黒衣森に奇妙な噂がたったのはつい1週間前のこと。
無惨な死体が森の中で発見されることが増えたという。
いずれも怯えた表情硬直し、死を迎えていた。動物たちの死骸も中にはあり、それらは内臓を引きずり出された状態で息絶えていた。死因は出血性ショックだろう。
「これは明らかに異常だ」
双蛇党統合司令部でボルセル大牙佐は報告を受け、頭を抱えていた。以前より妖異による怪異等は起きていたが、あくまでイタズラ程度で済まされるものであり、神勇隊、鬼哭隊がそれぞれ各地に配属、守衛に務めているため、被害はさほど出なかった。
だが、その目を掻い潜り急激に奇妙な死体があると報告が次々と上がってきている。
「これは……なにか起きている」


──ギャァァァァッ!!!


また悲鳴が一つ。

空が暗い雲で覆われる。

ゴロゴロと雷が遠くて鳴り響く。

ぽた、ぽたと雨が降り始めた。

命の流れる音をかき消すように。

黒い影はにやりと怪しく笑った。


──鎮魂歌は届かない──


ある晴れた日のこと、冒険者はシャツを袖まくりし黒いエプロンをかけ、スウェットにロングブーツという姿で双蛇党統合司令部へ急ぎ足で駆け込む。
「今日の納品分です!」
「いつもありがとうございます」
グランドカンパニーへの本日のギャザラー・クラフターの納品を終え、伸びをする。一息つくと今度は傍らにある冒険者小隊の部屋向かおうとしたその時だ。
「冒険者くん、ちょっといいかな」
ドアノブに手を伸ばそうとした瞬間呼び止められた。真後ろから掛けられた声の主はすぐそばにいる。
「はい、どうしましたか大牙佐」
双蛇党隊服に身を包んだエレゼン男性、ボルセル大牙佐はどこか慌てた様子だ。
「急用でね、出来れば君の手を貸してほしいんだ」
「はぁ」
ここで話すことではないと、奥の方へ案内された。初めて入る司令部の奥に冒険者は少しドキドキした。
ボルセル大牙佐の後をついていく。部屋がいくつか並んでおり、いずれも扉は閉まっている。最奥にある扉を開け、招き入れる。そこにはホワイトボードと大きなテーブルに周りを囲うようにいくつもの椅子が並んでいた。
「まあ会議室みたいなものだよ」
ボルセルは双蛇党の帽子を脱ぎ、椅子に腰掛ける。冒険者も近くにあった椅子に腰掛けた。
ボルセルは目を閉じ一息つくとゆっくり目を開いたが眉間にシワがより、いつもより真剣な表情で冒険者を見つめる。
「さっきも言ったが、君の手を借りたいことがあってね」
「まあ俺で出来ることなら」
「ありがとう。それで最近奇妙な噂を耳にしないかい? 」
ボルセルの問いかけに冒険者は首を傾げる。「そうか、まだそこまで回っていないなら……」と小言を呟いた。
「黒衣森全体で、無惨な死体が最近頻発していてね。人、動物問わず。いずれも深い傷を負って、恐ろしいものでも見たかのような表情で硬直している。動物に至っては内臓を引きずり出されているんだ」
想像した冒険者は青ざめ、引きつった顔を浮かべる。
「……仮に人間ならば、巡回している神勇隊と鬼哭隊が不審者を見逃すはずがないんだ」
悲鳴に気付いた時には既に事切れている。
「つまり……人間では無い……と」
「そう考えたいけど、仮に精霊ならばわざわざ傷を負わせてしかも内臓を引きずり出すことに意味はあるかい? 」
「確かに……」
黒衣森に在中している蛮族──北部森林にイクサル族、東部森林にシルフ族は確かにいるが、彼らはそのような無駄な事はしないはず。
「黒衣森全体的に発見されているけど、圧倒的に多いのが──……」

