あいたたパロ





とある時代、とある場所、それはそれは美しい姫君がいました。しかし、姫君の父が治める国は小さく、姫君は大国の王子と婚約をしなくてはなりませんでした。

「敦子さんっ」
「あら、どうなさったんですか」

姫君は自室のドアから顔をひょっこり覗かせ、家庭教師の名を呼んだ。それからきょろきょろ辺りを見回し、手招きをした。家庭教師は足早に部屋へ滑り込んだ。

「失礼します。 なまえ様、どうなさったの?」
「敦子さん、どうしましょう」

姫君は口元に手をやりおろおろと視線が定まらない。ドアが閉まっていることを確認して、姫君は立ったまま続けた。

「私、隣国の王子様との縁談が決まってしまったのです」
「ええ!」

泣きそうになってしまった姫君をふかふかのソファに座らせ、執事が用意していたのであろう紅茶を注いだ。姫君の手が自らの隣を叩いたので家庭教師はそこに座った。

「でも、なまえ様、この前の舞踏会でダンスを誘って下さった方は」
「私、あの方がどちらの方なのか存じ上げないのです。 名前しか、その、聞けなくて」
「礼二郎様、」
「そう、それだけで」
「私の兄に聞いてみましたが、どうやら海の向こうの大国の第二王子のようなのです」

姫君の円い瞳が見開かれる。けれどすぐに口元に手をやり眉を歪めてしまう。俯くと長い睫毛の影が頬に落ちる。儚い。硝子で作られたのかと錯覚してしまうくらいに儚い。

「そんな…高貴なお方なのですか」
「なまえ様もです」
「私など…」

姫君はまた俯く。その日、当たり前に勉学は捗らず、家庭教師はお薦めだという新書を数冊置いていくに留まった。











その数週間後、ちょうど満月の晩。突如としてバルコニーに降り立った男を前に姫君は立ち尽くしていた。睡眠前の読書に勤しんでいた姫君は、バルコニーと部屋とを仕切る硝子戸をノックする音に気付き、その男を見てついつい開けてしまったのである。何も言えずに立ちすくんでいる中、庭の見張りが騒ぎ、父君である国王に不審者の報告を急いでいる。男は月光を背負い、優雅に手すりに背を預けた。

「…覚えておりますか、美しいお姫様」

先に口を開いたのは男であった。

「ああ、何かの間違いではないのでしょうか。 どうして、貴方様がここへ」

男はひらひら緩慢な動作で手招きをする。躊躇いながら姫君はそれに従いバルコニーに出た。頭の上から騒音がする。視線を上げるとジェット機が緩やかに旋回していた。

「あれで来たのだ」

男がジェット機を指差したそのとき、姫君の部屋のドアが乱暴に開けられた。姫君の父母と隣国の使者と兵士やらが肩で息をしていた。

「お父様、お母様」
「おお! ちょうどいい」

男はかぶっていたハンチングを顔を隠すように傾けた。そして指差した手をそのまま真っ直ぐ上げ、大きく振った。騒音が近づいてくる。

「貴様、」
「怪盗にゃんこ参上っ!」

父君の言葉を遮り、男はつかつかと姫君に歩み寄り腰に手を回した。と思いきや耳を疑うような発言。この場にそぐわぬような軽快かつ莫迦莫迦しい響き。

「というわけだ! 僕はこちらのお姫様を頂戴する!」

腰に回された手に力が込められ、男に添うように引き寄せられる。至近距離で眺めたその顔は、舞踏会で出会った彼の人そのものであった。美しい顔が、生き生きと人間を主張している。楽しそう、と思った。私と違うと思った。

「礼二郎様、どうして」
「あのような男にやるには勿体無い」
「礼二郎様」
「僕の方が相応しいと思わないかい、なまえ」

あの日の彼の人が、笑った。もう父母やら使者やらの声は聞こえない。ジェット機の騒音となんら変わらない。世界には、姫君と海の向こうの国の王子だけ。そっと、王子に身を寄せる。

「そういうことだ! 確かに美しいお姫様は僕が頂戴した」

王子は片手で姫君を抱き、頭上に落とされた梯子を引き寄せ掴まった。兵士たちがバルコニーに出る頃にはジェット機は遥か高くを飛んでいる。騒音を掻き消すように王子が高笑いをしていた。



なっげえ!けど続き書きたい