「リン、私と久遠の誓いをたててほしいの」
あまりにも突然の出来事に、リンは驚きのあまり固まってしまったが、イオリからのプロポーズの言葉に「もちろん」と二つ返事で了承した。
数日後、イオリとリンはクガネヘ渡航した。
目的はイオリの実家へ挨拶に行くため。
お互いの家へ行くのは実は今日が初めてだった。
イオリは「大丈夫よ、うちの母と姉たちはあなたを歓迎してくれるわよ」と緊張している面持ちのリンを宥める。だが、真面目なリンは初めて会う義母と義姉になる人達に悪い印象を与えたくないと頭の中で挨拶を繰り返し練習していた。
失礼のないように、必死に。
イオリの実家は和風の少し大きな家で、広い庭も付いている。庭の至る所に色とりどりの花が植えられていた。
チャイムを鳴らすと着物を着た女中らしい人が出迎える。
「い、イオリ様……!? 」
「久しぶりね」
イオリは軽く挨拶するが出迎えた女中は驚きのあまり「奥様! 奥様! 」と大声で叫びながら中へ行ってしまった。
「……大丈夫よ、私が久しぶりに帰ってきてビックリしているだけ」
女中の大声にビクッと肩を震わせたリンを落ち着かせる。
「きっとあなたのことを気に入ってくれるわ。だって私が選んだ人だもの」
ずっと口を噤んでしまっているリンはこくこくと頷く。ふぅと息を吐いていた。
しばらくすると奥からパタパタと複数の足音が聞こえる。すると着物姿の女性が複数人こちらに駆け寄ってくる。
「い、伊織さん!? 」
「お母様、ご無沙汰しております」
着物の裾で口元を隠した美しい女性はイオリを見て驚きを隠せない。じわじわと浮かんでくる涙を隠し、裸足のまま玄関に降りるなりイオリに抱きつく
「も〜〜〜〜〜〜〜〜っ!会いたかったわ〜〜〜〜〜!! 」
抱きつかれたイオリはそれこそビックリしているが、「御御足が汚れてしまいますよ」と諭すが、「そんなことより大事な"娘"に会いたかったに決まってるじゃないの〜〜〜〜! 」と気にする様子もなくしがみつくように抱き着いていた。
後ろから着いてきた3人の女性、イオリよりも少し年上だろう。その並んだ3人も母と呼ばれたその人と同じくらい美しかった。
「伊織さん、おかえりなさい」
「おかえりなさい、その方はどなた? 」
居心地の悪そうなリンを1人の姉が優しく問いかける。
イオリは「私の婚約者よ」と説明すると、抱き着いていた母は離れてリンを見るなり「まあ!美しい方! 」と今度はリンの頬に触れる。
リンは人に触れられるのが好きではない。拒絶の反応が思わず出るが、それを振り払う訳にもいかず、ひたすらに耐える。
「お母様、誰彼構わず触れるのは宜しくないですわよ」と、イオリがさりげなくフォローし、リンに触れる手をそっと離した。すると、母も「そうね、ごめんなさい。あまりにも美しい方でしたので」と謝罪すればリンもさすがに許した。
「姉様方もご無沙汰しております」
「元気そうで何よりだわ」
「あちらの踊りは学べましたの? 」
「和食以外のご飯も美味しいのかしら? 」
と質問責めにあうが、母の機転で玄関で立ち話もあれだからと奥の間に通された。
リンは母たちが背を向けた瞬間、そっと触れられた所をハンカチで拭った。

客間に通されたイオリとリン。母だけでなく姉たちも同席する。
「うちの子がいつもお世話になっております」
改めて挨拶を交わし、女中が持ってきたお茶菓子を頂く。リンも一口だけいただいた。
「リンさんはイオリさんが何故娘として扱われているのかご存知ですか? 」
「いえ……あまり詳しくは」
「うちは由緒正しき舞踊家の家系でして、基本的に女性しかうちにはいないんです」
「父は単身で外へ働きに出ておりまして、基本的に家に帰ってくることはありません」
「私たち3姉妹は跡継ぎとしてこうしてこの家にずっといるのですが……伊織さんは、身体上男の子。本来なら父の元へ送られるはずでしたが……」
3人の姉たちは語る。そして視線を母に移す。
「伊織さんも私の大事な子供です。なるべく家に置いておきたく、"女児"として育ててきました」
「私本人としては幼い頃から可愛いもの、美しいものに目がなかったから、女性として扱われることに抵抗はなかったわ。可愛い服を着れるんだもの。これ以上の幸せはないわ」
と誇らしげに語るイオリに憧憬の念を抱いていた。1人の姉は暗い顔をするリンに対し、こう言った。
「リンさん、私たち藤崎家はあなたを義妹、義理の娘として歓迎しているの。あなたにとって、初めて会う人間だからそう思うことは出来ないのかもしれないけれど、息子であり、娘であり、弟であり、妹でもある伊織さんの幸せを願っている。きっと伊織さんは周囲から奇異の目に晒されることでしょうけど、あなたに守っていただきたいの」
その言葉にリンは顔を上げ、「ええ、私が彼女を守ります」と言い切った。
リンの決意に姉は「ありがとう……」と泣きそうな顔で感謝を述べた。
「あまり長居するのもあれだからまた来るわね」
とイオリが席を立つ。すると母は「いつまでもいてもいいのよ」と寂しそうに呟く。だがイオリは首を振り、「彼女のご両親に挨拶に行かないと行けないの」と言うと、皆揃って「リンさんはもううちの家族よ、いつでも帰ってらっしゃい。今度改めて食事でもしましょう」と温かく見送ってくれた。

