耳を劈く鳥の風切羽は毟り取った
「今日も、物欲しそうな顔だね。」
「冷やかしなら帰りな。オヒメサマ。」
王宮の地下牢に牢獄されている囚人たちの下卑た咆哮が響いている中、少女の声色が凛と届く。この冷たく重い砂漠のさらにその奥を行く、地獄にはふさわしくない。
「おいおい、お姫様よォ。はやく牢に入ってこいよォ。」
「もてなすぜェ?」
「やさしくやさしく、なァ? ギャハハハ!」
この少女の登場に囚人たちが喚き出した。しかし少女はそれには一切 耳を貸さず横たわる"盗賊王"バクラに声を響かせる。
「もう
くすくすと笑いながら言う少女にバクラの眉が静かに上がる。
「"こいびと"だァ!? ふざけんじゃねェよ。何言ってやがるんだ、おめェは。」
「なにも? 本当のことでしょう?」
「ハッ、神官野郎のからかいに飽きたらいつも俺様のところに来やがる。」
「そんなことないよ。」
あはは、と乾いた少女の笑い声にバクラは不快になった。ジロリと少女を睨む。
「おめェみたいなのを"ロクデナシ"って言うんだよ。しっかり働きな。」
「それがお姫様の特権よ?」
にこりと、麻布のくたびれた服の襟を正しながら言った。その拍子に鎖のように垂れ下がる耳飾りがジャラリと鳴る。
「ここはオヒメサマが来るようなところじゃないんだぜ?」
バクラがいやらしく笑う。しかし少女も負けじと口角をあげた。
「私はもうオヒメサマじゃァないの。●●よ。」
少女は「ちゃんと名前で呼んで。」とその後に続けた。
「名前ぐらい知ってるさァ。」
「じゃァ、呼んでよ。"盗賊王"バクラさん?」
娼婦のように唇をむきだし、舌を見せながら少女は一歩バクラに近づいた。たまに見せる少女ではなく女の気配にバクラはぞくりと身震いする。
コツコツ、と底の厚いサンダルの音がこだまする。鉄格子をするりと撫でると、右手だけ無防備のバクラの前に突き出された。砂漠に棲む獣に何をしようというのか。誰も猛獣に素手で餌をやるなんて思ってもいないだろう。
「……何がしてェんだ?」
「なにも。」
バクラが起き上がり、じゃらりと鎖が啼いた。
鎖の長さが赦すだけバクラは鎖を引きずりながら少女の手の見詰める。比較的、縛りの少ない手は少女の手に触れようと思えば触れてしまいそうな距離にある。さて、どうしてしまおうか。
「ちょっとォ、もうすこしで届くのに。」
「はァ?」
届く気配のないバクラに少女は、ぶんぶんと自分の右腕を伸ばす。一向にその目的が果たされそうにないのに少女は諦めていないらしい。次は脚を鉄格子の隙間から入れだした。
「はいれない、」
「オイオイ、オヒメサマ。女ならちゃんと上品にするもんだぜェ?」
「盗賊相手に上品もクソもあるの?」
きわどい腰巻の麻布の間から少女の太ももが見え出す。バクラは柄にもなく悟られぬように目を逸らした。
「とっととこんなところ脱獄してやる。」
ぽつりと、熱くなった頬を隠すように下を向きながら吐き捨てるように言った。
「してみればァ?」
少女は相変わらず、にやにやとバクラを煽る。その時は腕もぶらぶらと一緒にバクラを挑発していた。
「そん時はおめェを殺して行こうか? それとも、」
「?」
バクラが言葉を切り、ぐいと少女の腕を掴み己に引き寄せる。
さすがに少女もこれは予想外だったようで、ある意味バクラに抱きすくめられているこの状況に顔を熱くさせた。
「連れ去って行こうか?」
「……誘拐犯。」
自分から挑発しておいてなんということか。これではどちらが優勢か判らない。
バクラは特有の笑い声でこの空気を一斉する。
「ヒャハハハハ! おめェみてェな煩い鳥はいらねェよ。それに俺様は誘拐犯じゃァねェ。」
まだ「ヒャハハハ」と笑っているバクラに少女は、腕の中で抗議の声を上げる。
「だったら離してよッ!」
「そうさ、俺様は"盗賊王"だァ! この世界の支配者だァ!! 欲しいもんは全て手に入れる!!」
言っていることとやっていることが違うのは、少女にも判っていた。しかし、どうにもこの腕から逃げようとは思えない。
「一緒に行こうぜ、●●。」
これでもかというぐらい、顔を寄せてくる。一瞬顔が熱くなったが、唾液と汗とその他のいろいろな悪臭が鼻孔から入って少女の顔を曇らせた。
「どうした? この俺様が誘ってやってるんだぜェ? もっと悦びなァ。」
「……ちがう。」
「あァ?」
曇らせた理由が違う。行きたくないのではなく、不快な臭いに顔を歪ませたのだ。
それはどういう意味なのか。今は亡き国の姫君であった●●はもう知るすべを持ってはいない。
◎お題箱からいただいた設定で書いてみました。思った以上に私の中でヒロインの設定凝ってしまったけど長くなりそうでそんな出しませんでした。楽しかった。ありがとうございました〜!