恋文
デュエルアカデミアの午後、職員室の窓から差し込む夕日が、佐藤のデスクを柔らかく照らしていた。
彼は眼鏡をかけ直し、生徒たちのデッキ構築課題の答案を一枚一枚丁寧にチェックしていた。隣には、コーヒーの入ったマグカップ。いつもより少しだけ濃い目のブラックが、今日の気分を物語っている。
「デッキ構築が甘い。」
佐藤は小さく呟きながら赤ペンを走らせる。ふと、視線が職員室の入り口へと向かった。そこには、静かに佇む一人の女子生徒の姿があった。顔には見覚えがある。いつも前の席で佐藤の授業を真面目に聞いている生徒だ。何か決意を固めているような女子生徒の顔を遠くから見て、名前を思い出す。▲▲●●。そうだ。思い出したところで●●が動きだし、その数秒後にすぐ職員室にノックの音が響き渡った。
「はい、どうぞ。」
佐藤の穏やかで静かな声が聞こえた瞬間、●●の心臓は跳ね上がる。佐藤はなにやら自分に用事があるのだろうということしかわからず、顔だけを向けた。
「えっと、佐藤先生、あの、これ。」
●●はほとんど目を合わせられず、静かに手紙を差し出した。佐藤は予測のしてなかった●●の行動に目を丸くする。
「手紙?」
なにも柄のない白色の壁のような手紙。裏表を確認してみるが宛名以外書いてあることはなかった。話があるのであれば今この場で言えば良いのに、と佐藤は思うがそれがし難いのだから手紙にしたためたのかと理解し「後でちゃんと読むよ」と薄らと口元だけで笑って、その手紙を受け取った。
その言葉に、●●は「はい」とだけ答えて、逃げるように職員室を出て行った。走り去った●●の起こしたつむじ風で何枚かプリントが床に落ちる。
受け取った白い手紙がどうしてかずっしりと重いもののように佐藤は感じた。まるでプロデュエリストとして活躍していた時にもらっていたファンレターのようだ。
「何を馬鹿なことを。」
自嘲して、眼鏡をかけ直すと佐藤はいつもより濃いブラックコーヒーを一気に飲み干した。
自分以外誰もない職員室で佐藤は手紙を開く。そこに書かれていたのは直向きに純粋な想いを綴ってある、恋文であった。
『佐藤先生へ 急にこのようなお手紙を渡してごめんなさい。びっくりしましたよね。長く書くのが苦手なのでもう言っちゃいます。私、先生のことが好きです。優しい声が好きです。デュエルに対しての熱い気持ちも好きです。眼鏡をかけ直す仕草も好きです。先生のことが大好きです。全部読んでくれてありがとう、先生。 ▲▲●●より』
乾いた心が沁みるように温かく潤うのを感じた。
こんな想いを秘めた生徒があの教室に居たとは微塵も思わなかった。胸の底を柔らかい炎でじっくりと焼かれているように佐藤の心がざわめく。
「こんな風に思ってくれているなんて。」
佐藤はそう呟き、手紙を丁寧に折り畳んで引き出しにしまった。
翌日、佐藤は●●にそっと声をかけた。
「●●君、昨日のお手紙、ありがとう。すごく嬉しかったよ。」
佐藤は一度言葉を切り、●●の顔を見た。酷く苦しい顔をして、呼吸が詰まっているように目を潤ませている。次に佐藤が話す言葉がまるでわかっているようだった。
「でも、私は教師だから、君の気持ちには応えられない。」
●●は少し震え、しかし佐藤の言葉に頷いた。
「でもね、君の勇気は本当に素晴らしいと思う。これからもその素直な心を大切にしてほしい。」
いくら言葉で打ち明けても、今●●の胸に秘められているギリギリの心情は半分も伝わらないだろう。結果はわかっていたのだから。涙を湖のように溜め●●は真っ直ぐに佐藤を見詰めた。佐藤の瞳は何の邪心も虚飾もない黒真珠のように貴く見えた。
「はい。ありがとう、先生。」
すっ、と●●が佐藤に手を伸ばした。涙を拭いながら「あくしゅ」と小さく言うのが聞こえ、佐藤はその小さな手を傷付けぬよう優しく握る。●●の指先を通して気持ちが痛いほどに伝わってくる。佐藤はもう一度「ありがとう」と言うと●●の手に力を込めた。
それから●●は、佐藤の授業により一層真剣に取り組むようになった。告白は実らなかったけれど、●●の心には新たな自信が生まれていた。授業中、佐藤と目が合うと小さく微笑むところは前からも変わっていない。しかし、あの出来事以降、佐藤も小さく微笑みを返すようになった。この小さな変化は誰も気付かない。二人だけの秘密である。