コンコン

ボルセルの言葉を遮るように勢い余ったノックが聞こえる
「はい」
「お話中失礼します!またもや被害者の報告です!」
「なに」
冒険者はボルセルを見るとボルセルと目が合った。2人は頷く。
ボルセルは帽子を手に取り再び被る。冒険者も急いで立ち上がった。
「今度はどこだい」
「今度は中央森林です。被害者は弓術士ギルドのシルヴェル──」
「えっ」
シルヴェル……報告に来た隊員の言う通り、彼は元神勇隊だが、訳あって辞めたあと、弓術士ギルドに所属している。かつて冒険者も世話になった1人であった。
「とにかく急ごう」
ボルセルの言う通り、足早に現場に向かった。

中央森林に着くと既に幻術士たちにより手当が行われていた。ボルセルと冒険者は怪我人──シルヴェルに近づく。
「シルヴェルくん」
シルヴェルは息苦しそうにしていた。脇腹を抑えているが、出血はなさそうだ。しかし痛みに耐えるように歯を食いしばっている。
声をかけるとちらりとこちらを見て現れたボルセルと冒険者を見ると目を丸くした。
傍らには同じく弓術士ギルドのレイ・アリアポーもいたのだ。
「何があったか、聞かせてくれるかい」
ボルセルはしゃがみ、2人に話を聞こうとする。
「アタシたちが入門したての新米たちに指導してる時の事だったんだ──」

──レイはこう語る
以前冒険者に教えたように黒衣森の森で討伐をし、実践演習で弓の技術を高めていく。
今回の新米たちは冒険者よりもまだ安心出来ないため、レイとシルヴェルもついてきていた。
的を探して弓を引き、次に討伐対象を探してまた弓を引く。遠目で見守りながら順調に訓練は進んでいた。
「ん? 」
ずっと黙っていたシルヴェルが声を出す。レイが「どうしたんだ? 」と問いかけると、急に森全体に霧がかかったのだ。灰色の不気味な霧。レイは上を見上げる。先程まで晴天だったのが一気に曇り始めたのだ。
「撤退だ!」
シルヴェルはまだ慣れない視界が悪い中、新米たちが訓練するのは危険だと考え、撤退を促す。
新米たちは駆け足でグリダニアへ戻る。シルヴェルとレイはしんがりを務める。
「なあ、シルヴェル」
「ん? 」
「なんか、すげえ気持ち悪い……」
「それには同感だ」
シルヴェルとレイも後を追うが、足が重い。しかし、前に進むしかないのだ。
「待て」
シルヴェルの言葉にレイは止まる。シルヴェルの方を見ると目線をあちこちに動かしている。
レイも耳を澄ます。微かにだが、何かの気配を感じる。
「気をつけろ」
「ああ」
2人は息を潜め、弓矢を構える。何かを感じるが、それがどこにいるのか分からない。
「レイ! 」
「!! 」
風を切る音が聞こえる。レイは咄嗟に振り向くが、間合いを詰められ、弓を引く暇がない。長い棒のようなものがレイを狙う。レイは思わず目を強く瞑った。

「ぐぁっ! 」
バキッという音と同時に呻く声が聞こえた。レイが目を開くと、シルヴェルがレイを庇ったのだ。そして脇腹を抑えて地面に倒れる。
「シルヴェル!! 」
「に、げ…」
シルヴェルはヒューヒューと息を漏らしながら声を絞り出す。強い激痛に悶えていた。レイはシルヴェルに寄ろうとするが、目の前に現れた物に固まってしまった。

黒いモヤ、それはレイよりも遥かに高く細長い人間の形をしていた。そしてレイはある部分に目がいった。シルヴェルと同じく長い耳だった。
黒いモヤはくっきりと人の形になる。その頃にはハッキリとエレゼン族の男性とわかるようになっていた。
『シトメソコネタカ』
人の形になったものは、倒れたシルヴェルを見下ろし、二重になったようなこもった男の声を発する。そして痛みに悶えるシルヴェルに蹴りを入れた。
「やめろ! 」
レイは声を荒らげたが、震えていた。それはレイの方を見るが興味が無いように無視した。
そしてスーッと消えていった。同時に霧もはれ、何事も無かったように黒衣森に陽がさした。
そしてシルヴェルの治療のため、幻術士へ連絡をとり、双蛇党への連絡が来たとのこと。

