白紙
僕はまた転校した。
まだ「どうして」という感情が頭から消えない。何が原因で、皆の意識がなくなったのかもわからない。
友情を深めるためのゲームで友人を失くしたのはとても耐えがたい仕打ちだと、僕は思う。
今日、僕はまた新たに住むことになったマンションの荷物整理のために、ここへ来ていた。
どういうところかなんて大した問題じゃなかった。だけど、外見はとても綺麗で、レンガ造りの壁が印象的だ。
心なしか初めて入るはずの部屋でさえ、温かく落ち着きのある雰囲気を醸し出している気がする。
「ああ、管理人さんに挨拶しないと。」
ふ、と口から漏れた。
本当は誰にも会いたくないし、関わりたくないのだけど、何故かそう思わせられた。まあ、これが一般人の常識的な発想なのだろうけど。
僕がここに住むのにあたって、親と相談になったときにここの管理人さんも真剣に僕のことを考えてくれたことを覚えている。
たしか僕と同じ歳の子どもさんがいるんだったかな。学校も一緒かな。
出来ればその子とは仲良くしたい、本当の友達になりたい。でも女の子だったらどうしよう。苦手なんだよなあ。
荷物の整理がひと段落して、挨拶に伺う番になったのだけれど、いざ行こうとなると足が重い。
目線をテーブルの上に送ると、父さんがしっかり挨拶しておきなさい、と置いて行った包みがある。
ただ持って行って「これからよろしくお願いします」の一言を添えるだけいい。
そう結論付けた僕は、ついに管理人さんの部屋へ行くことを決意した。と、行ってもすぐ隣なのだけど。
僕はゆっくりと玄関の扉を開いた。
最上階なだけあって目の前に広がってくる景色が素晴らしい。
ひんやりと冷たい風を一浴びして、足を右へと向けたその刹那。このお洒落なマンションには不似合いな扉の音が鳴り響いた。
勢いよく開けられたそれは轟音と言っても過言ではないぐらいに今この場の空気を震撼させた。
思わず、目がかっ開いた。そして恐る恐る右を向く。怖いもの見たさとはまさにこのことではないだろうか。
そして、次に響いたのは女の子の声。それも特大の。
「なんで今日ごみの日なの!!」
そんなことを言われても、僕は正直そう思った。もちろん、その言葉は僕に向けて発せられた言葉ではないのは認識済みだ。
よく耳を澄ませるとまだ小言を言っているみたいだ。扉を開けたままで。
なにやら親にいきなりのゴミ出しを食らったらしい。しかも量が多すぎるだのなんだので喧嘩をしているようだ。
次に、開けられた扉の前に、ぼんぼんと効果音が付きそうなぐらいに大きなゴミ袋を二つ乱暴に投げ出された。
これは確かに多いかもしれない、と女の子に同情する。でもこんな大きいゴミを投げ出せるぐらいなのだから大丈夫ではないだろうか、などと思った。女の子には失礼かな。
なんて考えていたら、今までの騒音の犯人と思われる女の子がひょっこりと頭を出した。
さらっとした綺麗な黒髪。僕の髪は白いから黒い髪の毛に憧れていた時期もあり、その黒髪が余計に綺麗に見えた。
そんな子が今までの騒音の原因だったのか、なんて思ったら少し笑えてきた。
「ふ…」
思わず口から漏れた笑い声に自分で恥ずかしくなって、体が熱くなるのを感じていた時だった。
「あ、」
次は頭ではなく顔がひょっこりとこちらを見ていた。どうやら僕の存在に気付いてしまったらしい。
「あ、あのね、えっと、その、」
もじもじと声を曇らせて必死に何か言葉を探しているようだった。さっきの叫び声はなんだったのだ、と僕は心の中で思う。
僕の体の熱はもう冷めてしまった。逆に彼女が暑そうにみえる。
「今日、ごみの日で、」
