世界を揺るがす地獄のような戦争を映していた電伝虫からの映像が途絶えて、一体どのくらい時間が過ぎただろう。最後に画面に映っていたのはこの戦争にまったく関係なかったはずの道化のバギーで、わたしの求める彼の姿じゃなかった。

 マリンフォード。海軍の総本部がある場所。そこは今まさに、海軍と白ひげ海賊団たちの大戦争の舞台となっている。明日からの世界が変わる、時代を大きく変えるその戦いの行方を見守る人の数は知れない。
 どちらが勝っても世界が変わることは必然。明日からの世界という、大きな枠を固唾をのんで待ち構える人々は、海軍と白ひげの双方が、あるだけの力を総て出し切って戦うということしか知らない。“海賊王の血”を絶やし、あわよくば“世界最強の海賊”の首を獲ることで海軍の力と威厳を世界に示し、この大海賊時代を終焉へと導く幕開けになれと望んでいる。

 なぜ白ひげが仲間の死を赦さないか。その意味を真に理解している者がいるほうが珍しいだろう。
 たった一人の仲間を、息子を、兄弟を――家族を救出するための、命懸けの戦い。そこに彼らの総てがあることに、気づく者はそうそういない。“海賊”だから。


 処刑台に現れた彼はボロボロで、諦めたような死んだような瞳をしていた。最後にわたしに見せた、太陽のように眩しくて暖かくて力強い意志を、感じ取れなかった。それが酷く滑稽だと思ったわたしは酷い女だろうか。

 あの戦いの中へ行くこともできない足手まといなわたしは、こんな静かな島で一人彼を待ち続けるわたしは、彼のために何もできないわたしは、それでも彼の無事を祈るしかない。
 祈って祈って祈り続けて、白ひげや彼の弟だという麦わらの子に頼るしかない。そして彼の、意志の強い瞳の炎を信じるしかないのだ。
 歯痒い、途方もなく。憎いとさえ思う。

 ふつうの恋人よりも逢う回数はなかった。堂々と並んで街を歩けるような二人じゃなかった。
 それでも幸せだった。満たされていた。囁く言葉も握る手も重なる唇も繋がる躰も、彼の愛は底知れない程に深く深く寂しさと愛のぬくもりに溢れていた。
 彼のすべてから、彼を感じることができた。

 なのにいまは、もう。
 彼の熱から離れてどれくらいの時が経っただろう。ぬくもりを忘れてしまいそうなほど彼を感じていない。あたたかく逞しい腕の中に包まれたのも、痺れるような低い声を聴いたのも、最後はいつだった?


「……エース…」

 肌身離さず持っている彼のビブルカードを視界の隅に画面を見ても、映像は一向に戻らない。いや、正しくは戻ったけれど映っているのはまたも道化のバギーだった。
 戦いがどうなっているのか、彼が生きているかどうかを知ることができるのは、この一枚の紙切れのみ。


「……ねえ、必ずもどってくるって、言わなかった」

――それがいま、燃えだした。


 じりじりと、まるで彼の命を侵食し奪うかのように。
 止まることなく徐々に徐々に、燃えて小さくなっていく。
 それをどこか客観的に見ているわたしは、やはり酷く冷めた女なのだろうか。


「男は約束を守るもんだって言ってたじゃない、ばかエース」


 これまでだって、約束を守ったことは数えるほどしかないくせに。また破るつもりなの。貴方もじゅうぶんに酷い男だわ。

 もう面積のなくなってきたビブルカードが心底憎い。戦場の電伝虫はまだエースを映さない。
 彼の声を聴くことも姿を見ることもできないのに、こんな紙切れを信じろというのか。受け入れられないに決まっている。
 だって彼は必ずもどると、わたしのところへ帰ってくると言った。またいつもみたいに、笑ったり怒ったりしながら突然この家の薄いドアを開けて帰ってくるに決まってる。
 わたしが喜ぶだろうからとお土産を持って、仲間とケンカしたからと膨れて、笑いながら抱きしめてくれたり、傷をつくりながら甘えてきたり。

 今にも閉ざされたそのドアが、彼によって開かれることが容易に想像できてしまうのに。
 なのにどうして、この紙は燃えつきて何も残さないの。

 客観的に見る? ちがう。そう言って虚勢を張って、今にも発狂しそうな自分を抑え込んでいるにすぎない。
 厭な鼓動ばかり繰り返す心臓も、つっかえて呼吸をしているのか分からない喉も、震える身体も、眼が熱くなっているのも、全部ぜんぶ、わかってる。わかっているけれど、認めたくなどない。


「ナマエ。……愛してる」


 脳裏に響いた声は、彼に抱きしめられている温もりは、決して勘違いなんかじゃない。
 間違いなく、彼の、貴方の熱でしょう? エース。


「うそつき……っ」




おいてけぼりの炎

 ちゃんと笑ってかえってきてね、と言ったわたしに、ああ、とこたえたのは貴方なのよ。


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