少しずつ少しずつ、遠くなっていく距離をどうしたら埋められるのかと考えていたけれど。それよりもっと簡単な方法に私は気づいてしまった。
この恋を。

「おはよう、ナマエ」
「おはよう、マリー」
「死神様に呼ばれたの?」
「ええ、ちょっと」

私の知らない彼と彼女の時間。埋めがたい溝。広がっていく距離。
この恋は実らない。
デスクの上を占領していた資料や書籍をわきに押しやり、マリーの持ってきたカフェオレに口をつけた。甘い液体を舌で転がしながら、死神様の言葉を反芻する。ぼんやりしながら眺めていたら、視線は返却期限の迫っている本を捉えた。時計を見る。講義にはまだ少し時間があったから、本を持って立ち上がった。コーヒーカップを下げて廊下に出る。

「あ」

視線の先には、見たくないふたりがいた。背の高い彼と、彼を見上げる彼女。話し声がぼんやり聞こえる。それを明確に拾い上げる前に、私は踵を返した。音をたてないように慎重に歩いていたら、なんだか笑えた。どうして私がこそこそしているのだろう。背筋を伸ばして大きく息を吸って、吐いた。それでも胸に何か支えたような感覚は取れない。結局、武器には敵わないのだろう。職人と武器の関係には敵わなかったのだろう。司書に本を返却し、足早に職員室を目指す。
この恋は実らない。
この恋は叶わない。
私は、苦しいだけ。必要なノートや資料を腕に抱え、片手でデスクを簡単に片付ける。要らないものは処分しなければと思ったけれど、それほど時間もなかったからそのままドアに向かった。ドアを開けようと手を伸ばす。

「わ」
「おっと」

がら、とドアは開いて、私は中途半端に手を伸ばしたまま硬直してしまった。見上げなくても分かる。白衣から香る煙草の匂い。高い背。それでも不自然に思われないように、顔を上げた。

「今日も忙しそうだね」
「シュタイン先生ほどではないですけれど」
「そうでもないよ」

じゃあ、講義があるから、と私は愛想笑いで彼の横をすり抜ける。思わぬ邂逅に、うまく喋ってうまく笑えたか不安になった。角を曲がるとき、さり気なく、職員室の方を盗み見る。廊下には誰もいなくて、それでいいと思った。













「ナマエ?」

はっとして顔を上げた。すぐ近くで聞こえた声に、反射的に手が、眺めていた書類を他のものに紛れ混ませる。マリーの表情から察するに、恐らく文面は見られてはいないようだった。

「あ、ああ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてて」
「疲れてるのかしら、大丈夫?」
「ええ、大丈夫。どうかした?」
「梓が呼んでるわ」

マリーの視線を辿った先には、何かファイルを持った梓がいた。先ほどの書類が見えていないか、ちらりと確認して腰を上げる。

「どうもありがとう」
「いいえ」

にっこり笑ったマリーを通り過ぎる。私は振り向かなかったから、マリーとシュタインが怪訝に思って視線を寄越していることにも気づかなかった。

「ナマエさん、これ、死神様からです」
「わざわざありがとう」

長期任務という文字がファイルから透けていた。梓は少し眉を顰めて私を見たけれど、その文字を読んだりすることはなかった。

「…何か、あったんですか?」
「…いいえ、何も」

愛想笑いで梓の視線をはねのける。
さよなら、私の恋心。