「シルヴェル…ごめん…」
レイは泣きそうな声でシルヴェルに謝った。顔は俯いているが体を震わせて今にも泣きそうだった。シルヴェルはレイの方を見るとふぅと大きく息を吸い、「あれだけ距離を詰められたら咄嗟に動けないものだろう」と呟いた。
再び目を閉じて今度は冒険者の方を見た。すると手当に当たっていた幻術士がボルセルに向かって口を開く。
「肋骨が1本折れていますが、安静にしていれば大丈夫かと」
肋骨1本折るくらいの衝撃を想像しただけでも肝が冷える。冒険者は考えるのをやめた。
「わかった。シルヴェルくんも安静に」
ボルセルは頷き、立ち上がる。そして駆けつけた鬼哭隊の担架にシルヴェルは乗せられ、グリダニアへ向かった。冒険者とレイも立ち上がり、その後を追いかける。

冒険者は考えた。レイの話した奇妙な存在。それは長い棒……恐らく槍と考えていいだろう。そしてエレゼン族。人間では無い存在。妖魔に取り憑かれたか、はたまた「妖魔になった」か。
考えたくないことだが、一つだけ心当たりがある。

──谷底へ落ちていった彼を──

「勇気」とは何かをずっと問いかけ、自論を貫いていた彼を。


グリダニアへ帰ってくるとボルセルは冒険者が思考を巡らせていることに気づく。
「何か、思い当たるものでも? 」
冒険者は声をかけられ、ハッと我にかえる。
「1人……心当たりが」
その言葉にボルセルは眉根を寄せる。ぜひ聞かせてくれないかと。冒険者はその心当たりがある人物の話をした。かつて槍術士ギルドに道場破りとして現れたシェーダーの槍術士、フールクの話を。そして彼は自分と決闘した末、北部森林の谷底へ落ちていったことも。
ボルセルは静かに話を聞いていた。そして最後まで聞き終えるとやはりそうかとどこか納得していた。
「話の途中だったが、黒衣森全体で被害が及んでいる。その中で圧倒的に多いのが北部森林なんだ」

恐らく犯人はフールクの怨念だろう。
そう確信した冒険者はイウェインへ話すべきかを相談する。
「彼も関わっている以上、念の為に話しておいた方がいいかもしれないね。まあ彼の方が上だとは思うけれど」
ボルセルは笑みを浮かべた。かつてボルセルとイウェインは共に冒険していた仲間だという。故に信頼しているのだろう。
今後の対策も含めて2人は槍術士ギルドへ赴いたのだった。

──一方、東部森林

「ギドゥロ! おーい、ギドゥロ!」
1人の双蛇党の軍服を身にまとった男がズカズカと苛立ちを顕にしながら歩いていく。
彼はサンソン大牙士である。冒険者と共に旅をしたことがある。彼の夢であった戦歌隊を結成し、育成に励んでいる……のだが、肝心の指導役であり吟遊詩人のギドゥロがいないことには何も始まらない。ギドゥロは「俺はそういうの向いてねえんだよ」と指導役から逃げている(ついでに他の仕事もサボっている)
故にサンソン直々にギドゥロを探す羽目になっている。今日は東部森林にいると目撃談があった為名前を大声で呼びながら探すがいる気配がない。
「ったく……」
歩みを止めると同時に森のざわめきが聞こえる。

──ギャァァァァッ!!

