空白の第一希望(下)


ぽつりと、頬杖をついてる●●が言った。
「名前。」
まだ先ほどの会話が続いていたことに万丈目はぎょっとして目を丸くする。歯切れが悪く「えっと」と万丈目が何か言いかけた瞬間、突然二人の耳を劈く様な音が響いた。窓の外、講義室の中までもがピカッと真っ白に光った。その光に驚いて、●●は窓の方へ視線を持ち上げた瞬間、不意に天井の蛍光灯がぷつんと音を立てたかと思うと、突然講義室の中にしんと暗闇が落ちる。●●は突然の事態に「きゃっ」と悲鳴を上げて隣の万丈目に思わず手を伸ばしたが、どうやら万丈目の方も●●の手を取ろうとしていたらしく、万丈目の硬いてのひらが探るように●●の手に触れるのがわかった。
「大丈夫か?」
「ご、ごめん…びっくりしちゃって。」
「危ないから動くなよ。」
万丈目は●●の手のひらを探り当てて、五本の指でしっかり握った。万丈目の行動に驚きが隠せず●●は停電になった時よりも心臓が跳ねた。そして、●●と手を繋いだまま万丈目は身を乗り出して窓の外を見つめる。どうやら停電したのはこの棟だけらしい。どこかの部屋のカーテンの向こう側には白い蛍光灯の光が透けて見えた。万丈目は「なるほどな」と呟くと、●●に振り返ってそのままそっと●●の顔を見ると心の帯を緩めたようにほっと息を吐いた。
妙に男らしくて優しくて、少し悔しい気もするが、万丈目の温かいてのひらが●●の心を落ち着かせてくれたのは確かだ。●●は暗闇の中に浮かぶ万丈目の精悍な輪郭に思わず見惚れていたが、やがて少し照れくさくなって、そっと視線を落とした。頬が赤くなっていることには気付かれずに済みそうだ。暗闇の中で万丈目と繋がれた手が銅線のようにぱちぱちと火花を散らして熱くなる。雨がざあざあとガラス窓に打ちつける音が酷くよく聞こえる。
ほんの数分。宇宙のような闇に浸された講義室を万丈目と二人で堪能した。そしてジジと鈍い音が天井から聞こえ、白い蛍光灯が点滅しながらついた。明かりがつき、やっと空気が動き出した部屋の中で万丈目と●●は手を繋いでいたことに気付く。決まりが悪そうに顔を赤らめる万丈目が慌てながら荒々しく●●の手を振りほどいた。そんな万丈目に●●は小さな怒りがこみ上げたが、自分の顔にも恥じらいがほんのりと浮かんでいることに気付かれまいと背を向けた。不可解な●●の行動に万丈目は首を傾げた。そして、うんうんと誰かと会話をしているような相槌をした後に「そういうことか貴様」と嬉々として自慢気に、声高らかに言った。続けて、昂った声で「この俺様と手を繋げたことがそんなに嬉しいのか!」と言った直後にがらりと講義室の扉が開かれた。
「誰か居ますかニャ〜?」
そこには、独特な語尾を伸ばしながら錬金術を担当している大徳寺が懐中電灯を片手に立っていた。既に明かりがついている部屋であるが大徳寺の持つ懐中電灯は煌々と光を放っている。停電に対してかなり警戒をしているらしい。
「さっきの停電大丈夫でしたかニャ? おや、」
大徳寺の目に、万丈目と彼に背を向けている●●の二人が映った。赤面している二人は、まるで愛の告白をして返事を探している男女のように見え、大徳寺は停電の恐怖も忘れ、ニヤニヤと口角を上げた。その大徳寺の顔を見て万丈目は嫌な予感と悪寒が走り「貴様!」と怒りに任せて大徳寺に飛びついた。「何を勘違いしている!」「何も思ってないニャ!」「うそをつけ!」「助けてファラオ!」講義室全体の埃を舞い上げながら駆け回る二人を見て、●●はため息を吐きつつ小さく笑った。そして万丈目の手もとにあった進路調査表をふと見て、先ほどの復讐をしてやろうとぱっと稲妻のように閃いた。
大徳寺を見事追い出し「二度と来るな!」と廊下に向かって叫んでいる万丈目の胸元に進路調査表をぐっと●●は押し付けた。疑問符が雲のごとく沸き起こっている万丈目を尻目に●●は「さっき護ってくれてありがとね」と綺麗に微笑んで、おまけに軽くウィンクも飛ばした。急に●●から発動されたサンダー・ボルトに万丈目の心臓は完全に貫かれた。講義室を出ていく●●の背中を、口をぱくぱくと魚のように開けながら見つめていた。
●●の背中が見えなくなるぐらいの頃にふと耳元で声がした。進路調査表を見ろ、とのことだった。またもやカラフルな光たちが万丈目の周りを旋回し、そう告げている。やけに愉快そうに、面白おかしく話す姿に怪訝な顔を作りながら万丈目は進路調査表を見た。そこには、空白だったはずの第一希望の欄に「▲▲●●の旦那さん」とボールペンで書いてあった。
サンダー・ボルトは禁止カードだということを●●は知らないのだろうか。




◎じゃのめさん、リクエストありがとうございました!万丈目さんの面白いところを眺めたいっていうことだったので、夢主に眺めさせていたら好きな子の反応が面白くてついついいじめちゃう小学生男子みたいな夢主になっちゃったニャ。楽しんでくれたら嬉しいニャ。これからも仲良くしてください〜!(2025.4.25)



花束