石像
誰かが「どうしたんですか」と優しい声で私に尋ねた。
気づけば外は真っ暗で、昼間の暖かい風も冷たくなっていた。オベリスクブルーの女子寮の光を見つめて私はほうとため息をついた。一体だれが声をかけてきたのだろうと肩越しに見ると佐藤先生だった。声だけではわからないほどに先生と会話をしたことがない。単位のために授業を取っているだけで、特に印象がある先生ではないから。
「早く寮に帰りなさい。」
優しい声と認識したのも束の間相手があの佐藤先生だとわかると急に夜風のように冷たく感じる。でも私はまだ帰りたくないのだ。別に友達と喧嘩をしたとか、宿題がたくさんあるとか、将来への悩みがあるとか、そういうわけではないが、何となく一人になりたいのだ。そこだけはわかってほしいと思う。
「どうかしたんですか、●●君。」
いろいろ思案していると、先生が私の名前を呼んだ。先生なのだから当たり前なのかもしれないけど、少し驚いてしまった。自分でもわかるほどに瞬きを数回しっかりとしてしまった。そんな私を、先生は表情を変えずに石像のように見続けている。何か言わなくては、と思いつつも何も言うことが見つからない。まるで分らない問題をみんなの前で当てられているみたいで、ぴりぴりと緊張感がみなぎる。
「今は授業中じゃないのだから、そんなに緊張しなくてもいいんですよ。」
石像の口元がすこしだけ弛んだ。気がした。先生はふと視線を外へ向けて「寒いからね」と優しく言った。
「だから早く帰りなさい。」
先生なのだから当たり前なのかもしれないけど、とても意外だった。言いたいことがなくなったのか、こつこつと足音を一定のリズムで刻みながら先生は去って行った。明日は一時間目から佐藤先生の授業がある。遅刻しないようにもう帰ろう。