断末魔が聞こえた。サンソンは声の聞こえた方へ走る。最近不審死が増えたとの情報は聞いている。まさかと思いながら駆け抜けた。所々から獣たちの唸る声が聞こえる。
すると、イノシシ……親子だろうか、大きいものと小さいものが倒れており、腹を引き裂かれ、内臓が飛び出している。思わずサンソンはうっと吐きそうになり、手で口を塞いだ。血なまぐさい臭いが鼻につく。これだけは慣れない。
吐きたい気持ちを抑えながら辺りを見回す。動物たちは怯え、威嚇をしている。下手したら自分まで襲われる。
まず真っ先に報告をせねば、と立ち去ろうとした瞬間
「!? 」
足音すら聞こえなかったというのに真後ろに人がいたのだ。驚きすぎて声が出ない。後ろにいた男はニタリと不気味な笑みを浮かべたと思えば目の前がまるで闇に包まれたように真っ暗になった。

──そこでサンソンの意識は途切れた。


時は戻り、グリダニア、槍術士ギルドにてギルドマスターであるイウェインに事態の状況、及び自分たちの推測を話していた。
話を聞いている途中、イウェインは頭を抱えていた。
「もう俺はあれに関わりたくねぇんだけどよ……」
それもそうだ、フールクに、道場破りまがいなことをされた挙句、冒険者に変なことを吹き込もうとしていた張本人なのだから。しかも行方不明…あの時既に死亡しているだろうという話になっており、イウェインも忘れようとしていた胸糞悪い記憶である。
「だが、イウェイン。キミも関わらないといけない話になってしまうんだよ」
「あ〜…分かってるよ。ボルセル大牙佐の言う通りにしますよ」
はぁ〜とため息を大きく吐くと同時にコツコツと足音が聞こえた。
「よう、邪魔するぜ」
「ギドゥロ」
「ギドゥロくん」
「槍術士ギルドに珍しい客じゃねえか、どうしたんだ」
「なんか無粋な事件が起きてるって聞いてよ」
「ギドゥロくん、サンソン大牙士がずっと探していたようだけど、また会議を抜け出したのかい」
「あー……」
ボルセルは苦笑しながら指摘する。ギドゥロは罰が悪そうに頬をかいた。
「あまり上司を困らせないようにね。サンソン大牙士も胃痛に悩まされてるから」
ギドゥロはまあたまにならなぁ…と曖昧な返事をする。
コツコツと足音が聞こえ、全員が入口の方を向くとそこには
「お話し中すみません」
「ゲッ」
噂をすればなんとやら。サンソン大牙士が立っていたのだ。
「ギドゥロ、探したぞ」
「あ〜…見つかっちまったもんは仕方ねえか」
サンソンはギドゥロを見たあと、冒険者の方に一度視線を移し、その後ボルセルの方を見て、踵を返した。
「では俺たちはしつ……」
「ちょっと待て」

