「初めまして、青井ひとみです。よろしくお願いします!」
朝のホームルームの最中に転校生ならではのお決まりの台詞が童実野高校のとある教室に響いた。
その転校生_ひとみを歓迎するかのように教室中が喝采に包まれる。しかし、皆が皆盛大に拍手をしている訳ではなかった。
めんどくさそうにしている人もいれば、まったくしていない人もいた。まったくしてない人の目立ちようと来たら、皆が拍手している中違う動作をしているのだから一目瞭然である。
しかも、なにやら高校の教室にはふさわしくないノートパソコンを机の上に置いて作業をしている。画面を見るために俯かれた顔はとても整っているのに、それが更に冷たさを増しているように思えひとみはすこし眉を下げた。
「青井は県外から来たんだそうだ。まだ童実野町についても知らないらしい。この学校のことはもちろん、童実野町についても教えてやってくれ。」
そんなひとみの様子を察知したのか担任がポンとひとみの背中を押す。押されたことにすこし恥かしそうに頭を下げた。
「…ホントに何も知らないので、お願いします。」
すると近くに女生徒等が「おしえるわよ」「だいじょうぶだよ」と声を掛けた。このクラスはとても温かいみんな良い子なのだとひとみは思う。一人を除いて。
「おう、この城之内克也様がなんでも教えてやるから心配すんなよー!!」
一際大きな声がうしろのほうから聞こえた。黒板前から距離が離れている窓際であるのに、目の前で叫ばれたように感じるほどであった。
「うっせーぞ、城之内!」
「そーよ、だまってなさいよ!犬!」
「ひとみちゃん、城之内は学校一の環境汚染物質だから気を付けてねっ。」
「なんだとコノー!」
金髪の少年_城之内は予想外の襲撃を女子たちから受けていた。そんな様子もほほえましいとひとみはくすりと笑う。
その笑顔が城之内に向けられていると、気付いた張本人はぼっと顔を赤くさせはにかんだ。
金髪で不良かと思わせる風貌ではあるが、とてもやさしい気さくな少年らしい。へへっと、鼻の下を掻いている姿も心の温かさを現しているようであった。
そんな城之内の近くに「やつ」がいる。正確には城之内の隣には空席があり、その空席の隣だ。
相変わらずぶっきらぼうにパソコンとにらめっこをしていた。いや、城之内が大声をあげた時に一瞬だけ唇が引き攣った。おそらく舌打ちをしたものだと思われる。こわい人だなあ。
「まあ、とりあえず席に着いてくれ。城之内の隣が空いてるしな。」
「はい。」
そう担任が言うの城之内は大きく手を振る。
「ここだぜー!」
手を振られ、釣られて手を振り返すとまたもや城之内の顔がぼぼっと真っ赤になり、振る手を加速させた。
机と机の間を通りぬけ、席に着こうと椅子を引いた時にはたと気づく。隣の人物に。
「あ、」
思わず出てしまった声に驚き、時が止まったかと思った。しかし確かに発してしまった声はきちんと彼にも届いていたようで、その整った顔がパソコンではなくしっかりと自分の顔を見ていた。やだ、目が合った。
「なんだ。」
ひとこと、重低音の格好の良い声がひとみの鼓膜を揺らす。しかし、脳がその言葉を理解するのは眼球をぎょろぎょろと泳がせてからであった。
「あ、いや、あの、…その、」
ひとみが返答出来ないでいると一瞬怪訝そうな顔をして、顔をパソコンに戻した。何もお咎めはなかったようだが、それはそれで哀しくなる。
そんなやり取りの最中もホームルームは進んでいたらしく、ひとみが着席した時には担任は「青井と仲良くな」と言い残して扉に手を掛けているところであった。
