邪魅ネタバレ




彼のベッドは彼の匂いで満ちていた。寝過ぎたせいで酷く体が重い。和寅しかいないはずの部屋から話し声が聞こえる。煩くないから益田さんのようだ。シーツを引き寄せもう一度目を閉じた。

「なまえ」

静かな声だった。初めて聴く声だった。益田さんから電話で事情を聞いていた私は狸寝入りをした。

「なまえ、…寝てるのか」

ばさばさと布が落ちる音がする。着替えているのか。ぎ、とベッドが軋んで榎木津の手のひらが頬に触れた。冷たい。肩に手が触れたと思ったら、勢いよく体を動かされた。腕が背中に回されて、うっすら目を開けたら彼の胸板が飛び込んできてびっくりする。

「…礼二郎」
「なまえ」
「…大丈夫?」
「ああ」

まだその人を好きなの、と聞きたくなるのを抑える。不安でたまらないけれど、榎木津を疑っていると思われるのは嫌だった。私が一番だと信じたい。こうして私の元へ帰ってきてくれたのだから。

「疲れた」
「うん」
「慣れないことはするもんじゃない」
「うん」
「…寝かせてくれ」

さらさら柔らかい髪をすく。大きな瞳が震える瞼に隠されていく。指先で優しく瞼を下ろす。私もその胸に顔を寄せて瞼を閉じた。

「礼二郎」

彼の匂いに酔ってしまいそう。このまま誰も、私から彼を奪わないで。過去の恋人の誰よりも私を一番にして。そんなことを思うような女にはなりたくないと思っていたのに。私は、嫌なやつだ。

「なまえ」

低く優しい声が耳元で鳴った。起きていたのか。

「心配しなくても、なまえが僕の一番だ」

榎木津の顔が見れなかった。涙が視界を歪めさせる。どうしてこの人は、私の考えていることが分かるのだろう。

「僕は神だからな」

私の震える肩を一層強く抱いて、榎木津は眠りに就いたようだ。