「おお! それは僕の子か!」

四つ分の視線が突き刺さった。問題発言をした奴は大股で近付いてくる。私は庇うように奴に背を向けた。

「違う! 違います!」

聞いていない。私の右肩に奴は右手を置き、奴の左手が、抱えた赤子の頬に近付いていた。つんつん、と頬をつつく。何故か奴は子供に嫌われないのだ。何故か。つんつんつんつん。赤子はぽかんとし、それからきゃっきゃと笑い出す。

「やっぱり僕の子」
「違います。断じて違います。この子は姉の子なんです。今日一日預かることになってるだけなんです」

ていうか、子供ができるようなことしてません。と言うと、和寅と益山もとい益田はほっと息を吐いた。どういう溜め息。

「そうだっけ」
「そうですよ」

近い。非常に近い。赤子はついに奴の指を掴もうと両手を上げていた。肩の手が離れたと思ったら奴はとうとう私の前に立った。

「んー!可愛い!愛らしい!」
「はいはい」

赤子の左手は奴の人差し指を握り、右手は私の髪を掴んだ。何故。機嫌が良いのは有難いが足までぱたぱた動くと抱きづらくて仕方ない。

「お母さんの髪が気に入ったようだ」
「お母さん違う」
「お父さんの指も気に入ったようだ」
「お父さん違う」

後ろでひっと声がした。どちらかが笑うのを堪えたようだ。笑いそうになったやつは前に出ろ。

「ちょっと、なにを」

後ろに向けていた視線を前に戻すと、奴が赤子の額に鼻をあてていた。すんすんと微かに音がする。

「僕も抱きたい」

急に顔を上げた奴に面食らったものの、あまりの豹変ぶりに渋々赤子を預けた。間違っても落とさないでと釘を刺して。

「榎木津さんは赤ちゃんが好きなの?」

横目でくるくる回る奴を見ながら私は彼らの向かいに座った。にやにやしている顔が憎たらしい。けれど奴は首の据わらない赤子の抱き方を心得ているようだ。

「はあ。びっくりするほど好きみたいですね」
「本当にびっくりした」

和寅はどうでもよさそうに茶を飲む。奴は飽きもせずに赤子を構う。初めて見る顔だ。ぼーっと奴を見ていると、和寅が、あ、と目を丸くしてこちらを見た。

「そうだ、クッキーあるんですよ。食べません?」
「良いの?」
「良いです良いです。先生は水気のない菓子は嫌いなんですって」

そう言いながら和寅は立ち上がる。益田に視線を移せば彼も奴を見ていた。そして視線はそのまま、ふと口を開いた。

「なまえさんと榎木津さんって」

とてもぼんやり、爆弾が落とされた。

「本当に夫婦みたいですねえ」

私は固まった。

「さっきの、赤ちゃんあやしてるとこなんて、そうとしか見えませんでしたよ」
「ええええ、なにを」

慌てる私を尻目に、奴がぴたりと停まった。嫌に綺麗なおじさんが、大股でこちらに近付く。

「なまえ」
「なんですか榎木津さん」
「子供が欲しい」

にやにや笑う和寅と益田を睨みつけるも効果は見られない。仕方がないから両手の塞がった奴の頬を思いきり引っ張ってやった。