サンソンがボルセルに対し、失礼しますと言おうとしたところをイウェインが大声で制止する。
サンソンは背中を向けたまま足を止める。急な大声にギドゥロと冒険者もビックリして固まった。
「はい、なんでしょうか」
「こっち向け、サンソン」
イウェインは腕組みし、圧をかける。サンソンはゆっくりと振り向いた。そして困った笑みを浮かべて「何かありましたか」と問いかける。
「お前、サンソンじゃねえだろ」
イウェインの言葉に場に静寂が訪れた。
サンソンをきつく睨みつけるイウェインと、その視線から目を逸らすサンソン。やはりね、と呟くボルセルに冒険者とギドゥロは目を丸くしていた。
「キミは確かにサンソン大牙士じゃない」
「……俺はサンソンですよ? 」
「なら俺の目を見て話せ」
「……」
イウェインの言葉にサンソンは言葉に詰まる。ギドゥロは「こいつはサンソンじゃないってどういう事だ」と言いたげにイウェインとサンソンを交互に見やる。
「まず、取り込み中の俺らに声をかける時は"お取り込み中失礼します"って敬礼するのが常識だろうが」
「師範であるイウェインにもだけど、仮にも上司でもある僕に対してあまりにも失礼すぎる態度だよ。サンソン大牙士はそんなこと絶対にしないさ」
「あと、サンソンは話す時は絶対俺の目を見る。だがこの数分で全く視線が合わなかった」
「サンソン……」
「ふ、ふふ……」
サンソンは肩を揺らして「ハハハ」と大声で笑った。普段とは違う様子のサンソンにギドゥロは思わず数歩後ずさる。冒険者もこれはただ事では無いと察知し、眉根を寄せる。
「ええ、そうですよ、私はサンソンではありません」
「んな生意気なしゃべり方はやっぱりフールクだな」
サンソン、否、フールクは体から黒いモヤを出しながら不気味に笑う。
「視線は少々低いですが、生前より動きやすい体を手に入れました……これで、今度こそあなたに勝てる」
「さっさと星海にかえりやがれ」
「いえ、そんな簡単に星海にかえれるわけないじゃないですか。あなたにコケにされて」
フールクは槍を構える、イウェインに向ける。が、イウェインは全く動じない。
「あなたに決闘を挑みます。彼の体を返して欲しければ私を倒してみなさい」
「臨むところだ」
イウェインは即答する。
「ええ、いいですよ……その顔が苦痛で歪むことを楽しみにしています……」
場所は明日、南部森林にて──……と言い残してサンソンの体ごと霧のように消えた。
急激な展開に一同は呆然と立ち尽くす。
イウェインは大きく息を吐いて、「厄介な事になったなぁ」と呟いた。
「サンソンが……」
ギドゥロといえばサンソンが乗っ取られたという事実が受け入れられず混乱しているようだった。
ボルセルもどこか半信半疑だが、事件は大きく進展したことにどこか安心しているようにも見えた。
「ギドゥロくん、大丈夫だ。イウェインに任せなさい」
「本当に任せていいのか」
「俺を誰だと思ってんだ? 」
イウェインはギドゥロの背中をバシッと強く叩いた。勢いよく叩かれたことによって「うっ」とうめいた。
「俺らも参戦した方がいいのでは? 」とイウェインに問いかける冒険者。イウェインは「俺に決闘挑んでんだから1人で大丈夫だっつうの」とニヤリと笑った。
冒険者はあの時のことを思い出す。タイマンかと思えば大量に囲まれたことを。フールクの性格ならきっと変わらず何かしら仕掛けてくるだろう。
冒険者は余裕そうなイウェインに心配な眼差しを向けるのであった。


次の日、冒険者は弓術士ギルドに顔を出した。弓術士ギルドマスター、ルシアヌはこちらに気付くと歓迎した。
「昨日はシルヴェルが世話になったみたいね」
「シルヴェルの様子はどうですか」
「ええ、今は安静にしてるわ。骨が繋がるまで弓を引くのも禁止したらすごく不服そうな顔してたわ」
シルヴェルの様態が安定してることに安堵した。冒険者はちらりとレイの方を見る。いつもの場所に変わりなく立っていた。
「レイも昨日は落ち込んでいたみたいだけど、あまりメソメソしてるとシルヴェルが心配するわよって言ったら"アイツが心配するわけない!"って言っていつも通りになったわ。2人共素直じゃないんだから……」
クスクスと笑うルシアヌに、冒険者も釣られて笑う。笑う声が聞こえたのか、レイがこっちを見る。
「よっ、来てたんだな。何話してたんだ? 」
「内緒よ」
ルシアヌは人差し指を口元に当てた。その様子にレイは察したのか眉間にシワを寄せる。「ロクでもない話だろどうせ! 」ぷんすこと擬音をつけたくなるような怒り方にルシアヌと冒険者は笑った。
「長話も悪いな、そろそろ行かねえと」
「ええ、わざわざこちらに来てくれてありがとう」
「気をつけてな」
2人に別れを告げて南部森林に向かう。待ち合わせはクォーリーミルだ。