教室に担任がいなくなれば、教室は生徒だけの聖域である。あれよあれよ、という間にひとみの周りに大きな輪が描かれた。
「ねえねえ、前の学校はどんなところだったの?」
とてもスタイルのいい可愛い子が前で首を傾げていた。ひとみが口を開く前にその子はまた口を開く。
「あ、ごめんごめん。私、真崎杏子。よろしくね、ひとみちゃん!」
「こちらこそ、わたしのことはひとみでいいよ。」
差し出された手をそっと握り返して頬笑み合った。
「俺は城之内克也な!」
「うん、さっきはありがとう。」
隣の城之内も身を乗り出しひとみへと手を差し伸べた。もちろん、その大きな手もそっと握る。
「城之内くん、」
「あン?」
「…?」
城之内の背後から気が弱ような声が聞こえた。しかしその声の方を見るとその声や控えめな表情とは裏腹なとても奇抜な髪形の少年が、ちらりと顔を覗かせている。
すると城之内から「コイツは武藤遊戯な!すんげーゲームが強いんだぜ!」という紹介が入った。
「キミはゲームをするのかい?」
にっこりと_遊戯はひとみに訊ねた。
「うん、カードゲームなんか特にかな。M&Wとか前の学校で流行ってたから。」
「なんだ!ひとみちゃんもデュエルをするんだね!」
「お、じゃあ今度俺ともデュエルしようぜ!」
遊戯はとても嬉しそうに手を合わせる。隣にいる城之内も拳をつくりそれを天高く突き出している。そして決闘王国の話に入ろうとするところを杏子に止められた。
「でもわたしファンデッキっていうか、好きなモンスターとかでしか組んでなくてさ。」
「自分で心を込めたデッキに弱いも強いもないと思うよ。どうしても勝ち負けは着いてしまうけれど、重要なのはデッキを信じる力だよ!」
先ほどの弱きな声と表情とはまったく違う、芯のある声と表情でひとみを見ていた。そんな遊戯に押され「そ、そうだよね」とすこし曖昧に答える。
しかし曖昧に答えたのは遊戯の気迫に押されたからではない。隣の「やつ」の横目な視線を感じたからだ。
"デュエル"という単語にその彼がすこし反応したと思うのは気のせいではないだろう。なぜなら彼の扱うパソコンのトップ画面が「青眼の白龍」であったのをひとみは見逃さなかったからだ。
ひとみもまたちらりと横目で見ると、すでに何かしらのファイルを開いているようで、トップ画面のブルーアイズは拝むことは出来なかった。
「ちなみにどんなデッキを使ってるんだい?」
遊戯の声にひとみは、ハッとし遊戯に視線を合わせた。城之内や杏子も気になっているようで「おしえて」と手を合わせている。
「あ、わたしのデッキは、」
ひとみは自分のデッキケースを取り出そうと鞄に手を掛けた。ノートや教科書で混雑している鞄の中で小さなデッキケースを手探りで探す。
「あ! あったあった……、わッ?!!」
指先に当たった確かな感触に、ぐいらとノートや教科書はお構いなしに引っこ抜いた。しかし、それが仇となる。
勢いよく、鞄の中はおろかデッキまでばらまいたのだ。慌ててひとみはしゃがみこむ。
「ちょっと、大丈夫!?」
杏子もひとみと同時にしゃがみこんで、ノートやら教科書やらを一緒に拾った。
「この消しゴムもひとみちゃんのかな?」
「おいおい、筆箱もぶっ飛んじまってるぜ。」
遊戯と城之内も一緒になって拾ってくれている。空っぽの鞄を机の脇にかけ、机の上には次々にひとみの鞄の中身が積まれていった。
「うわ〜、みんなごめんねえ。」
