直接顔を合わせる機会よりも、画面や紙面越しに見つける回数のほうが圧倒的に多い。
 太陽のきらめく時間帯に手を繋いで人混みに紛れることも、のどかな場所でゆっくり過ごすこともできない。
 本当に信頼のおける人にしか言えない関係は、途方もなく気を使って神経がすり減ることもある。
 それでも、そんな相手でもいっしょにいたいと望んだのはわたしで、その選択を後悔することは決してありえないのだけれど、たまにちょっぴりナイーブになることはある。
 人の感情って複雑で面倒くさい。
 でもその分、周りの人たちに支えられていま、この関係が成り立っていることも重々理解していて、そんな人たちがわたしと彼の周りにはたくさんいることがとても恵まれたことだとも痛感する。

 特にあの、いつもサングラスの向こう側が見えないシャイニング社長が、認めるとはいかないものの、この関係に許しをくれたのは何よりも大きい。
 恋愛禁止を掲げる仕事で、そのトップが味方についてくれることがどれほど大きな意味を持つか。

 今日という日が彼にとって、そして彼を応援している人にとって、会社にとって、どれだけ大切な日か。
 仕事が終わっても、彼の仲間との時間だってある。
 文字通り太陽のような彼の笑顔は、わたし一人が独り占めしていいものじゃないのだ。

 ――それでも。


「名前!」


 待ち合わせ場所は彼の仕事が終わり次第、わたしの家で。
 だけど今から向かうとの連絡を受けたのは、日付が変わる40分前。
 時間がギリギリになりそうで不安に思ったわたしは迎えに行こうと提案したけれど、夜遅い時間に一人で出歩くことを彼は許さなかった。
 絶対に間に合わせる、というメッセージを最後に、携帯片手にマンションのエントランス前で彼を待っていた。

 携帯の画面の数字が増えていくのに比例して、わたしの不安も大きくなる。
 56分。
 意味はものすごくあるけれど、そこまで拘らなくてもいいんじゃないかと思える。
 でも今日じゃないとだめだと、意味がないとわがままな気持ちや意地も確かにあって、彼の大切な日なのに彼に負担ばかりかけてしまっていると考えると、自分がどうしようもない人に思えて泣きそうになった。
 泣くな、泣くな。言い聞かせて唇を噛み締めたところで静寂の夜に響いた声。
 顔を上げた先に、走ってくる夜でも目立つ赤い髪。
 あっという間にその距離はゼロになり、体当たりする勢いで彼に抱きしめられた。

 仕事場から急いで駆けつけてくれたのだろう。肌寒い夜であるはずなのに、彼の体温は熱っていて、外で待っていたわたしの冷えた身体を温め、その額には薄っすらと汗が流れている。


「ハアっ、あーもうなんで外で待ってるんだよ!」
「おとや……?」
「マンション前でも危ないだろ! 何かあったらどうするんだよ!」
「ご、ごめん……」

 抱きしめられているから聞こえる、彼の心臓の音。バクバクと強く速い鼓動は、どれだけ彼が急いでいたかをわたしに伝えた。

「何もなくてよかった……」

 ぎゅうっと骨が軋んでしまうほど力強く引き寄せられて、わたしは何をしているんだろうと自分の行動に恥ずかしくなった。
 こんなに心配してくれる人に、大切な人なのに。

「ってああ! 時間! 何時!?」
「え、と……57分」
「ギリギリ!」

 まるで百面相。忙しない彼に目が丸くなる。
 けれど時間を確認してその目的を思い出した。

「名前のファインプレーのおかげで間に合ったよ。約束守れてよかった。ありがとう」
「音也……」

 ああ、なんてやさしい人なんだろう。
 謝らないといけないのに、悪いのはわたしなのに、まっすぐに見つめてくる瞳は少しもそんなことないよ、と伝えてくる。
 こんなにいい人、世界中探したっていやしない。わたしにはもったいない人。それでもいっしょにいたい人。

 先程引っ込んだはずの涙が頬を伝う。
 包み込むように頬に添えられた彼の大きな手。
 涙で濡れた視界でも、彼が笑っているのがわかる。

「急いで来てくれてありがとう。わたしに、今日をお祝いさせてくれてありがとう」
「……うん」
「生まれてきてくれてありがとう。わたしと出会ってくれてありがとう。誕生日、おめでとう音也。だいすきよ」

 彼の大きな手にさらに自分の手を重ねて、用意していたはずの言葉ではなく今の精一杯の気持ちを伝える。

「……うん。俺、今日一日たくさんの人からたくさんのおめでとうって言葉を貰えて、本当に嬉しかったんだ」
「そっか。みんな音也こと、大好きだから」
「でも……名前からのおめでとうを一番望んでた。それが聞きたくて何がなんでもって……汗だくでカッコ悪いけどさ」
「そんなことないよ。走ってきてくれてうれしい」

 もう時間は気にならなかった。
 ただただこの人の言葉を聞き逃すまいと、思いを受け止めたいと、その一心で向き合う。

「俺も名前が大好きだよ。誕生日を祝ってくれてありがとう。俺と出会ってくれて、俺といっしょにいてくれてありがとう。今日が最高に幸せだよ!」

 太陽なんて上っていないのに、あたたかくてやさしい彼の言葉や笑顔は、そこに太陽があるかのように感じさせる。
 たまらなくなって、背伸びをしてどうにか届く彼の唇にキスをすると、面食らった顔をしてくれた。
 今日、彼がもらう最後のプレゼントがわたしからのキスだったら、なんてちょっとロマンチックすぎるかな。

 きょとんとした後、お返しだと贈られた彼からのキスは、わたしこそ今日が最高に幸せな日だと感じさせてくれるものだった。



きみのためだけの愛の音

20180411
Happy Birthday!
ALICE+