クォーリーミルに着くと、先に待っていたのは胡座をかいているイウェイン1人だった。
「あれ? ボルセル大牙佐は」
「あいつは別件で動くから来ないとよ」
そうですかと呟く。ギドゥロも来るかと思えば元々自由気ままな性格でフラフラしているのだろう。とは言えど、サンソンの体が乗っ取られている現状で彼が来ないのもおかしい事だが。
「曇ってきたな」
イウェインは空を見上げた。同じく冒険者も空を見上げると灰色の雲が青空を隠していく。暗くなると同時に微かに霧がかかる。
「お出ましか」
イウェインは立ち上がり肩を回す。人の歩く足音が聞こえ、聞こえた方を見るとちょうどギドゥロも姿を現した。
「なんだ、来たのか」
「任せるのも不安だったからな……」
だから任せてろってっとイウェインはギドゥロを小突いた。
「にしても気味が悪ぃな」
にっと笑っていた顔は一瞬で無くなり、真剣な表情で辺りを見回す。オーディン出現時とは違う森の暗さ。冒険者も気を引きしめる。
「ん? 」
ギドゥロは耳をすます。どうした?と問いかけると「あっちの方で声がするな」と言う。2人も耳をすますと、複数の声が聞こえる。よく聞くと、大声を出しているようだ。
「行ってみよう」
声の聞こえる方、西の方に向かう。

「やめんかサンソン! 」
3人が声のする方へ向かうと聞き覚えのある声が聞こえた。ギドゥロの師匠であるジェアンテルが弓を構えていた。
その傍らに鬼哭隊が数名、うずくまっていたり、倒れていたり、息を切らしながら槍を構えている者もいた。
ジェアンテルの目の前には、槍を血で汚したサンソン否、フールクが怪しい笑みを浮かべて立っていた。
「爺さんそいつはサンソンじゃねえ」
「ギドゥロ……!それにお主らは」
ジェアンテルはギドゥロの方に向く。そして冒険者とイウェインの姿にとても驚いた。
「ジェアンテルさん、詳しい話はまたあとで。負傷した鬼哭隊員たちの救護をお願いします。そいつは俺を狙ってるみたいなんで」
イウェインは槍を構えながらジェアンテルに負傷者の誘導を促す。ジェアンテルは弓をしまい、鬼哭隊員の安全の為、介抱することにした。
「よう、フールクえらいド派手に暴れてるじゃねえか」
「来ましたね。遅かったですよ。おかげさまで何人か私の槍の錆になりましたが」
クククと不気味な笑いを浮かべるフールクにチッと舌打ちする一同。
「ええ、あなたの相手は私がしましょう……お2人には見学……も暇でしょうから彼らのお相手をしてもらいましょう」
すると、冒険者とギドゥロの背後から低い声が聞こえ振り向く。そこにはゾンビと本来ここにいるはずのない骸骨たちが起き上がる。
「さっさと始末するぞ」
冒険者も槍を構え、ギドゥロと共に雑魚を倒していく。
イウェインはそれを横目に見て、フールクの方に視線を移す。
「本来なら安い挑発に乗らなかったが、門下生が人質になっている以上俺が助けねえとな」
「ええ、理由はともかく、あなたが負けを認めればそれでいいのです。私の方が強い、私の勇気は間違っていないとね! 」
先にしかけたのはフールクの方だった。槍を構え、突進し、イウェインも冷静に迎え撃つ。両者の槍のぶつかる音が森の中に響いた。イウェインは1歩下がり、フールクはまだ槍を振りかざす。フールクは積極的に槍を振り回し、イウェインは冷静に対処し、無駄な体力を使わないようにしていた。
しばらく両者の攻防が繰り広げられる。イウェインは隙を見計らうが、疲労する様子が見られず内心焦っていた。
(こいつ……無駄に振り回しているのに息も切らしてない……サンソンに乗り移ってるとはいえ……)
「どうしましたか!?ずっと押されてますよ!? 」
フールクは愉快そうに笑う。イウェインはまだ、まだだとフールクの繰り出す槍を受け止め必死に防御していた。
一方、冒険者とギドゥロも倒しても倒しても復活する敵に苦戦していた。
「こいつら……無限に湧き出てきやがる……! 」
はぁはぁと肩で息をする両者。奇妙な声を上げ、次々と襲ってくるため、冒険者が槍で払い、ギドゥロが詩で支援しつつ矢で攻撃を繰り出していた。
「イウェインさんは大丈夫だろうか…っ」
「あんま余計なこと考えてたら命取りだぜ」
早く始末しないと、と考えていたその瞬間。
グァッと急に1体倒れたのだ。そちらに目をやると後頭部に矢が刺さっている。ギドゥロが放ったものでは無い。
「大丈夫か!? 」
女の声が聞こえた。視線を向けるとそこには
「レイ! 」
「心配で様子を見に来たんだ。なんかすごいことなってるから助太刀するよ! 」
「やっぱ1人増えるだけでも心強えな」
「よし、気合い入れていくぞ!」
冒険者の一声に2人は「おう! 」と返答した。