苦笑しながらひとみは、自分のカードたちの救出に向かう。気まづくも「やつ」の座っている椅子のところにまで、カードたちは飛んで行ったらしく、覚悟を決めるほかない。
そろりと気付かれないように、そのままパソコンに集中しているように願いながら「少しぐらい気にかけてくれてもいいじゃん」と矛盾の気持ちを抱つつ、彼の椅子の下に手を伸ばす。
「え、?」
すると、一枚二枚、拾い上げる綺麗な手がひとみの前で上下した。一瞬は杏子か、とも思ったが杏子は机でノートや教科書を整頓してくれている。
遊戯や城之内かとも思ったが、自分の背後で散らばった筆箱の中身を捜索してくれていた。すると、この手は、
確信できる答えがひとつひとみの頭に浮かぶ。しかしそれを受け入れたくない自分が、一向に頭を上げようとはしない。
「おい、」
「!」
すると、そんなひとみの心を読んだのか「やつ」はひとみに呼びかけた。
座っているも高いところに顔があるため、しゃがみながら手を伸ばしているひとみを見下ろし、影のかかった綺麗な形相でひとみを見ている。
「貴様、『フォーチュンレディ』を使うのか。」
「へ、」
ひとみにとって予想外の声が頭に降ってきた。「貴様」と言われたことも予想外であったし、自分のデッキのテーマに興味を示した言葉も予想外であった。
彼が手にしていたカードは米版の『フォーチュンレディ・ダルキー』と『運命湾曲』のカードである。それがわかったのは、なんと彼がひとみにその二枚を手渡したからだ。
「あ、ありが、とう…。」
座っている彼としゃがんでいる自分は、他者からみたら何か恵んでもらっているように見えるように感じて、曖昧に礼を言うとその他のカードたちをかき集めた。
「日本では珍しいカードだ。」
デッキの厚さになるまで集めている間は、無言だったのに突然また上から言葉が降ってくる。
たしかに『フォーチュンレディ』を使っている日本国内のデュエリストはまず見たことがない。おそらく、自分に話かけてくれているのだろうと顔を上げたが、彼はひとみのことなど気にもせずパソコンと対峙していた。
自分から話かけたくせに、とすこし心の中でむっとするが笑顔で「お父さんが仕事でアメリカに行った時に買ってきてくれたんだ」と彼に言った。
「だから、米版のデザインとテキストだったのか。」
ふむ、と彼は納得したように呟き、キーボードをリズミカルに叩く。
これで会話が終了してしまうような気がひとみに漂う。それでは寂しいと、何デッキを使ってるのか尋ねようと口を開いた時であった。
「よし、ひとみあらかた拾ったぜー!」
「たぶんこれで全部じゃないかな。」
遊戯と城之内が、必死に拾ってくれたペンやらプリントやらを机に積み上げていた。
「あ、ありがとう、ごめんね!」
立ちあがって振り向きつつ礼を言うものの、正直もうすこしこの「優等生くん」とデュエルモンスターズの話しをしたかったな、と苦笑した。優等生くん、というのはパソコンを使っていることと彼の鞄から覗く分厚い洋書の数々でそう仮に名づけたのであった。あわばよくはきちんとした名前をしりたいものだ。
「あのっ、」
最後に、とひとみは小さい勇気を出して優等生くんに声をかけた。ちらりと目線がひとみに向けられる。
「拾ってくれてありがとう。助かった!」
にっこりときれいに笑ってひとみは言った。それに小さく「ああ」とぶっきらぼうに返しまた彼は、キーボードを叩き始めた。
ま、今日は初日だし。ゆっくり仲良くなっていけばいっか!