うん、知ってる。さっき君から聞いた第一声がそれだったもの。
僕は冷静に彼女を見ていた。目の前であたふたして表情が変わるのが目に見えて解るのがとても面白い。
観察、と言ってしまっては聞こえが悪いけど、僕は思わず彼女を観察してしまっていた。すると次は女性の声でどなり声が響いた。
「●●!何やってるの! さっさとゴミ出して来なさい!」
お母さん、かな。びくり、と彼女…●●、ちゃんが肩を上下させた。●●ちゃん、て言うんだ。
「今、行くってば!」
お母さんに負けないぐらいに大声を張り上げて返事をした。声が大きい家系だなあ。
「うぁっ!」
「あ、」
●●ちゃんが勢いよく二つのゴミに躓いた。
差し伸べるべき手には管理人さんに渡すはずの包みを持っていたので見事にその出来事を見送ってしまった。
「大丈夫?」
「…うん、ありがとう。」
声だけで申し訳ないが気遣う言葉をかけた。それに彼女は素直に礼を述べる。
ほんの些細の当たり前の出来事が僕には懐かしく思えた。
「まったく、ドジなんだから。」
「ちょ、お母さん! 出て来ないでよ!」
また喧嘩が始まった。
僕はポジション的にどうすればいいのか。割って入るのもなんだかなあ。
じっ、と二人を見ていると、●●ちゃんのお母さんと目が合った。あ、この人。
「あら、獏良くんじゃない。もう荷物届いたの?」
「あ、はい。それで、今日は挨拶に。」
とっさに出た言葉と伸ばされた腕。何も違和感はない。
そういえば隣だったんだ管理人さんの部屋。だとすればここじゃないか。
面白いことがありすぎてすっかり頭が彼女の行動だけでいっぱいだった。面白い子なんだなあ、●●ちゃんて。
「わざわざありがとうね。こんな娘だけど仲良くしてやってちょうだいね。」
「いえ、こちらこそ。」
頭を下げると●●ちゃんもそのような素振りで僕にお辞儀をした。
女の子は苦手なんだけど、なんだか変わった面白い子だな。苦手といった違和感がまったくない。むしろ興味が湧いてきそうだ。
「ほら、獏良くんに恥ずかしい姿まで見られて! ゴミ出してきなさい!」
「だから今行くって言ってるでしょ! ばか。」
すこし余韻に浸っていたのに見事に二人にかき消される。うん、ここでは退屈しなさそうだ。
●●ちゃんのお母さんが「ばか」という言葉に反応して、●●ちゃんをぽかり、と叩いた。
それにむすっとした顔をしてもう一度「ばか」とつぶやき、舌を出す●●ちゃんがまた面白い。
「こんなに持てるかっての!」
独り言なのだろうけど、その場に居てしまった僕はどうしてか、手伝わないと、という気持ちになった。
何故だろう。
今までは誰とも接したくないし、関わりたくもなかったのに。
第一、先ほどの挨拶で今日の僕の予定は完了しているのだから、とっとと部屋に戻ってしまえばこんなことは思わなくて良かったのにな、と今更思う。
「●●ちゃん。」
「?」
大きいゴミを二つ手にしながら僕の言葉に首を傾ける。
「ゴミ出すの、手伝うよ。」
にっこりと、まるで妹と接するかのようにやさしく言ってあげた。なんだか懐かしい。
なんと切り返してくるのか内心楽しみだった僕だが●●ちゃんは相変わらず首をかしげたままで頭にクエッションマークを浮かべている。僕の頭にもクエッションマークが浮かんできそうだ。
「どうして、私の名前知ってるの?」
本当に面白い子だなあ!
今更じゃないか!
◎お題箱からいただいた設定で書いてみました。「表の獏良、引っ越してきた隣人、あっさりな感じ」 あっさりということだったので本当にあっさり。好きなキャラのいる世界のモブになりたい、というお気持ちすごく良くわかります。ありがとうございました!