──イウェインとフールク
「ぐっ…」
「威勢はどこへ行きましたかね」
「クソ…」
フールクの氷魔法により足を固められ、一瞬の隙にイウェインは一撃を食らってしまう。槍を手から離してしまい、地面に落としてしまった。
「私には勝てない。死してなお、魔力が増した私には──!」
「まだ負けてねえよ…」
ふっと鼻で笑うフールクは「もう決着を着けましょう」と大きく振りかざした。
「勝ちを確信しても油断することなかれ」
急な第三者の声にフールクは止まる。イウェインも聞き覚えのある声に目を丸くする。
フールクが手を止めた瞬間、風を切る音が聞こえ、それはフールクの掲げた右腕に刺さる。
「ぐぁぁ!? 」
「キミの振る槍は傲慢なだけだ」
もう1つ肩の所に矢が刺さり、フールクは崩れ落ちる。
「ボルセル! 」
「遅くなって悪かったね。でもキミが一度油断させてくれて助かったよ」
フールクが崩れ落ちたと同時に見えたのは弓矢を構えたボルセルの姿だった。
「だいぶ長いこと弓を握ってなかったけど、腕は落ちてなくて良かったよ」
「悪ぃ助かった」
「たかが……これしき……」
フールクは痛みに耐え、立ち上がろうとするが、刺さった2本の矢が淡く光り出した。
「うっ……なんダ……こレは……!? 」
「カヌ・エ様から預かった清めの矢だよ。悪霊にも効果があるらしいからね」
「うグ……」
フールクは苦しみ悶え、矢を抜こうとする。腕の方は抜けたようだが、肩の方が絶妙に届かないらしく、苦戦していた。
その隙にイウェインは立ち上がり槍を片手にフールクに立ち向かった。

強烈な一撃を食らわせ、フールクは倒れた。
「……もう、お前は負けだ……」
倒れたフールク…サンソンの体から黒いモヤが出始める
「私は……何が違っタんでしょウか……」
「……お前に足りなかったのは、仲間かもな」
「……彼ラに裏切られた恨ミは忘れることは無いでしょう……」
フールクはどこか諦めたように笑みを浮かべゆっくり目を閉じる。それと同時に黒いモヤは消えてしまった。
イウェインはやっと終わったと力が抜けた。氷魔法影響か右足だけ感覚が薄くなっている。
ボルセルはサンソンに駆け寄り、声をかけつつイウェインの攻撃で負った傷の手当をする(そもそもの原因はフールクのせいだが)
「イウェインさん! 」
ちょうど雑魚を始末し終えた冒険者、ギドゥロ、レイの3人がイウェインの元へ駆け寄る。
「そっちも何とか終わったみてえだな」
「サンソン! 」
ギドゥロは真っ先にサンソンの元へ駆け寄る。うぅ…と痛みに苦しむ声が漏れる。
ポツリ、ポツリと雨が降り出した
「終わったんだ……全て……」
イウェインは乾いた笑いを浮かべた。
やがて雨は激しさを増していく。
一行はサンソンを抱えてグリダニアへ戻った。

