「あぁ。初心者にも出来そうなやつをだな」
2人とも非番のある日、サンソンの部屋の窓際でギドゥロはいつものようにハープを奏でていた。
突然「頼みがある」と神妙な顔つきのサンソンになんだなんだとどこか期待を膨らませ、口角を上げながら聞き返したが、残念なことに期待はずれな返答に肩を落とす。
しかし、戦歌隊を結成してからも楽器を触ろうとしなかったサンソンが珍しく楽器を演奏したいと言い出したのだ。
「いや、突然どうした」
「まあ……いつもアンタにばかり押し付けてて悪いなっていうのは1つあるが」
あー…と口をもごもごさせるサンソン。歯切れが悪いのはたまにあることなので慣れている。何か言いたそうに目を泳がせて徐々に顔が赤くなるサンソンにの返答を待っているが、しどろもどろのサンソンの様子に釘付けになる。
「……あんたと」
「おう」
「……デュオ」
「え? 」
「あんたとデュオしてみてぇと思ったんだよ」
ようやく口に出してくれたが、語尾はだいぶ小さくなっていた。
キョトンとサンソンを見つめ、言葉の理解をするとなんだそれ、と思わず吹き出してしまった。そんな反応のギドゥロにサンソンは今度は怒りで真っ赤になる。
「笑うな!」
「いや、サンソンがそんな願いしてくるとは思わなくてだな」
ギドゥロは爆笑する。真剣にこちらを見つめて言ってくるし、耳まで真っ赤に染まったあの顔が愛らしいと思った。
あー…こいつのことやっぱ好きだわ、と改めて実感したのであった。
対して自分の切実な願いを爆笑されて怒り心頭のサンソン。だったが、ギドゥロが「いいぜ」と了承した頃には落ち着いてきていた。
「ならタンバリンでいいんじゃね」
「は?」
モグチャもタンバリンなら出来るとか言ってたしなと一言添えると、「そりゃ打楽器なんて初心者向けだろうけどな!」と呆れ果てた。
「いやぁ?打楽器だからって何でもかんでも簡単じゃねえんだぞ」
「な……じゃ、じゃあアンタの勧める楽器ってなんなんだ」
ん〜…と首を傾げて考え込むギドゥロ。
しばらく考えてあっ、と閃いた様子。
どうせなら新品をやらないとなと、呟いたあとそのまま家から出ていってしまった。
呆然とその背中を見送った後、サンソンははっと我に返り、んーと伸びをし、掃除をしようと踵を返した。
──数時間後
「たでぇま」とギドゥロが部屋に帰ってきた。サンソンは三角巾とマスクをはめたまま振り向き「おかえり」と一言投げかける。
「買ってきたぞ」とどこか嬉しそうな声でギドゥロは掃除姿のサンソンに近づく。
「覚えてしまえば簡単だと思うんだが」
とサンソンに見せつけたのは手のひらサイズの小さな楽器。
「なんだこれ」
「オカリナだ」
「息を吹き込みながら指で穴を抑えたら音が出るんだ。弦楽器よりは簡単だろう」
サンソンはじっと手にしたオカリナを見つめた。
「ギドゥロはオカリナ吹けるのか? 」
「分かんねえからこれも買ってきた」
更に手渡されたのは「初めてのオカリナ」という
本だった。本当に初心者向けなのだろうかと不安になるサンソンに「お前は器用だから大丈夫だろう」と励ましなのかからかいなのか分からない笑顔を見せた。
もちろん、サンソンは投げ出す人間では無い。
暇さえあれば教習本と睨み合う。最初は子供が出すようなトンチキな音色だったが、時が経てば鳥のように美しい音色になっていた。
ギドゥロも考えたのだ。横笛や自分が使っているようなハープ。だがあれは慣れるまで時間がかかる。せっかくサンソンらしい楽器にするならタンバリンやカスタネットでは格好がつかない。なら管楽器がいいだろう(肺活量ありそうだし)
「だいぶ上手くなったな」
サンソンの努力家な所はギドゥロも認めている。
「そ、そうか……?」
「どうせなら外行かねえか? 」
ギドゥロの唐突な提案にサンソンは目を丸くする。日も暮れて空は青黒く染まってきている。
「そ、外は迷惑だろ」
「どうせならよ、聞かせてえじゃねえか」
ギドゥロは大丈夫だからよと言い聞かせ、サンソンを外に連れ出した。部屋から抜け出し、旧市街、新市街を抜けて黒衣森を抜ける。
ギドゥロはまだ進む。暗い森の中、シンと静まりかえった森が不気味だ。
「ギドゥロ」
「もうすぐだ」
ギドゥロは歩みを止めない。サンソンは不安に駆られる。だが、ギドゥロを信じ跡を継いて行く
「よう、邪魔するぜ」
火がパチパチ聞こえてきたと思えば見覚えのある姿があった。
「ギドゥロ、それにサンソンではないか」
ギドゥロの恩師、ジェアンテルであった。ジェアンテルは2人を交互に見ると、座りなさいと促した。
「爺さん、聞かせたい詩があるんだわ」
「ほう、新しい曲かの」
「いーや? まあ聞いた事ある曲だが、今回はサンソンもこっち側なんだ」
ギドゥロは隣に座るサンソンの肩を叩く。その言葉にジェアンテルもサンソン自身もとても驚いた。
「まさか、サンソンが」
「えっ、ちょっと待て、どういうことなんだ」
「つっても、こいつは詩人にはなれない。だが歌や音楽を愛する気持ちは変わらない。そんなサンソンが俺とデュオしたいって言い出したから、オカリナを教えたんだわ」
ギドゥロはジェアンテルの方を見て話す。サンソンは「まだ練習が足りないんですけど……」とボソボソ呟いていた。
「サンソン、ギドゥロがここに連れてきたということはそれなりに上達しているということだ。是非聞かせてくれないか」
サンソンは深くため息をついた。ジェアンテルの願いとあらば仕方ない。
「お前に合わせる。なぁに、あれだけ練習したんだしよ、爺さんに聞かせる分には失敗しても何も問題ねぇよ」
ギドゥロはハープを構え、促した。サンソンはギドゥロの方を見つめた後、ギドゥロがくれたオカリナを見る。一息置いたあと握り直し深く息を吸って曲を奏でた。
ゆっくりではあるが、正確に、綺麗な音色を奏でる。それに合わせてギドゥロもハープの音色を奏でた。
ゆったりとした2つの音色は黒衣森を包んでいく。
ジェアンテルはその2つの音色に耳をすまし聞き惚れていた。
初めてのデュオは成功した。
サンソンは恥ずかしげに、だが成功した安堵から笑みを零した。
これは2人が結んだ絆であり、とてもいい思い出となったのだった。