綱吉が、死んだ。わたしをおいて。
 嘘。そんなの嘘よ、絶対に嘘だ。どんなにそう思ってもやっぱり現実は変わらなくて、白い花に囲まれた棺桶の中で安らかにねむるのは間違いなく最愛のひとだった。
 死んでる、だなんて微塵も感じさせない表情に、どうしてもただただ眠っているだけの印象しか抱けなかった。――否、生前よりもどこか嬉しそうにさえみえた。

 どうしてそんな顔してられるのよ。わたしをひとりにしないって、ずっとずっと一緒にいるって約束したのに。綱吉の嘘つき。
 それがマフィアの世界に身を置くことで、とても難しく簡単ではないことと理解しながらも交した約束に縋っていたかった。
 もしかしたら……という淡い幻想を夢見てしまうほど。


 そして、わたしを地獄に突き落とした日から数日後、わたしとまだ出会っていない10年前の綱吉が過去からきた。
 写真でしかみたことのなかった中学生の彼は、頼りなさそうで、ちょっぴりドジで、どこにでもいる平凡な、とてもマフィアのボスたるわたしの知っている姿とは似ても似つかない子供だ。
 でも、仲間を思う優しさや、争いが嫌いな性格、全てを包み込んでしまう包容力、意志を灯した揺るぎない瞳は、わたしが知ってる、わたしの好きな綱吉と同じだった。

 わたしのことをなんとも思っていない、それどころかまだ出会ってすらいない子供の綱吉なのに、好きで好きで、いとしくて仕方ない気持ちが溢れてくる。
 けれどやっぱりわたしが心から信頼し、全てを委ねて、同じ時間を過ごし歩いてきた綱吉じゃないと何度も泣いた。

 ねえ、綱吉。あいたい、会いたいよ。綱吉に触れたい、抱きしめられたい、キスしてほしい。そばにいたい。こんなに好きなのに、貴方はもう二度と会えないひと。










「え……いま、なん、て……」


 白蘭との勝負を決める決戦。チョイスにより重傷を負いながらも入江くんの放った一言に、わたしは自分の耳を疑った。


「……綱吉君は、死んでない」
「……う、そ…」


 驚いて言葉も出ない。思考が働かない。こんなことを前にも体験した。あれは、そう、綱吉が死んだと報告を受けたときの――

 ――綱吉は死んでない……?


「仮死状態ではあったが、この時代の綱吉君は生きてるよ」


 10年前の獄寺くんがほっとしたように、だけどどこか泣きそうな表情で噛み締めるように入江くんの言葉を繰り返した。
 あちこちから安堵のため息が聞こえる。
 言葉の意味を理解すると同時に全身の力がぬけて、ペタリとその場に座り込んでしまう。10年前の綱吉が慌てて大丈夫かと駆け寄ってきてくれたが、上手く返すことができない。


「……それに、名前さん」
「……?」


 まだだと続ける入江くんに視線を移せばしっかりと目があって、わたしを安心させるかのように眼鏡の向こうがやわらかく笑った。


「綱吉君は、名前さんをおいて死ぬわけにはいかないと、言っていたよ」
「え……」
「約束、したんだってね」
「やく、そく、」


 綱吉が正式にボンゴレの10代目を継いだ日に誓ってくれた、誓い。絶対に、ひとりにはしないと言ってくれた、あの夜。


「でも結局はこの戦いが終わるまで君をひとりにしてしまうから、オレは馬鹿だねって」
「つなよし……」
「――君を守るのが10年前の自分なのは悔しいけど、一番大切な人を本当に哀しませることは……本当に君をひとり残して死ぬことはできないから、そのためにも任せるしかない――と」
「…………」


 なに、それ。ほんとに、ばか。馬鹿だよ。わたし、いまひとりだよ。綱吉がいないんだもの。
 仕事の合間に悪戯してわたしを困らせる貴方も、二人きりのときに弱さを覗かせてくれる貴方も、不安に押し潰されそうになるわたしをいつだってあたたかく包んで、あいしてくれた貴方は、わたしがあいした貴方は――。
 全然いない。いないんだよ、どこにも。今わたしのとなりにいる幼い綱吉は確かに貴方だけど、貴方じゃない。
 だけど、綱吉のとなりには10年前のわたしでさえいない。本当に今ひとりなのは綱吉、貴方のほうだった。


「つなよし……あいたい…っ」


 崩壊してしまった感情の抑えが利かず、涙が溢れてとまらない。
 すき、好きなの、綱吉。こんなにも貴方をあいしてるのに……入江くんにそんなこと言って、ずるいよ、馬鹿。
 こんなに不安で、弱くて、何も出来ないわたしじゃなかった。もっと、貴方のとなりに並んで立てる自分であるはずだったのに、貴方がいないだけでわたしはこんなにも脆い。


「……名前さん」


 10年前の綱吉がそっと背中に手を添えてくれた。グローブ越しに感じるそれは小さいけれど、確かに守る意志を持った貴方のもの。
 優しさも暖かさも変わらない、綱吉のもの。そう思ったらもう、涙は止まるどころか次々と零れ落ちて自分の服と地面を濡らしていく。


「だ、大丈夫、ですよ。……未来のオレがそう言ったなら、オレも死ぬわけにはいかないから」
「つな、っ」
「えぇっと、なんてゆーか……オレもその、オレの時代の名前さんに会いたい、し」


 照れてるのか少し頬を染めながらそう言ってくれた綱吉が、どうしようもなくいとおしい。


「だから……もう負けられない。絶対に」


 途端に真剣な瞳をした綱吉は平凡な中学生ではなく、わたしの知る、立派なボンゴレボスの顔だった。

 だからわたしも、そんな彼に負けないように力強く頷いた。





loved one..


 ねえ、綱吉。好きだよ、愛してる。本当はいますぐ会いたい、言いたいことも聞きたいこともたくさんある。
 だけどまだ会えないから、それまでは。

(091105)(180317)
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