鼻のくすぐったさを覚え、くしゃみを1つ。自分のくしゃみで目が覚めたローゼはふぁ〜とあくびを1つし、起き上がる。周りは花畑。「あれ〜? 」と辺りを見回す。だが、見覚えのない景色だった。一面に広がる青い空と色とりどりの花畑。ローゼはなんでこんな所にいるのだろうと首を傾げる。そもそもあたし何してたっけと思い出そうとすると、大事な親友の存在を思い出した。
「あっ──……」
名を呼ぼうとした。だがその名前が思い出せない。知っている、なのに口から出ない。喉で詰まる感覚を覚えローゼは焦りを覚えた。
「あたしは──……」
あたしはローゼ。大親友で大好きな──……
それ以上出てこなかった。ぼんやりと浮かぶ後ろ姿。あれ?どんな顔してたっけ。ダラダラと汗が出てくるのを感じた。綺麗で可愛い顔をしていて、あたしの名前を可愛い声で呼んでくれるあの子。なんで思い出せないんだろう。
何度も口にしようとした。だけど、何度試してもその言葉、本当にそれだけが出てこなかった。
その時、ふぁさっと頭に何かが乗せられた。
ローゼは思わずビックリして頭に乗せられたものを手に取った。それは花冠だった。一体誰が──。
そう思いながら後ろを振り向くと真っ白な髪の小さな女の子が立っていた。
「おねえさんおきた? 」
どこかたどたどしい話し方。第一に思ったのが、綺麗で可愛い、と思った。おっとりとした感じ、優しくて綺麗な紫の目。どこか守ってあげたいと思うその存在感にローゼは「あなたはだあれ?」と問いかけ、手に持った花冠をせっかくなので乗せ直した。
少女はもう1つ花冠を作っている。手を動かしながら少女は答えた。
「名前はないの」
花冠を作りながらなのもあるが、俯きながら悲しそうに言った。だがローゼは「あたしローゼっていうの」と明るく答えた。そんな風に明るく振る舞うローゼに少女はしばらく沈黙していたが、花冠を作り終え、自分の頭に乗せると「ローゼ……? 」と少し首を傾げながら名を呼んだ。
にっこりと笑みを浮かべて何度も自分の名前を呼ぶ少女にうん、と頷いて見せた。素敵な名前、と感想を述べる少女に照れてみせる。
「あなたの名前、あたしがつけてあげる」
そしてうーん、うーんと頭を捻り、一生懸命考えた。そしてチラリと視線に入った花と少女を見比べ「あ!」としっぽをたてて閃いた。
「ビオラちゃん!」
「ビオラ……? 」
そう!とローゼは紫の花を指して、この紫の花!あなたのお目目と同じ!と言ったのだ。
「ビオラ……ビオラ……」
目の前の少女はローゼから名付けられた名前を何度も呟いた。そして、やはり「素敵な名前」と嬉しそうに呟いたのだった。2人が仲良くなると同時にローゼは気がついたことがある。
「家に帰らなきゃ」
慌てて立ち上がり、辺りを見回すが、やはり花畑だけが広がっている。
「じゃ、じゃあね! 」とローゼは走り出した。だが、進めど進めど花畑から抜け出せない。早く帰らないと、という焦りから疲労が増した。息を切らして走るが、まるで同じところを何度もループするように。しばらく走り、立ち止まる。
どうしよう、と呟いた時「こっち」と鈴のなる声で手を握られる。視線を向けると自分より小さな少女──ビオラがそばに居た。ローゼは「なんで」と聞きたかったがそれよりも先に手を引かれ、そのままビオラについて行く。
ローゼの頭の中はぐるぐるとめぐっていた。
お家に帰りたい、帰らないと、でも分からない。あとあたしに走ってついてきたのかな、などと考えても考えても何も答えは分からない。ただ、頼れるのはビオラのみだ。
「大丈夫」
不安に駆られ、涙をゴシゴシと拭ったローゼに気づいたのかビオラはそう言った。
あたしも大人なんだから、しっかりしないととは思っていたが、不安と恐怖はあるもので。
「大丈夫、帰れるよ」
と言いながらいつの間にか森の中に迷い込んでいた。木々の隙間から陽の光が差し込む明るい森。
ローゼは驚き見回した。
いつの間に来たんだろうと目を丸くしていると、小さな木の家にたどり着く。童話に出てきそうな可愛い家だった。
「とりあえず、私のおうちで休んで」
ビオラはドアを開けて中に招き入れる。
お邪魔しまーすとそろりと中に入るとアンティーク調の家具で占められているオシャレな部屋だった。まさに童話で出てきそうな家の中。
ビオラは「ここ、座ってて」と椅子に招く。ローゼは素直に座った。後ろからお湯を沸かす音が聞こえる。ローゼはその間、食器棚に入っている可愛い食器を見ながら「いいな〜」と眺めていた。
しばらくするとビオラがホットミルクを入れてくれたようだ。
「熱いから気をつけて」
ローゼの対面に座り、ビオラもホットミルクをが入ったカップを置く。
真っ白な陶器のコップに真っ白なホットミルク。
「ビオラちゃんはここでいつも何をしているの? 」
猫舌お子ちゃま口のローゼは冷めるのを待ちながらビオラに問いかける。
「……何もしてないよ? 」
ビオラはふーふーと息で冷ましながらちびちびと飲む。お、大人だぁ……などと変なところで感心する様子のローゼをチラリと見ながら。
「あたしはね、いつも……」
と語ろうとした瞬間、静かにと黙るように言われ思わず口を手で塞いだ。すると、どこからか声が聞こえてきた。しばらく2人は静かに耳を済ませた。
「……迎えが来たみたい」と、どこか安心したような、だけれど寂しそうな声で呟いた。
──お迎え?誰の?
ローゼは疑問に思うと同時に、急に帰りたくなくなったのだ。
ローゼはまだ熱いホットミルクに口を付ける。だが飲めない訳ではない。ごくっと飲めばホットミルクの中に蜂蜜が入っている事に気付いた。
「あ……」
するとふわっと体が浮く感覚に襲われる。視界が歪む。
「ローゼちゃん」
どこかで聞いた声で名を呼ばれ、うつらうつらする中、ビオラに視線を向ける。
「あなたの探した名前、知りたいでしょ」
ぼんやりとした思考の中、そうだ……と眠気に襲われながら立ち上がる。ビオラが手を握りローゼを支える。そして2人は玄関に向かい、ドアを開けた。
眩しい白い光が差し込む。ローゼは思わず目をつぶった。
帰りたくない──そう思ったのは二度とビオラに会えない気がしたからだ。
思わずぎゅっとビオラの手を強く握る。
「──ゼちゃん……」
ローゼは強い光の中に浮かんだ人影を確かに見た。思い出した、私の、私の親友で大好きな……
「またね、ローゼちゃん」
ビオラは微笑んでするりとローゼの手から抜け出した。


