ちゅうれんさん(アンシュ)サイドの話(こっち先に見た方が分かりやすい)
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孤児院の部屋の片隅で2人の少年は身を寄せあいほんの少しのパンを食べていた。
「クイラ、もっと食え」
「えっ……でもそれは兄ちゃんの」
「お前は育ち盛りだ。でかくなれ」
そう言って優しく微笑むアンシュの差し出されたパンをさらに半分にちぎってクイラは微笑んだ。
「半分こ、ならいいでしょ」
その言葉にアンシュはキョトンとするが、そうだなと笑って小さな幸せを飲み込んだ。

アンシュとクイラは物心着いた頃には孤児院にいた。だがシェーダーというだけで肩身の狭い思いをし、同じシェーダー同士で固まって過ごすこともあった。
特に仲が良かったのはアンシュとクイラ。2人はまるで兄弟のように共に過ごしていた。
兄ちゃん、とアンシュの後を追いかけるクイラ。
クイラ気をつけろと常に気を配るアンシュ。
何をするも一緒だった2人はよりフォレスターの子供に狙われやすかった。

先日もお使いの帰りを狙われ、クイラを庇いアンシュは右目が見えなくなってしまった。
右目を抑えて倒れたアンシュに青ざめた顔で駆け寄るクイラ。幸いにもケアルを覚えていたクイラは止血することに成功した。
「だ、だれか……」
泣きそうになりながら助けを呼ぶが、誰も助けてくれるわけもない。
ついに気絶してしまったアンシュを支え起こしながら涙をボロボロこぼした。
(ごめんなさい、兄ちゃん、ボクが弱いから……)
誰も助けてくれない、自分しか出来ないと奮い立たせた。
自分よりも大きな身体を持ち上げることは難しいが、背中におぶって引きずることは出来る。
いや、やるしかない。
そう決心したクイラは涙をゴシゴシと拭い、背中に背負うが足は引きずった状態で施設の救護室に向かった。

救護室の先生は優しくはないが、突っぱねることも無くアンシュをベッドに寝かせてくれた。
「どうしたの」
「えっと……」
しどろもどろになりながら先程あった事を説明した。
「とりあえず止血はしたんだね」
「はい……」
そう言って気絶したアンシュの瞼を指で開いて小さな懐中電灯で照らし、目の様子を見る。
しばらく診たあと先生はこう言った。
「……失明、してるかもね」
失明、という言葉に膝から崩れ落ちそうになった。
「目が見えない……? 」
「そう。これはもう治らない」
淡々と答えるとアンシュに包帯を巻いていく。
自分を庇ったせいで右目が見えなくなった。その事実は小さな子供でも大きくのしかかった。
それからアンシュは2日ほど深い眠りについていた。その間も懸命に看病をした。

これはボクの罪です。ボクが悪いんです。どうか神様、兄ちゃんの光を奪わないでください。

その願いは虚しく届かなかった。

2日後、やっと目を覚ましたアンシュに泣きながら抱きついた。ずっと眠ったままだったらどうしようかと思っていたから起き上がったことにまず喜んだ。
だが、本人に失明したことを説明するか否か悩んでいると察されたのか話さざるをえなかった。
全部話し終えるとそうかと、落ち着いて事実を受け入れているようだった。
いや本当は受け入れたくないことだが弟のように可愛がっているクイラの前だからこそ我慢していると思い、「ごめんなさい」と何度も謝った。
だが、アンシュは「お前を守れたんだからどうって事ない」とあっさりと返したのだ。
それが逆に申し訳なくクイラは泣き出した。
ワンワンと泣くクイラを抱きしめ、背中をさする。
(俺の分まで泣いてくれ)
優しい弟を守れたならそれでいいんだ、と。

視界の右半分が見えないということは生活に支障が大きく出た。右側の空間把握が出来ず、腕や足、時には頭の右半分を怪我することは日常茶飯事だった。
「兄ちゃん危ない! 」
そう言ってクイラが壁との間に入ってきて怪我を寸前で免れることも多かった。
「すまない」
「大丈夫、気にしないで」
クイラはアンシュの支えになれることが何よりも幸せだった。

それから数年後。右側の感覚も掴んできたアンシュはクイラの補助なしでも歩けるようになり、何となくだが空間把握も出来るようになった。
それでも変わらずクイラは傍にいた。
慕う兄と、可愛い弟。ずっと変わらずに2人は一緒にいた。
そんな2人に更なる災難がふりかかった。