最初は印象が悪かった優等生くんであったが意外と話せる相手なのかもしれないと、ひとみはもう一度心の中でにんまりと笑い、自慢のデッキを遊戯たちにも見せようと席に着いた。
しかし、ひとり険しい顔しているやつがいる。城之内だ。
「けっ、何をしてもらったかはしらねェが、海馬のヤローなんかに礼なんざ言う必要ないぜ。」
今にも教室に唾を吐きそうに唇を尖がらせている。傍らで遊戯が「まあまあ」と宥めていた。杏子も「アンタ柄悪すぎ!」と叱咤する。
「私見てたよ。海馬くんがひとみのカード拾ってあげてたのよ。」
ひとみには聞こえていたが、杏子は「海馬」のことを考えて出来るだけ小さい声で城之内と遊戯に耳打ちしていた。
遊戯は、へえーと珍しいこともあるなと思ってたが、城之内は違う。
「あの海馬がカードを拾ってやったァ!!?」
「!!」
びくりとひとみは肩を揺らす。その他の生徒たちもこっちを一斉に見ていた。城之内の声はこの教室、いや学校全体と揺らすほど大きなものだったことだろう。しかし、それぐらいの衝撃を彼の胸に与えたことに変わりないのである。
もちろん城之内の出した声は「海馬」にも聞こえていたようで、鬼のような顔で城之内を冷たく睨んでいた。その目に城之内が気付かないはずはない。
「ンだよ、海馬ァ。ケンカなら買うぜ?」
ちょいちょいと手招きをブルース・リーのような構えでしつつ、顎を尖がらせた。
「やめなよ!城之内くん、ケンカは良くないよ。」
「そうよ、落ち着きなさいよっ!」
遊戯と杏子がそれに止めに入る。城之内と優等生くん_海馬という人物はどうやらとても仲が悪いようだ。
海馬にカードを拾ってもらったひとみも関わっているように思え、仲裁に入った。
「あのね、かい ばくんは悪くないんだよ?」
「イヤッ!絶対、裏があると俺はみたねッ!」
「…いや、さすがにそれは…。初対面で…、」
ひとみは呆れながら苦笑した。その気持ちは遊戯も杏子も同じである。
「ふん。吼えることは一人前だな、凡骨。」
冷静沈着に場を持っていた海馬であったが、沸点へと到達したのか冷たい重低音の声を響かせた。
「ンだとー!!とっとと帰りやがれ!オシゴトがあるんだろーからよォ!」
海馬と対照的に城之内は怒り心頭である。リミッター解除された機械のようにギシギシと歯ぎしりをし、真っ赤にさせた顔からは湯気が溢れ出ていた。
「貴様に言われずとも今日は一限だけで帰るつもりだ。」
その言葉はすこしひとみにとって、残念なものであった。せっかく仲良くなれると思ったのに。しかし、一限で帰る、という意味はなんなのだろうか。どこも具合悪そうには見えないし、城之内の言った「お仕事」という単語も気になる。謎の優等生である。
「まあまあ、城之内落ち着きなって。ね? ごめんね海馬くん、邪魔して。」
「全くだ。その狂犬に首輪でも付けておくんだな。」
杏子にとっては慣れた光景ではあるが、ひとみにも苦笑しながら謝った。
「ごめんねえ。うちのクラス騒がしくて。」
「コラー!杏子ー!」
遊戯に抑えつけられながら、城之内はじたばたと手足をうごめかせていた。
「あはは、すごい転校初日になっちゃったな……。」
ひとみは独り言を呟いた。しかしその独り言は、独り言ではなくなってしまう。
「まあ、そのうちなれるよ。僕の時も城之内くん元気だったもの。」
ふふ、と物腰の柔らかい声がひとみの背後から聞こえた。白い綿のような髪をもつ美少年がそこには、居た。
今までこの美少年に気付かなかったのは、このクラスの独特な色のせいなのだろう。
「あ、僕は獏良了っていうんだ。よろしくね〜。あとこれさっきのボールペン。」
「ありがと。あ、こ、こちらこそ、よろしくっ。」
ぺこりとお辞儀をして手を手を握り合う。ちょっぴり体温は引くめであると思えた。
「そろそろ一限目が始まるから座ったほうがいいよ。数学の蝶野先生に目を付けられたら大変だから。」
「そっ、そんなに厳しい先生もいるんだね…。」
さっと血の気が引いた。
杏子も教室の時計をちらりと見て「そろそろ時間だから座ろうよ」と遊戯と城之内に促す。
遊戯は素直にわかった、と頷くのにまだ冷めていないのか城之内はじたばたしている。そんな城之内にばか、と心の中で言うと杏子は着席をした。
「くそー!気にくわねェ〜!!」
「城之内くん、座ろうよッ!!」
遊戯が注意をした瞬間である。
「城之内くん遊戯くん、何をしているかしらン?」
二人の背には冷たく襲いかかる大寒波が吹き荒れていた。
「……蝶野先生って、こわいね。」
「ね?」
白髪の美少年_獏良はひとみに笑顔で相槌を返した。
◎海馬があまり出てきてない。本田は出てきてない。