「コユキちゃん!! 」


◇◇◇

次に目が覚めると誰かが泣いている声が聞こえた。まだ霞む目を擦り、体を起こすと、そこには腕を組んでこちらを見るロスガル男性が座っていた。
「たー……にゃ……?」
「全く……おぬしは……」
呆れたように深くため息をついた。
泣いている女の子の声、ふとそちらに視線を寄せると、綺麗な白髪の少女が布団を涙で濡らしていた。その手はローゼの手をしっかりとにぎっている。
「よかった……よかったよぉ……! 」
「コユキ……ちゃん」
あぁ、そうだ、私の大好きで大親友のコユキちゃんだ。なんで忘れていたんだろう。
大粒の涙を零してわんわん泣くコユキの頭を撫でる。
「コユキちゃん、ごめんね」
泣きじゃくるコユキは思わずローゼに抱きついた。いつもひんやりしている体がとても温かかった。
「丸3日も寝とったぞ……」
「えっ!? 」
「あ、やっと起きた! 」
奥からひょっこり顔を出すオレンジの髪のヴィエラの男、シュリはローゼの起きた様子に安心したように笑った。
「お腹空いた! 」
「ったくおぬしときたら……」
「もちろん!準備してるよ! 」
泣いていたコユキに「ごめんね」と言えば、コユキは「私が救出間に合わなかったから……」と首を振ったのだった。
そういえば気を失う前、コユキと森の中ででっかい怪物に襲われたが勝てなくて、逃げようとしたところを掴まれて、その後気絶したことをようやく思い出したのだ。
お腹が空いたローゼは立ち上がろうとするが、3日も寝ていた為、体が固まっていた。
「いたーーーい!! 」
大きな声で悲鳴をあげる。それを見かねたターニャがローゼを抱えてシュリの準備した食事の所へ運んだ。
「ターニャ!あたし女の子なんだけど!もうちょっと優しくしてよ! 」
「少しはコユキくらい大人しくしてろ」
「あたしはコユキちゃんとは違う可愛さがあるもんね! 」
ターニャの家はいつも通り、賑やかさが戻った。
そしてローゼは気づかなかった。
ローゼの寝ていた床頭台にスミレの花が飾っていたことを。そして少し残っているホットミルクがあることも。

──またね

その言葉をローゼはすっかり忘れてしまった。
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