アイスブルーの瞳も、いつもよく回る口すら閉ざされている。動かずただ静かに呼吸をするだけのタルタリヤを久しぶりに見た。
任務で怪我をすることもあれば命を落とすこともあるような組織にいることは十分理解していたのに、いざ目の前で彼が大怪我を負って動揺してしまった。私が怪我をせず、彼が庇う形でその身に刃を受けた。手負の敵は平時よりも危険であることはわかっていたはずなのに、油断していたのかもしれない。「大丈夫」と微笑んだ彼から溢れた血に頭が冷えた。敵はすでに一掃してすぐに止血を施したのに中々止まらなくて、だめかもしれないと思いながらも懸命に応急処置をしていたら彼が「焼いてくれ、君ならできるだろ?」そう言った。火傷の跡はそう簡単に治るものではないが、今ここで死ぬよりはマシと判断してのことだろう。躊躇いはある。どう考えても激痛で、肉の出血を止められたとしても内臓までは私が治すことは出来ない。でもきっと彼はそんなことはわかった上で口にしている。「ごめんなさい」を口にして、彼の傷口を焼いた。
冷や汗を流しながらもなんとか立ち上がる彼に肩を貸しながら拠点に戻ることが出来てからすぐ、彼は気を失った。ベッドまで運びながら治癒術師と医者を頼んで寝ている間に治療を施してもらうことは出来た。幸いなことに、というか、刃が到達する前に体内に水を生成させて内臓が傷つくことは防いでいたらしい。出血もすぐに焼いたお陰で致命傷には至らなかった。一命を取り留めたものの、丸一日しても目を覚さないタルタリヤは寝たままで、こんなに静かなことがあまりなかったせいで不安になる。ベッドサイドの椅子に座りながら、起こさないように静かに彼の寝顔を見つめた。寝顔はまだ少し幼くて、出会った頃を思い出す。背も私より小さくて今より聞き分けの悪い子供だと思っていたのに、いつの間にか背も体格も変わって、声も低くなって、口も回るようになっていた。人の心を引っ掻き回すのも上手になって、昔は誰かを守るより自分が戦うことが優先だったのに、
「なんで庇ったの…」
鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。このまま目を醒さなかったら、と最悪な事態を考えてしまった。私のせいでタルタリヤが、アヤックスが死ぬかもしれない。まだ何も返せていないのに、こんな別れ方をするのは嫌だ。もっとたくさん気持ちを伝えていればよかった、たくさん好きだと言って、手を繋いで、優しくしてあげたかった。言葉も時間も、何もかも足りていない。私にはこの人しかいないのに。
溢れた涙が頬を伝う前にぐしゃぐしゃと拭うことしかできない。己の無力さを痛感させられる。私がもっと強ければこんなことにはなっていない。彼が傷つく必要などなかった。過去は変えられないから嘆いたとしても仕方がないのはわかってる。神に祈ったところでどうしようもないことも。それでも祈らずにはいられなかった。
まだ動く気配のない彼の手にそっと自分の手を重ねると、あたたかくて。動かないだけでなんら以前と変わりはない。その事実が余計に涙を誘う。漏れそうになる嗚咽を押し殺し唇をかみしめていれば、ぴくりと指が動いた気がして思わず顔を上げた。小指が動いて、それから、瞼が開いてゆっくりとアイスブルーを見せてくれる。
「…あれ、」
「いきてる…?」
「どうして泣いてるの?どこか痛い?誰かに嫌なことされた?、いっ!たぁ…」
優しい声も、心配そうな顔も、全部全部彼のものに違いない。溢れた涙を拭うことも忘れて寝たままの彼の胸に頭を預けた。傷口が痛んで声をあげたのに、彼はすぐに私の後頭部をゆるく撫でながら「どうしたの?」と心配そうに声をかけてくる。どうしたもこうしたも、全部あなたのせいなんだけれど。
「私を置いて、死んじゃうのかと、おもいました」
「これくらいで死なないよ。君に泣かれるほうがよっぽど堪える」
このひとが生きているというだけで嬉しい。さっきまであった喪失感や虚無感が薄れていく。頭を撫でてくれる手は大きくて優しくて、私が大好きなものだ。
泣かないで、と聴こえても涙は止まりそうもなかった。


20220926