黒衣森に雨が降る。
それは悲しみの雨ではなく、命の恵みの雨だった──……。


──数日後。
冒険者は今日も双蛇党統合司令部へ駆け足で納品する。
「今日の納品分です」
「いつもありがとうございます」
あれからやっと、双蛇党は平和な日々を過ごしている。
負傷したシルヴェルもまだ弓を引くことは許されていないが、あの性格ゆえ現場には復帰しているらしい。
冒険者が見舞いに行くと気まづそうにあからさまに視線を逸らす。
「シルヴェル」
「……なんだ」
「いや、体調はどうだ? 」
「ふん、あの程度の怪我など大したことは無い」
「あら? しばらく痛みにうなされていたのは誰かしらね」
「そうだぞ! お前がうなされてるからこっちは心配でなかなか寝れなかったんだからな! 」
シルヴェルは口元に手を当てた。彼の嘘をついている時の癖だ。指摘されて尚無意識でしているのだろう。
「だが、回復しているのは本当だ」
「それなら良かったよ」
聞いた話によると内出血でグロテスクな事になっていたとの話だがあまり深入りすると怒らせることになるので、止めておこう。
一方、フールクに乗り移られていたサンソンは薄ら記憶はあったらしい。双蛇党統合司令部へ顔を出した際に話してくれた。
「自分の体なのに自分じゃない感覚でした……もう2度とあんな目にあいたくありません」
ボルセルから受けた矢の傷とイウェインに食らった一撃は大した怪我にはならなかったそうだ。前線なれしているからだろう。
「致し方ないことだったんだ、許して欲しい」
「いえ、そんな……俺が油断してたせいで。それにイウェインさんにしこたま怒られましたからね……」
サンソンは苦笑する。回復したなら何よりだった。ギドゥロも一時期落ち着かなかったようだが、サンソンが元に戻ると、ギドゥロもいつも通りになったようだ。だがあまりサンソンに負担をかけさせないでやってほしいものだ。
「イウェインにも会ったかい? 」
ボルセルは冒険者に問いかける。
「ええ、先日顔を出したら──……」


「よう、この前はお疲れさんだったな」
「いえ、イウェインさんことお疲れ様でした」
槍術士ギルドへ赴くといつもの如く指導するイウェインの姿があった。何も変わりがなくて安心した。イウェインは語る。
「……あれから考えたんだ。またフールクみたいなやつを出してしまわないよう、指導していかねえとなって」
「……」
冒険者は言葉を無くした。フールクはシェーダーであり、グリダニアで生きるのに苦労してきた。盗みなど悪事を働いてきた過去は消えない。仲間からの裏切りにもあい、1人だけ罪を被せられた。彼の恨みは完全に逆恨みだとは思う。だが、可哀想と思ってしまう気持ちもどこかあったのだ。
「もうあいつはいなくなったんだ。フールクには悪かったけどよ、あれで良かったんだ」
イウェインはどこか悲しそうなに笑っていた。

冒険者が語り終えると、ボルセルはそうか……と呟いた。
「とはいえ、今回の件はキミが手伝ってくれて本当に助かったよ」
ボルセルに礼を言われ謙遜する冒険者。また何かあったら頼らせてもらうねと一言添えてボルセルはまたと、別れを告げた。

全て終わった。
黒衣森の奇妙な噂はもう聞かなくなってしまった。
これで良かったのだ。

冒険者はハープを取り出し、かつて戦歌を求めて旅した中で聞いた鎮魂歌を思い出し弾いてみた。
が、途中でやめてしまった。
鎮魂歌なんて弾いても彼には届かないだろう。
だが、「安らかに」と願わずにはいられなかったのだ。

晴天の元、黒衣森、東部森林に鳥の声が響く。
それは楽しげに、詩人のハープの詩に合わせて。
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