18時24分着、と表示された吹き出しに、了解とだけ返した画面はそれっきり静止している。時刻は18時10分。万が一道路が混んでいたら、と余裕を持って家を出た分きっちり前倒して駅前に着いてしまった。
 わたしはエンジンをかけたまま停車した車中から、行き交うひとびとを眺める。みなすっかり分厚い布に覆われていて、荒北くんもマフラーにぐるぐる巻かれて改札から出てくるだろうか、と想像する。鼻先や耳の赤色まで思い浮かべて、暖房の温度を一度上げた。
 到着予定時刻の五分前になったところで、駐車場にいます、と送るとすぐ既読がついた。ミラーで前髪を整えて、リップを塗って、それから、などと落ち着かずにいると、わらわらとひとの群れ。じっと待ち構えているのも恥ずかしい気がして、わたしは素知らぬ顔をする。
「あ、」
 おもったとおり顔の半分がマフラーに埋まっている荒北くんを見つけた。すぐに目が合って、照れくさいのを手を振ってごまかす。荒北くんは無反応のままだったけど、隠れた口元が緩んでいたらいいなと思った。

「あったけェ」
 冷気とともに助手席に乗り込んだ荒北くんは、くい、とマフラーを顎まで下げて開口一番そう言った。やっぱり鼻や耳が赤く染まっている。
「ブランケットは?」
「いらねー」
 彼は分厚いダウンジャケットのうえからシートベルトを締めて、ようやく肩を縮めるのをやめた。
「お腹減ってる?」
「食えるっちゃ食える」
「うーん」
「おまえは?」
「食えるっちゃ食える」
「一回帰っかァ」
「おおー」
 発車しまーす、と告げて、それから、4ヶ月ぶりだなあとしみじみ数えた。
 わたしたちはマメに連絡を取り合うほうではなくて、伝えなくてはならない出来事がそうそうあるわけでもなくて、だから、こうして数日のお休みが重なったとき荒北くんが会いに来てくれることが、ふととても不思議に思えた。
 連絡を取らない間もただただ過ぎた日々は、きっと今日こうしていなくても変わらずやってきたはずなのに。
「あんなとこにコンビニあったか?」
「出来た、けど、前に荒北くんが来た時にもあったような……なかったような……」
「意識してねーとわかんねぇよなァ」
「そうだねえ」
「期間限定の美味いアイスがあんだヨ」
「え!」
 通り過ぎたコンビニがサイドミラーの中で小さくなっていく。よほど未練がましい顔をしていたのか荒北くんに笑われて、「こたつでアイス食いてェ」の一言でトドメを刺された。
「あとで来ようね、寒くても」
 真剣に言うとさらに笑われて、ようやくいつものわたしたちになれた気がした。

「お邪魔しまァす」
「どうぞ」と彼を部屋に招いて、それから、帰る、って言ったな。と、わたしは今になって気がついた。
 荒北くんはきっと意識していない。それでもわたしはいちいち、揚げ足を取るみたいに嬉しくなってしまう。
 まあ、ただいま、とはさすがに言わないか。
 暖房を点けて、コートを脱ぐ。「なんか飲みますか」と尋ねると、「いらねー」とまたもや空振りに終わる。
「わたしは紅茶飲む」
「ドーゾ」
 ケトルのスイッチを入れて、ふう、と寛ぎモードに入ろうとしたが、荒北くんはまだ突っ立っていた。
「マフラー外したら? 上着も……」
「取って」
「え」
 ん、と頭を垂れる荒北くんに、わたしはたじろいだ。無言のまま、マフラーの端を握る。かかとを上げて、自分よりいくらか上にある後頭部へ腕を回す。いちばん近くなった瞬間、荒北くんの手がわたしの背を押した。ぼふっと彼のダウンジャケットに顔を突っ込んで、冷えたファスナーが頬にぶつかった。
「……」
「……あの」
「何」
「チャックが痛い……」
「わり」
 短い謝罪のあと、すこし腕が緩むのがわかった。完全には手離されなかったことに、惜しまれている気になって、浮ついた心臓がきゅうと痛む。
 わたしは一歩空いた距離から荒北くんを見上げると、掴んだままのマフラーを引っ張って唇をあわせた。ぜんぶじゃなくていい。好きだってただそれだけ、伝わったらいいと祈りながら。