ドクター・ロマンの指先の冷たさを覚えている。
 それに触れたのは、私のささくれが深くめくれたときだった。たいしたことじゃないですよと言ったのに、彼は至極真剣に絆創膏を巻いてくれた。白衣からそれを取り出し恭しく私の手を取るその動作を、魔法使いのようだとぼんやり眺めていた。よし、完璧だ。君の手は綺麗でいいなあ。白魚のようって言うのかな、うん、まさにそれだ。なんの他意もなく言われて、私はなんと返せば良いのかわからずに、はあ、とおおよそ感情のこもらない声で言った。アリガトウゴザイマス、と付け加える。沈黙。確かに男女の差は明らかで、ドクターの手に比べれば自分の手はずいぶん華奢に見えた。言うほど綺麗だろうかと首は傾げたけれど。さて仕事の続きを、とモニターに向き直そうとしたが、彼の冷たい手は未だ私の手を芸術品のように持ち上げている。
 ドクターは冷え性なのだろうか。たびたび彼が暖まるように両手で包み込んでいるマグカップの中身はもしかしたらいつも冷え切っているのかもしれない。淹れたてなんて、飲む暇もなく。
 ずっと私の手を握っていたことに気がつくと、ドクター・ロマンはぎゃっと万歳をするようにして慌てて白魚を手放した。変なひと、とちょっぴり愉快になって、「ドクターの手も」と私は僅かばかりの勇気をもってして口を開く。
「素敵ですよ。こんなに綺麗に巻かれた絆創膏、初めて見ました」
 ぱち、と見開かれた目がふにゃりと緩んだ。ただ、それだけの。
 たまたま居合わせただけの偶然が、それでも特別をもたらしたことに違いなかった。もうどれくらい前のことだったかも、思い出せないけれど。