5年前――人類が生存する為に築き上げた3つの壁のうち、一番外側の壁マリア≠ェ超大型巨人と鎧の巨人によって破壊された。

 その時ナマエはまだ6歳だった。父が仕事で内側の壁へ行った際に買ってきてくれたお土産の女の子のぬいぐるみがお気に入りで、いつも肌身離さず持っていた。
 ウォールマリアの巨人を引き付ける役を担うシガンシナ区に住んでいたナマエと父と母は、もちろんその日もいたのだ。

 あの日は父の仕事がなく、ナマエは家族3人で揃って夕飯の買い物に出掛けていた。
 いつもなら母と2人か、1人でお遣いに出ているのだけれど、子供ながらに家族で外に出掛けるという行為をしたかったのだろう。

 だからあの瞬間を、壁から顔を出す超大型巨人を、ヤツが扉の部分を蹴り破る瞬間を見ていた。幼いナマエは何が起きたのかはさっぱりわからなかっただろう。ただ、ナマエの両親は違った。
 超大型巨人を目にした際はとても言葉が出ず身体も固まったように動かなかったが、ヤツが蹴り壊した扉の破片が3人のすぐ真横に落ちてきてからの対応は素早いものだった。
 逃げ惑う人々の合間をすり抜けて、マリアの中へ逃げ込むと、ローゼへと進む船へ乗り込んだ。なんとか命は助かったのだ。その時点では。

 しかし、ナマエの両親は次の年に行われたマリア奪還作戦の犠牲となった。早期行動を取り、シガンシナの悪夢を生き延びたというのになんとも皮肉だ。
 身寄りのなかったナマエは他の子どもたち同様、開拓地へと送られた。ナマエのように10にも満たない歳の子供でも、とにかく人手が欲しかったからだ。使えるものはなんでも使う、という言葉が当て嵌まるだろう。

 そして5年間、夏の茹だるような暑さの日も、冬の凍え死んでしまうような寒さの日も、ひたすら開拓地で兵団の人間に言われるがまま働いた。
 途中で体調を崩しそのまま亡くなった人間が何人もいたけれど、ナマエは特に大きな病にかかることも怪我を負うこともなく、空腹と栄養失調に悩まされはしたけれど生きていた。
 泣かなかったわけではない。逃げ出そうと考えたことだって数えきれない。
 しかしナマエは、幼いながらに此処でしか今の自分は生きていけないのだとわかっていた。周りの環境や世の中がナマエの自我をはやくも確立し、成長させていったのだ。
 それはナマエに限らず、かつてマリアに住んでいた子供たちに多く見受けられた。


「ナマエ、今さ、調査兵団の団長と、兵士長が来てるんだってよ!」
「調査兵団の?」
「ああ! エルヴィン団長とリヴァイ兵士長だぜ! あの人類最強の!!」


 目を輝かせナマエに声をかけてきたのはこの開拓地で共に凄く同年代の子供たちだった。
 頬にあるそばかすがチャームポイントの彼を背に、いつも彼の後ろに引っ付いているその妹や、よく悪戯をする子、裁縫が得意な子、力持ちの子。数人の子供たちがみんな、気になる、見に行こう、とナマエを誘いに来たのだ。


「うん、行く!」


 ナマエも彼らと同じように瞳を輝かせて大きく頷いた。

 目当ての人物たちはすぐに見つかった。憲兵団の兵士――この開拓地でナマエたちを纏める者と、その後ろを歩く長身でがっしりとした体型の金髪の男と、その男より随分と背が低く小柄な黒髪の男。
 どちらも見慣れない顔で、憲兵団の証である馬の描かれたジャケットではなく、翼のようなものが描かれたジャケットを着ていた。


「あれが……」


 ぽつりと呟いたナマエの言葉は、エルヴィンとリヴァイに夢中になっている子供たちには届かなかったようだ。


「リヴァイ兵士長ってあんなのなのか? なんか思ったよりちっせえな。エルヴィン団長は団長! って感じだけど」


 少子抜けだ、とでも言うように切り出したのはナマエを誘ったそばかすの少年だ。小さい、細い、目付き悪い、などと悪態を付く彼は、いったいどんな人類最強を期待していたのだろう。


「けどすっげえ強いんだろ?」
「きっと巨人なんてバッサバッサ倒していくんだよ!」


 他の子たちが必死に持ち上げているようだが、ナマエにはそちらの会話などどうでもよかった。すっかりリヴァイに意識を集中させていた。


「リヴァイ…兵士長」


 その呟きが聞こえたとでも言うのか。リヴァイの視線がこちらへ向いた。ナマエは予想していなかった事態に目を見開く。他の子供たちは言い合いに夢中で気がついてない。
 隠れていたわけではないけれど、なんだかこそこそと影から観察していたために居心地が悪い。

 ナマエがあちらこちらへと視線を泳がせているうちに、リヴァイはとっくに此方への視線を外していた。
 そしてナマエたちを通りすぎ、もう背中しか見えなくなってしまった。


「あ……行っちゃった〜」
「オレらもそろそろ戻んねーと、怒られるぜ」


 もう興味は薄れてきたのか、今日の自分たちの仕事を思い出して慌て始める。次々に自分の持ち場へ戻っていく子供たちの中、ナマエはそこから動かずじっとリヴァイを見つめていた。


「……リヴァイ兵士長!」


 そうして、やはり聞こえるはずのない声量で、力だけを込めてリヴァイを呼ぶ。
 するとどうだろう。またしても聞こえた、と振り返ったリヴァイは、人類最強と謳われる人物とは思えないほどの悪い人相で、舌打ちした。

 子供なら思わず泣いてしまうだろう、その表情に。しかしナマエは胸を高鳴らせ、そして心に決めた。訓練兵になると。必ず兵士になり、調査兵団に入ると。




呼び声のかけら*130829
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