深夜まで仕事に追われる日々がようやく落ち着いて、仕事の日でも鍾離さんと会えるようになった。嬉しくて思わず定時で退勤し、お風呂を済ませてから鍾離さんのお家にお邪魔してご飯を作って、少しだけお酒も飲んでいい気分になりながら他愛もない話をする。鍾離さんはとても博識だから、気になることがあれば色々と教えてくれた。その知識量にはいつも驚かされるばかりで、あれは?これは?とつい聞いてしまうのだけれど、鍾離さんが私の知識の乏しさを咎めることは一度もなく、ただ少しだけ笑いながら応えてくれるのがとても心地良い。
お付き合いを始める前から鍾離さんの噂は色々と聞いていた。往生堂の客卿にしてその知識量は璃月随一、加えて容姿端麗。唯一の欠点といえば、財布を忘れること。不思議なひとだなぁと思っていたけれど、会ってみたら話しやすくて優しくて良い人だった。鍾離さんのお話はとても面白くて興味深い。璃月の歴史や考古学に興味があった私は、仕事で時間が取れないことが多くあまり書物を読む時間がない。そのせいで興味はあるが知らないことが多く、会っては鍾離さんに色々と聞くことが多かった。
知り合ってから数ヶ月。残業終わりに万民堂にかけ込みご飯を食べていたら、少し酔ったらしい鍾離さんが斜め向かいのお店の席にいることに気がついた。またお財布を忘れたらしいが、その記憶力の良さから講談の内容を覚え、完璧に再現するという荒技で切り抜けていたのを遠目から見守っていたら、こちらに気付かれた。軽く手を振ってきた鍾離さんが少しぽやんとした顔をしていたのが可愛らしかったのは今でも覚えている。思えばあれが初めて鍾離さんにときめいた場面だ。

「どうした?」
「あ…ごめんなさい、ぼーっとしてた」
「酒が回ったのか?水を持って来よう」

大丈夫と答える前にソファから立ち上がってしまった鍾離さんの行動力には頭が上がらない。お酒を飲んだのは実は暫くぶりでほんのり酔いが回っていたのもあるけれど、つい思い出に浸ってしまった。決して気持ち悪くなるようなものではなくて、逆に心地よい程度のそれは普段言えないことが言えそうな、少し危険なものかもしれない。そう思ったが迷惑をかけるわけにはいかないので、鍾離さんが持ってきてくれたお水を有り難く飲み込む。冷たい水は喉と食道を通り、胃に収まると少し落ち着けた。
仕事が忙しく中々会えない日が続いて、ようやく会えるようになったからつい甘えたくなってしまう。お酒のせいか少しだけいつもより無茶をしても大丈夫な気がして、隣に座る鍾離さんの袖を少し引いた。お猪口からお酒を飲んでいた鍾離さんの喉が上下するのを見て、なんだか変な気分になりそう。なんて思いながら、顔を向けてくれた鍾離さんをじっと見つめた。

「ちゅうしても、いいですか」
「…、ははっ、いいぞ」
「なんで笑ったの?」
「いや、可愛らしくてな」

お猪口を置いた鍾離さんが少し顔を近づけてくれる。すべすべの頬に手を添えてゆっくりと顔を近付けるけれど一向に目を閉じてくれないから出来ない…うう、早く目閉じてよ…。伝わらないもどかしさに呻きそうになりながら、「目、閉じて」と口にすればまた薄く笑ってから目を閉じてくれた。
どきどきしながらそっと唇を重ねると、薄いのに柔らかくてふにふにと重ねるだけのキスを何度かしてしまう。好き、と口から出た言葉に自分でもびっくりしながら離れていたら、突然がっちりと腰を抱かれて後頭部を抑えられた。お返しとばかりに鍾離さんからもキスをされて、嬉しいやら恥ずかしいやらで気持ちが追いついてこない。顔が真っ赤になってることはなんとなくわかるのに、抵抗しようとも思えなくてされるがまま受け入れた。
ちゅ、ちゅう。唇を軽く吸われたりリップ音を立てられて恥ずかしくなる。目を閉じて与えられる感覚が終わるのを待っていたら、ぬるりと舌が這わされて肩が揺れた。鍾離さんが今までこういった触れ方をしてくることはなかったから驚いてしまう。いつも優しくキスをして、頭を撫でてくれるだけだった。成人してるし経験も少ないけれどあるのにな、とどこか少し残念に思っていたからどきりとしたものの、少し嬉しく感じる。
薄く唇を開いて、這っていた舌が入り込めるようにすると遠慮無く入り込んだ舌に深く口付けられた。 溺れそうなほどの深いそれにはふはふと下手くそな呼吸をしていたら、不意に耳に触れられてぴくりと体が小さく跳ねた。バレてませんように、そう思ったのに、唇が離れてすぐに耳に口を寄せられて、低く掠れた声と熱い吐息が吹き込まれる。

「はぁ…抱きたい」
「っ、…あの、鍾離さん、」
「ん」

待ってくれるらしいけれど、その気にさせるように耳にキスをされたり頸を擽る鍾離さんの手は止まってくれない。ああでも、鍾離さんがそう思っていてくれたことを実感してきゅんとした。口にしてくれるのも、私が良いというまで待ってくれようとしてるのも、全部全部嬉しい。
手を伸ばして鍾離さんの袖口を掴んだ。耳元まで顔を寄せて了承の返事を返す。ゆっくりと離れて、見えた鍾離さんの顔は少し嬉しそうで。優しくして、と伝えると鍾離さんは返事の代わりにキスをしてくれた。


20210914