周りは戦火に包まれた荒れ果てた大地。俺は霞む目と激痛が走る腹部に手を当てて、呼ばれた名前を考えていた。息が苦しい。腹にあてていた手があまりにも暖かく、ぬっとりとした感覚に違和感を覚え、見ると真っ赤に染まっていた。
俺は……もう……
『───』
もう一度聞き取れない声で呼ばれた気がした。
誰だ、と問いかけようにも激痛に吐息が漏れるばかり。その声がした方を向くと、逆光で顔は見えないが、誰かが顔を覗き込んでいた。
『ルーチェ』
……ルーチェ、そんな名前……"誰も知らないはずなのに"
「……イト、エイト」
呼びかけられ、俺は目を覚ました。あれは……夢だったか。冷や汗をぐっしょりとかいて気持ちが悪い。
「エイト、すごくうなされてましたけど」
優しい声が隣から聞こえ、そっちを向くと見慣れた愛しい顔があった。
「……大丈夫、だ」
「本当ですか?何か持ってきますね」
止める間もなくすぐに部屋から出ていってしまった。全く人の話を聞かない……。
「ルーチェ……か」
夢の中で血に染っていた手を見てみるが何も無いただの自分の手のひらだけだった。思い返せば幾度も戦いを乗り越えてきたが、夢の中の場所は記憶になかった。だが、一つだけ確信しているのは、俺は戦場の中にいたこと。あと誰か知らない人に名前を本名で呼ばれたこと。
「水、持ってきましたよ」
そそっかしい恋人、ホルテンが水の入ったコップを持ってくる。ありがとなと一言礼を述べ一気に飲み干した。冷たいが頭をスッキリさせてくれる。あの夢は忘れよう。
嫌な夢を見たから、と理由付けでホルテンに抱きついた。洗濯物の匂いとこいつ自身の匂いが安心させてくれる。
「エイト、どうしました……」
「るせぇよ、黙って抱かれてろ」
うっと声が聞こえたが、そっと抱き締め返してくれた。可愛いヤツめ。
俺は、確かにここにいる、生きている。抱きしめた体を離して、翡翠の瞳を見つめる。本当に綺麗な顔をしているな、と感心していると「なんですか……人の顔をまじまじと」と照れ始めた。
「おめぇも物好きだよなって」
「……それは絶対褒めてないですよね」
ムッと不機嫌になり寄った眉間にデコピンをかますと俺はタバコを持ってベランダに向かった。
薄ら明るい早朝の空。黒と紫が混じった夜から濃い黄色の光が目をさす。先程の悪夢を忘れるほど涼しく心地よい風が部屋に舞う。
タバコをくわえ、火をつけ煙を吸い込んだ。明るい空に灰色の煙を吹きかけた。
「生きてる」
何度も死にかけた。死ぬかと思ったこともあったが、こうして光を浴びていることに少しだけ感謝している。
ワンワンと後ろから元気な声が聞こえた。柴犬の子犬、コタロウだ。白い毛に茶色いものを付けたまま嬉しそうに走ってきた。
「ホールーテンー」
「だ、だって、コタが……」
まだ途中のタバコを灰皿に押し当て、部屋に入る。
「だってじゃねえよ!朝の散歩行くぞ」
「はい……」
散歩というワードにも喜んでいるコタは元気よく鳴いて飛び跳ねていた。