藤崎家を去り、2人は一息つく。クガネからエオルゼアに戻る途中、浮かない顔をしていた。
「……支度をし直すわ」
イオリは独り言のように呟いた。今のイオリの服装は普段から着ている女性物のワンピースだ。
「……本当に、行くの? 」
リンは心配そうに尋ねる。イオリは苦笑しながら「一度も顔を合わせずにあなたを貰うなんてそれこそ許されないわよ」と答えた。
だがリンはこの後起こることを恐れていた。
その予感は的中──というよりも、想定の範囲内だったが。

イオリの実家から一度帰宅し、イオリはスーツに着替え、髪もまとめ、男のイオリになった。スカートを普段履いているイオリに見慣れていた為、スーツ姿の彼を見るのはとても新鮮だった。
意を決してリンとイオリはリンの実家へ訪問。
出迎えた母に怪訝そうな顔をされ、上がらせてもらったが、父は開口一番「臭い」と言い放った。
着替えはしたが、恐らく普段ついている女物の香水の匂いは取れなかったからだろう。
眉間に皺を寄せる厳格な父と母に、イオリは頭を下げた。
「娘さんとお付き合いさせていただいております。この度は結婚の」
そこまで言うと、父は立ち上がり、イオリに茶を容赦なくかけた。リンはその様子を見るなり、父の前に立ち塞がる。
「お父さん! 」
「退け! 」
リンを突き放してイオリを踏みつける。だが、イオリは決して動じず、ただ頭を下げていた。
「やめて!お父さん! 」
リンは必死に父を止めるが暴れる父を止めることは出来ない。イオリは蹴られ殴られる。それでも頭を下げ続けた。
「出ていけ!もう顔など見たくない! 」
最後は顔を蹴り飛ばされる形で追い出された。
鼻に強く衝撃を受けたため、鼻血を出してしまった。
青ざめたリンは軽い脳震盪を起こしているイオリを引き連れて逃げ出した。
「イオリ、しっかりして!」
「……大丈夫よ」
鼻の根元を抑えながらかろうじて返事をするイオリ。だが頭がグラグラするのか道に座り込んでしまった。
ボタボタと鼻血で服を汚すが「あー……」と洗濯が大変ね、などと冷静になってきたようだ。
「……ビンタくらいは覚悟していたのだけれど、さすがに顔を蹴られるとは思ってなかったわ」
「……ごめんなさい」
爪が食い込むほど手を握り、涙をこぼすリンにイオリは左手で優しく撫でた。
「大丈夫よ、私は世間から見たら異常者なのだから」
「そんなことない!! 」
今まで聞いたことないくらい大声を出され、イオリも驚き、固まった。リンはボロボロと泣きながらイオリに説得する。
「あなたは異常者なんかじゃない! ただ好きな格好をして、自分らしさを貫いてる素敵な人よ! 私は出来なかった。だけれど、あなたが教えてくれた、自由とは、自分らしさとは、何かをって。世の中が認めてくれなくても、私の親が認めなくても、私はあなたの自分らしさが好きで憧れているの! 」
「リン……」
歯を食いしばり、全身で怒りと悲しみをを堪える様にイオリは「あなたと出会えて良かった」と涙を零した。

散々泣き腫らした後、落ち着いた2人は自宅に戻り、氷嚢をイオリの顔に当てつつ、血で汚れてしまった服を洗い流した。
しばらくジッと座っていると、片付け終えたリンがイオリの隣に座る。
「……本当にごめんなさい」
「もう謝らなくていいわよ」
「……いいえ、あなたを守れなかったこと」
イオリの姉に言われた「イオリは奇異の目に晒さやすい、だから守って欲しい」という願いを早速出来なかったことをとても後悔していた。
「何言ってるの、リンは止めようとしてくれていたじゃない」
ふふっと笑って頭を撫でる。リンは人に触れられることが苦手だがイオリに触られると落ち着くのだ。
「……あなたは変でも異常者でもないわ」
「ええ、あなたが言ってくれるだけで私は幸せよ」
珍しくイオリに抱きついた。ふふっと笑いながらそっと抱きしめ返したのだった。

「イオリは白鳥よ」
「……? 突然何かしら」
「いいえ、独り言」
リンはくすくすと笑った。

みにくいアヒルの子を思い出したリンはまさに白鳥の子とイオリは同じだと、思ったのだった。
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