔だ
あの日一目惚れした時も同じ感想を持っていた。
その見た目とは裏腹に血のにじむような努力をしている。自分の過去を隠して、抗いそうして蒼天騎士団総長という立場まで上り詰めた努力家だ。
憧れを抱く気持ちは未だに変わらない。恐らくこの先も変わらず持ち続けているだろう。
だが、変わってしまったのは一線を超えてしまったこと。
ゼフィランに向ける想いが憧憬から独占欲になってしまったこと。
蓋をするつもりだった思いたちが暴かれ、それを解放していく。
「総長」
「今の私は総長ではない」
「……ゼフィランさん」
ん、と短く返事をする。ゼフィランはゆっくりと腰を上下に動かす。その振動と自身に与えられる快楽にジャンルヌは息を詰まらせる。
「キツくないですか」
「…いや」
「……ゼフィランさん」
「ん」
必死に腰を振る様子のゼフィランにジャンルヌは名を呼べば視線を向ける。
「抱きしめていいですか」
上半身を起こしてゼフィランと向き合う。返事も聞かずに彼の体を抱きしめた。ジャンルヌの名を呼ぼうとするが、声が上手く出ない。漏れ出る吐息を直に感じたジャンルヌは「大丈夫ですよ」と優しくあやす。
「俺は、あなたの事が好きなので」
その言葉にゼフィランは顔を歪めた。震える唇と、翡翠の瞳に海が出来る。そして、目から溢れたものは雫となって頬を伝う。
「俺は……っ」
「ゼフィランさん」
そう言ってジャンルヌは下から突き上げた。唐突な出来事に悲鳴に似た高い声を出した。
「俺は、ちゃんとあなたを愛します」
その言葉を、誓いを封じるように、ゼフィランに口付けた。
深く、恋人のするような口付けに目眩がする。だが、ぽっかり空いた胸の穴がじんわりと満たされるのを感じていた。
角度を変えて何度もキスをする。貪り食らうようなキスにゼフィランも腰が砕けそうになった。
そして、息が苦しくなった頃に唇が離れる。酸欠になった脳に空気を送るべく荒い呼吸を繰り返した。
「せめて、ベッドでしてあげれればいいんですが」
苦笑しながら腰を掴み、再び下から突き上げる。ゼフィランの中に包まれたものがそろそろ限界を迎えそうになっていたからだ。
「ジャっ、あっ! 」
「気持ちいいですか? 」
思わずジャンルヌの首に腕をまわしてしがみつく。自分の指では足りない奥を突かれてゼフィランは喘いだ。
「んあぁっ! 」
ジャンルヌのものを咥えた穴はヒクヒクと蠢き離さない。それが何ともいやらしく、ジャンルヌの良心を蝕んでいく。
(俺のものになって欲しい)
まだ飛びきらない理性がそれはダメだと警告する。そこまで達してしまっては、ゼフィランを無理やり犯した奴らと同等になってしまうからだ。
頭の中では分かっていながら、それでもゼフィランを貪り喰らいたい本能が牙を剥く。
ゼフィランによがられ、「これでいい」「これを利用しろ」と悪魔の囁きすら聞こえてくるのだ。
「ゼフィラン……さっ」
「あっ、うぅっ、んぐっ、はぁ……っ! 」
中を犯され、理性が飛んだゼフィランは完全に一人の男──否、メスのように酷く喘いでいた。
そのいやらしい声にジャンルヌは酷く興奮する。
(限界、だ)
散々煽られ、理性の糸は切れそうになっている。
悪魔に、本能に、支配される。
「イけ」
つい漏れ出た声は好青年とは違い、低い男のものだった。
その声を直に聞いたゼフィランはびくりと体を震わせ、びゅるるっと白濁を吐き出した。
中も強い締めつけにより、ジャンルヌは欲を中に放出した。
それからの記憶はない。
だが、次の日からゼフィランと目が合う度に、一瞬だけあの時と同じ目を向けてくるのだ。
高嶺の花に手が届いた。
ましてやその花を手折ったのは自分だ。
その何とも言えない恍惚感に苛まれたが、それ以上に彼の満たされないものを満たせるものなら、それでいいとさえ思った。
だから──
「