義実家に来たのはいいのだが、クレーは早速自室に篭もり、研究に熱を入れている。
放置されたアズサは何かすることがないかと義母に尋ねるが、「せっかく家に来てくれたんだもの、ゆっくりしてちょうだい」と言われ、とりあえず日向ぼっこの真っ最中だった。
ポカポカと暖かな日差しが眠気を誘う。
クレーの父親は研究熱心な人だ。その血を濃く濃く継いだクレーはまた研究熱心であり、2人して食事を抜くくらい研究に没頭するのである。妻であり母親であるアズサにとっての義母は「どうやってご飯を食べさせるか必死だったわ〜」とため息混じりに話してくれたことがあった。
(お義父さんもそんな感じなんだな……)
顔立ちも父親そっくりだった。
「息子が世話になっています」
たった一言だけ交わした会話だった。
義父はクレー以上に研究室から滅多に出てこない。あれ以降、まともに姿を見たことがなかった。
義母は鼻歌を歌いながら洗濯を干している。その様子を静かに見守るアズサであった。
頭も良くて研究熱心で天才で羨ましい、とアズサはクレーに対して思ったことが何度もある。
それに対し、自分は何も出来ない、と強く思っており、自虐的思考になりがちであった。
親から「女の子なんだから幻術を極めなさい」と強く言い聞かされ、やりたくもない幻術を学ばされた。
それはそれで役に立つので結果オーライだったが、アズサの本心は回復や後方支援ではなく、前線に立ちたかった為、格闘術を学びたい気持ちで溢れていた。
故に、クガネから旅に出たあとは格闘術の修行をしたい、そう願い今は叶えることが出来た。
今ではすっかりアズサの方が物理的に強くなってしまった。
否、クレーが非力すぎるのだ。元々体が細いというのに、研究に没頭しすぎて筋肉が無いのだ(残念なことにアズサを姫抱きするとプルプルと震え、抱えあげることは困難である)
強い女に憧れてきたけど、なんか女の子らしさを捨てちゃった気がするんだよねぇ、とアズサはボヤく。
洗濯物を干し終えた義母は家の中に入り、今度は昼食を作り始めた。
さすがに何もしない訳にも行かない、そう思ったアズサは台所へ向かった。
「お義母さん手伝いますよ」
「あら、アズサちゃんいいの? 」
義母は快くアズサの手伝いを受け入れた。慣れた手つきで素早く調理していく。すると義母は口を開いた。
「アズサちゃんがクレーのお嫁さんになってくれて嬉しいわ」
娘が増えたみたいで嬉しいのもあるけれどね。と本当に嬉しそうに呟いた。
だがアズサはその褒め言葉を素直に受け取ることが出来なかった。義母に褒められるも、暗い顔を浮かべるアズサはポツポツと呟く。
「私なんて……何もできません」
アズサは一人娘だった。待望の娘ということで心配性でもある父と母に過保護に育てられた。幻術なら人の役に立てるし、アズサ自身が傷つくことは無い、そう考えての両親の勧めだった。
アズサは不器用だからこそ、彼女なりに努力した。けれど、上手くいかないことが大きく、それが「自分は出来ない」という気持ちに拍車をかけていったのだ。
だが、義母はアズサを慰めるようにこう言った。
「何も出来ない、なんて無いわ。アズサちゃんはあの子の胃袋を掴んだっていう特技があるじゃない」
アズサは義母の言葉にハッとした。
クレーは基本的にご飯を食べないくらい研究に没頭する。だが、ご飯を食べない訳では無い。アズサが「ご飯できたよ」と声をかけるとキリのいい所で止め、いそいそと食べに来る。
「それにあの子言ってたわよ、"アズサさんのご飯は世界一です"ってね」
アズサは思わず大粒の涙を零した。勉強も出来ない、気が強く女の子らしくないと言われ、否定されてきた自分に何が出来るのか不安だったのだ。だが、料理だけは頑張った。
元は自分が食べたいものを食べれるように。それがいつの間にか恋人、後の家族に美味しい物を食べてもらえるという幸福に繋がるのだと。
「食事はね、愛情表現なのよ。相手に食べてもらえる幸せもあるし、胃袋を掴むチャンス。アズサちゃんは素直でいい子。それだけじゃなくて美味しいご飯を作れるなんて最大の武器じゃない」
しゃくりあげて泣いているアズサを優しく抱きしめ、背中を撫でた。
沸騰し、熱湯が溢れ出たのをアズサが指摘すると「あらいけない」と慌てて調理を再開する。
「ご飯できたよ」
その合図で父と息子2人はいそいそと部屋から出てくる。食卓を4人で囲む幸せ。
「いただきます」
口を揃えて食事に手をつける。
「今日はアズサちゃんも作ってくれたのよ」
義母の一言に男2人は「美味しいです」と褒めてくれたのだ。
アズサは心が満たされ、満円の笑みを浮かべた。
──後日
自分たちの家に帰ってきたアズサはご機嫌であり、クレーは「何かいいことでもありましたか」と問いかける。それに対し、アズサは「私は私なりの得意分野を伸ばせばいいんだって」と答える。
「何も出来ないって思ってたけど、そんなことないってお義母さんに教えてもらったんだ」
「……確かにアズサさんは頭は良くないですし、すぐ突っ走るし、感情的に怒りますし」
急なディスりにアズサはクレーを睨みつける。この男はデリカシーがない馬鹿正直なやつだということを忘れていた。
「ですが、私に無いもの、出来ないことをやっていることは尊敬します。それにアズサさんは可愛いです」
と、恥ずかしげもなく真っ直ぐな瞳で見つめられればアズサの顔はみるみる真っ赤になった。
「素直で強くて、前に出て戦うその背中がすごくカッコイイと思います」
「……いつも背中見てるよね」
「ええ、アズサさんのうなじに背中をつい視線がいきますね」
「はぁ……」
アズサはため息をついた。結局こうなのだ。
「以前母にも言いましたが、アズサさんの料理は世界一美味しいです」
「それはありがとう! 」
直接褒めて貰えた事に素直に受け取り、照れ隠しで肩を叩いたが、かなりのダメージを負い、思わず蹲るクレーであった。