※独断と偏見




向かいに座るのは気が引けたが、他に客もないのに不自然だろうと思い仕方なく向かいに腰を下ろした。今日は千鶴子さんの淹れてくれた茶を飲める。高い茶菓子を持ってきて正解だった。京極堂は自分から聞くことをしなかったので、なんと言うべきかまた分からなくなってしまった私は下を向いた。湯気の立つ湯飲みを両手で包んで逡巡する。部屋には京極堂がページを繰る音と、お勝手で包丁を使う音が定期的にした。ここは気まずくならない静かさを保っている。

「京極堂さん」
「随分思い詰めた顔をしているよ」
「はあ」

溜め息とも肯定とも取れる反応をどう捉えたのかは分からない。私は終始下を向いている。じんわり、指先が熱を持つ。

「礼二郎、…榎木津が、よく分からないんです」
「まあ分かる者などいないだろうね」
「やっぱりそう思います?」

空気が緩んだような気がした。京極堂の軽い口ぶりに幾ばくか緊張が解ける。渇いた口をまだ温かい茶で潤した。美味しい。ふう、と息を吐いてみた。

「簡潔に言うと、皆さんといるときと、私とふたりでいるときの印象が違うんです」
「それは誰しもに言えることだと思うけどね」
「どっちかが素で、どっちかが繕われているんですかね」
「どちらも素で、どちらも繕われていると思うよ」

そこで言葉を切り、京極堂は茶をすすった。私はぼんやり縁側を眺めた。

「いつもはあんなに煩くて」

答えを欲しているのではない、と私は思う。考えを言葉にすることで整理し折り合いをつけようとしているのだろう。そうすると京極堂には申し訳ないのだけれど。

「よく喋って、喚いて、楽しそうなのに」

頭の中に榎木津が投影される。模型のように綺麗に並んだ白い歯を見せて、それはそれは楽しそうに笑う。

「私といると、…なんていうかな、脱力、しているように見えるんです」
「ほう」

その返事に僅かばかりの興味を感じ取った。やはり、脱力している榎木津というものは珍しいのか。私には騒いで喚いて暴れている方に違和感を感じてしまうというのに。

「勿論、普段の延長線上にある態度なんです。全く想像できないわけじゃないと思うんです」
「うん、分かってるよ」

京極堂は聞き上手だし聞き出し上手でもあるのだろう。私の意を汲んで、すぐに肯定の返事を返してくれる。それが躊躇う口を円滑にする。

「言動は、変わらないと思うんです。ただ、騒いだり喚いたりではなくて、なんだか疲れているようにも見えるんです」
「疲れている」

低く通りやすい声が復唱する。そこが、問題なのだろう。私は頷いた。

「目もあんまり開いてないし、表情に乏しくなるというか。それで、疲れてるのかと思ってそう聞いたら違うと言われて」
「それで脱力」
「はい。…その」
「ん?」

実はこれを言いたかったのだ。莫迦にしないのも、自意識過剰だと言わないのも京極堂だけだと思って私はここに足を運んだ。彼はとても理知的だと思う。

「私と、いるのが、…疲れるんでしょうか」

今日ここを訪ねて、初めて京極堂を見た。ただ気恥ずかしくて、ちらりと見上げるので精一杯だった。眉間の皺はいつもと変わらない。ただ微妙に、眉に感情が現れている気がした。顎をさする仕草が彼の妹を彷彿とさせた。

「多分、そうとは言い切れないが、恐らく逆じゃあないかねえ」

間延びした声は面白がっているのを潜めている気がして、私は今度こそしっかり京極堂を見た。ほんの少し、口角が上がっているように見える。榎木津の意外な側面に触れたことへの優越感なのかと私は邪推した。

「あれは、照れ屋なんだ」
「そうなんですか」
「そうかそうか」

京極堂はとても愉快そうに煙草を咥えた。それから思い出したように私を見たので、私はどうぞと言った。

「そうだなあ、どちらかと言うと」
「どちらか?」
「素、なんじゃないかね」

ああ、と私は握り拳で手のひらを叩きそうになった。理解したのではない。最初にした質問への答えだと気付いたのだ。ちりりん、と風鈴が鳴いた。季節ではないのに、あまり違和感は感じない。涼しさより爽やかさを連想させる心地よい音。

「素、ですか」
「まあそれに近い、のだろうね」
「どうして、そう思われるのでしょう」

京極堂は手元の本から視線を上げた。私は言葉を待ちながら、温くなった茶を飲んだ。胃に落ちる前に枯れた喉に染みていく気がした。

「君には、心を許しているのだろう」

ぽとり、と少しばかり粘着質な液体が私の中に垂れて、波紋を描いた。私は多分、あまり表情を変えなかったろう。けれど驚いたことに間違いはない。

「分かったかい?」

榎木津がどういう人物か、と続けた声が私の中へまた落ちていく。答えは最初から出ていた。それを他人に肯定してもらうことで初めて正答と認めることができるのだ。

「なんとなく、ですけど」
「それは良かった」

京極堂が湯飲みを持ち上げたのに倣って私も最後の一口を飲み込んだ。冷めても美味しい。

「あ」
「どうかしたのかい」
「嫌な予感」
「ああ」

お迎えかい、の言葉と同時に勢いよく襖が開いた。振り返れば、やっぱりあの人がいた。

「京極!僕のなまえに手を出したらただじゃあおかないと言っただろうに!」
「出していない」
「出されていません」

同時に反論した京極堂と私は目を見合わせて、少し笑った。榎木津は気に食わなそうな顔をする。

「なまえに免じて今回は不問にしてやろう」
「だから出してませんてば」
「なまえ!僕は眠い!」

駄々っ子のように榎木津は頭を振った。茶色い髪がさらさら揺れた。酷く愛おしい。

「はいはい、分かりました。帰って休みましょう」

菓子を与えられた子供のように榎木津が笑った。不自然、に見えなかった。元々不自然になんて見えていなかったのだろう。騒ぎを聞き付けてお勝手から出てきた千鶴子さんと京極堂に丁寧に礼を述べて、私は榎木津と帰路についた。