コンコン、とドアがノックされる音。時計を見る。随分と時間を弁えない訪問客のようだ。といってもこんな時間に訪ねてくるような知り合いはひとりしかいない。そろそろ寝ようと思っていた私は、仕方なく重い腰を上げた。

「や」
「…どうしたの、こんな時間に」

開けたドアの先にはやっぱり彼がいた。へらへらと、片手を上げて笑っている。

「研究所まで帰るのダルいから泊めてもらおうかと」

無言でドアを閉めようとするも、上げていた片手で難なくそれは阻止される。閉めようとする私の力と、開けようとする彼の力が拮抗していたのは最初だけで、ドアはじりじりと開いてしまった。

「ダメ?」
「…拒否権がないなら聞かないでよ」

私は仕方なく、ノブから手を離した。彼に背を向けてリビングに戻る。背後では、彼がドアを閉め鍵をかける音がした。

「ナマエん家に来るの、久しぶりだなぁ」
「フランケン、研究所からあんまり出なかったじゃない」
「ナマエがよく来てくれたしね」
「放っとくとロクに食事も摂らないのは誰?」
「俺かな?」

ソファに腰掛ける彼に冷たいお茶と灰皿を出して、私はソファに背中を預けラグの上に座った。テーブルに散乱していた資料をまとめる横で、彼はお茶を啜る。

「最近、」

まとめた資料を鞄にしまい、体の向きを変えテーブルに肘をついて彼を見上げる。目が合ったけど、なんとなく視線を足元に下げた。

「楽しそうね」
「…俺が?」
「ええ。死武専に来てから、すっごく楽しそう」
「はは、楽しいよ」

笑う顔を見たら、複雑な気分になった。
彼が研究材料と称すものを見る目とは、少し違う。てっきり、解体はしなくても、生徒たちは彼の研究材料なんだろうと思っていた。可能性を秘めた幼い、沢山の子供たち。それこそ、生徒の数だけデータが取れるだろうに。

「そう言う君は」

彼が笑う。さっきとは違う目。どちらかというと、モルモットを見る目に近い。ソファの背に、尊大に腕を預けている彼は、少し間を置いて続けた。

「つまらなさそうな顔だ」

ふ、と片腕が伸びてきて頬に触れた。彼の過剰気味なスキンシップに慣れている私は、気にせず目を伏せて自嘲気味に笑う。彼には、ただ笑っただけのように見えただろうか。

「そう?」
「…まあナマエは、昔からあんまり笑わない方だったけどね」

するりと手が離れて、私はとても安心した。魂を覗かれては何もかも筒抜けだ。私はそんなことしないけど、きっと彼の魂はいつでも平静だろう。なんだかそれが悔しくて、私は話題を変えた。

「そういえば、夕飯は食べたの?」
「…食べてないな」
「もうこんな時間だけど…どうする?」
「明日の朝、たっぷり頂こうかな」
「そう。じゃあ私、そろそろ寝たいんだけど」
「俺もそうするよ」
「ソファでいい? いま毛布、持って」

立ち上がった私の手を、彼が掴んで少しだけ引いた。私は言葉を切って振り向く。彼の手はまたするりと離れていった。立ち上がって彼は、私を見下ろして笑う。

「久しぶりに一緒に寝ようか」
「…はあ?」
「昔、よく一緒に寝たろ」
「子供の頃の話でしょう」

彼はさっさと寝室に向かってしまう。慌てて追いかけるも、やっぱり私に拒否権は与えられないようだ。私のベッドに腰掛けた彼は、立ち止まる私を見て少し笑い、ぽんぽんと隣を叩いた。散々逡巡した後、私は諦めてベッドに向かった。彼の満足そうな表情に悔しさがこみ上げたが、それより一晩平静を保つことへの不安の方が大きい。
彼に促されて奥に横たわった私はうとうとと舟を漕ぎ始めていた。私の髪に指を絡めた彼が、小さな声で呟く。

「俺は、ナマエといるときが一番楽しいけどね」

ぐっすり眠っていた私の耳には何も届かない。肩を寄せられ、彼に抱かれるように寝ていたことに気づくのは、朝になってからだ。