「この盗人が! 」
アンシュは路地裏に連れ込まれ複数の男に地面に押さえつけられていた。目の前には見覚えのない金貨の入った革袋。
「シェーダーはすぐ盗みを働くからな」
そう言って頭を足で押さえつけられる。フォレスターの男たちはケタケタと楽しそうに笑いながらアンシュを痛めつける。あの頃よりも大きくなったとはいえど体格差には負ける。抵抗しようにも抵抗できないアンシュはされるがまま全身を蹴られ続けていた。
「ぐっ……」
良くて打撲、下手すれば骨折。肋骨が強く傷んだ。だが痛みに悶えるアンシュを見下ろし笑いながら男たちは蹴りをやめなかった。
「なぁ、これ飲ませてみようぜ」
1人の男が懐から小瓶を取り出した。
「なんだそれ? 」
「喉焼く薬だってよ」
「!? 」
「いいじゃねぇか」
アンシュは暴力には耐えられたが、喉を焼かれるまでは経験したくなかった。髪を捕まれ、無理やり顔を上げられる。
「ほら飲めよ」
きゅぽっと音をたてて蓋は開けられた。その瓶の口がだんだんとこちらに近づいてくる。アンシュは口を閉ざして抵抗した。

その時だ。

「なにしてるの」
聞きなれた声にアンシュは青ざめる。
クイラだった。
「んだ?てめえもシェーダーだな。こいつの仲間か? 」
「そう、ボクの兄ちゃん」
淡々と答えるクイラにアンシュは叫んだ。
「クイラ、バカ逃げろ! 」
「うるせえよ」
拳を一発、鼻血が出た。
首謀の男はクイラに標的を変えた。
「お前の兄ちゃん取り返して欲しかったらこれを飲んでみな? 喉を焼く薬だ」
「ばっ……」
叫びたいが舌を切ったのかじんわりと鉄の味が広がる。痛みに悶え、声を出せなかった。逆光で表情は見えないが、しばらく沈黙を貫いたあと、クイラは顔を上げた。
「いいよ」
その返答に周りはざわめく。アンシュは顔をさらに青ざめさせる。
クイラは男から小瓶を受け取った。
「やめろ……」
「兄ちゃん」
「クイラっ! 」
「大好きだよ」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!! 」
クイラはアンシュに微笑み、瓶をかかげ、口を開いてその中の液体を受け入れた。

──カラン

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!! 」
「こいつ本当に飲みやがった!」
「逃げるぞっ! 」
吐血し、地面にのたうち回るクイラを見た男たちは壮絶な悲鳴に怯え逃げ出した。拘束から開放されたアンシュはしばらく呆然とし動けなかった。
動きたい気持ちと現実を受け入れたくない気持ちが混在し、クイラを眺めていることしか出来なかった。
「く、いら……」
地獄の底から聞こえるような叫び声をあげ、痛みから逃げ出したいであろうクイラは身体を至る所に打ち付け、暴れ回っている。
ようやく現実を受け入れたアンシュは痛む身体を動かしてクイラの元へ駆け寄った。
そして抱きしめ「馬鹿野郎……っ! 」
吐血し、涙をこぼしながらクイラはアンシュを見る。その目は「たすけて」と訴えていた。
腕の中で暴れるクイラを抱きしめながらアンシュは深い後悔に苛まれていた。

数時間後──……ようやく落ち着いたクイラと、彼の吐血によりシャツは血だらけになったが気にしないアンシュは涙をこぼした。
叫び疲れたのかはぁはぁと肩で息をきらすクイラはアンシュの手を優しく握った。
「クイラ………」
何か言おうとしているが、聞き取れない。
クイラは優しく微笑んだ。
「ごめん……ごめんな」
数年前とは逆の立場でアンシュは泣きながらクイラを抱きしめ何度も謝った。

数日後、様態も落ち着いたクイラはアンシュの部屋を訪ねる。1枚のメモを持ってきた。

──これを身体に入れて欲しい──

渡されたもう1枚……どころではない。5枚ほど綴られたそのメモに目を通すとアンシュは首を傾げた。
「……ケアル? 」
かろうじて読める文字はそれだけだった。あとは何か呪文のようだった。
クイラはさらに紙に綴った。

──全部魔法だよ──

「……身体に入れる?」
その言葉を理解することは難しく眉間に皺を寄せる。クイラは変わらずニコニコと笑いながら続きの言葉を綴る。

──刺青を入れて欲しい。兄ちゃんにしか頼めない──

その文字を読み取ったアンシュはくちびるを噛み締めた。
(大好きだよ、兄ちゃん)
可愛い弟の声を奪ったのは俺だ。悔しさのあまり震えていると優しく抱きしめられた。
とんとんと優しく背中を叩いてくれる。
まるであの日自分がしたように。
「クイラ……クイラ……」

(嬉しいのも痛いのも、半分こだよ)

そう、聞こえた気がした。

クイラの願いならばと決心したアンシュはクイラの全身に頼まれた呪文を刻んでいく。
痛いだろうに泣き言どころか声もあげなかった。
声を出せない訳ではなかった。発音が困難になっただけで、母音はかろうじて言えるがしわがれた声だった為、聞き取ることは難しかった。
だが長年共にいたおかげで意思疎通は言葉を交わさなくても通じ合えた。

全身刺青だらけになったクイラを見て周りは気味悪がったが、クイラは気にしていないようだった。
たまにアンシュを見てはあの時と変わらない笑顔で見つめてくる。

(兄ちゃん)

その声はずっと記憶の片隅に。
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