「わあああ! どいてどいてェー!」


 昨日どころか四日続けて雨だったせいで、船内には山積みになった洗濯物が溜まっていた。

 偉大なる航路――グランドライン。その海の気候は常識の通用しない随分と気分屋なもので、丸数日雨が続くなど滅多にあるものではない。しかし雨の天気が続いたのは事実で、この溜まりに溜まった異臭を放つ洗濯物も間違いなく現実だ。
 山の天気はなんとやら、と陸地ではよく言うが、現在晴れている海の気分がころっと変わらぬうちにさっさと洗って干さねばならない。

 というわけで洗濯係の船員たちは、船内と甲板を往復しながら全ての洗濯物を運んでいるのだ。
 そしてその大柄だったり長身だったり、如何にも海の男と呼べる身なりをした海賊たちの中に一人、まだ少女と呼べるような女がいた。


「ははっ、手伝ってやろうかァナマエー?」
「結構よ!」

 船内を駆ける度に仲間から声がかけられるが、その少女――ナマエは足を止めることもせずあしらうように返事をする。もっとも一見親切なように聞こえるそれだが、大半はからかいがてらに声をかけているのだ。何故なら洗濯は彼女の仕事の一つで、大きな荷物を抱えながら船内を走り回る姿は健気でかわいらしい。
 まあナマエが手伝ってくれ、と言えば断る者はこの船にいないだろう。彼女はこの船の船員たちの大事な大事なかわいい妹分なのだから。


「うう〜やっぱり洗濯物は各自で甲板まで運ぶべきだわ!」

 じゃなきゃ洗濯物を溜めておく部屋と甲板を行き来するのはめんどうくさいし、何より大変だ。

 そう愚痴をこぼすが、実際この往復作業は海賊としてひ弱なナマエの体力を上げることに役立っている。本人もそれを理解しているため、文句は言うが本気で拒んではいない。けれど洗濯物が溜まるのは勘弁だ。臭いがキツくて仕方ない。こればっかりは、男だらけの船のためどうしようもないのかもしれない。

「はい、これもよろしくね」
「おう、ナマエもはやく運んでこっち手伝えよ」
「どれだけわたしに働かせる気よあんたたち……」
「毎日服は着替えろっつったのはナマエだから、しょーがねェな」
「ああ、確かに」

 ナマエがこの船に乗りしばらくすると、船の規則として常に清潔感を保つことが加わった。
 船長お付きのナースたちを除けば男だらけの海賊船。真水や人数の問題もあるため、毎日この海賊団の全員が風呂に入ることは不可能だけれど、それを考慮しても決して綺麗とは言い難い状態だった。

 もちろん男の集団なのだからこんなもんだ、と言ってしまえばそれまでだが、しかし年頃の少女はその不潔を許さなかった。毎日シャワーが無理でも、タオルで身体を拭くことや着替えはできるだろう。掃除だってもっと綺麗にできるだろう。放っておくと1週間どころか数週間も掃除をせず風呂にも入らない無頓着な男たちには我慢ならない、汚い、臭い!! と。
 普段この船を取り仕切る1番隊隊長ではなく、船長に直談判しに行ったナマエの目は鬼気迫るものであったと、のちにナースたちは語った。そのナースたちもナマエの言葉に全力で頷いていたらしいが。

 船長命令とあれば仕方ない、最初は嫌々それに従っていた船員たち。ところがどうしたことだろう。
 船を掃除する度、一生懸命に家族の家を綺麗にしようと動き回る少女を見る度、ふつふつと船員たちの胸に沸き上がる何かがあった。
 そうして一人、また一人と真面目に掃除に取り組む者が増え、彼女の笑顔が増え、船員たちの心も今まで以上に晴れやかなものへとなっていったのだ。

 とまあそれはさておき、再び洗濯物の山へと引き返すナマエ。はやり船員からはまだ終わらねェのか? などと声がかかる。


「あれだけの量がそう簡単に終わるわけないでしょー!」
「ハハハッ、そりゃそうだ」

 部屋と甲板を行ったり来たり、加えて船員との小さな会話の積み重ね。
 ナマエも疲れるだろうに、けれど船員からの言葉を無視することはなかった。


「あぶっ」
「っと、悪ィ」

 急ぎ足のまま角を右に曲がったところで、ナマエは硬い何かにぶつかって潰れたような声を出した。ついでに鼻も潰れてしまっていないか心配になりながら、なんだと眉を寄せる。
 頭上から謝罪の言葉が降ってきたことから、硬い何かは人だろう。それも、とてもよく聞き慣れた声の持ち主の。

「エース……どれだけ胸板厚いの……」
「そォか?」

 ナマエはぶつかった鼻を撫でながらその相手、エースを睨みつける。
 一方エースはぶつかってきたのはお前だろ、ちゃんと気を付けて歩け、ともっともな反発を言うことはせず、呑気に返す。これがエースの魅力の一つだ。

(だからモテるのよ、この脳天気バカ)

「ん? なんだ?」
「いーえなんでも!」

 少し見つめ過ぎていたらしい。不思議に思ったエースが黒の瞳を向けて問いかけてきたが、ナマエはその視線から逃げた。
 そしてわたしは忙しいんだからどいたどいた、とエースの横を通り抜けようとした。しかしその際、エースが声を上げる。


「分かった。俺に見惚れてたんだろ」

 思わずぎくりと上がる肩。なんと分かりやすいのだろうか。これで海賊がやっていけるのか些か不安である。
 けれどそれを視界に入れたエースの口元もつられて上がる。ナマエはこれだから、この船に必要なのだ。

「へェ」
「な、なによエース」
「いや、かわいいもんだと思ってな」
「かっ、かわ……!?」

 じりじりといつの間にか廊下の壁に詰め寄られていたナマエはエースの言った「かわいい」に反応して、ボンッと効果音が付きそうなほど顔を赤くした。
 その反応がさらに“かわいい”と目の前の男を刺激していることに気づいていない。

「あ……え、いや、なななにを」
「……お前ェほんと、かわいい」

 あたふたして何を言ってるかナマエ本人も分からない姿を見て、囁くように呟いたエース。
 そして今だ何かを言う彼女の口を流れるように自然な動きで塞いだ。まるでアイスにかぶりつくように、唇を食べた一瞬のこと。


「……き、」
「き?」
「きゃああああああ!!」


 予想はしていた耳をつんざく勢いの高い奇声を上げて逃げて行くナマエの背中を、エースは笑いながら見ていた。




点滅のラブライト

111229/160301
ALICE+