※親子っぽい
ぐにーっと餅が伸びる。熱さにはふはふと息を吐きながら雑煮をすすると中禅寺さんが笑った。千鶴子さんもくすくす笑う。
「馬子にも衣装だと思ったが…もう少しゆっくり食べられないのかい」
「お雑煮すっごく美味しいんです!」
さすが千鶴子さんの手作り。美味しいお節やらお雑煮やらお汁粉のために振袖に雪駄で目眩坂を上がってきたのだ。折角着せてもらった振袖を見せに、というのも理由のひとつでもあるが。
「まだまだあるからゆっくりお食べになって。…ああでもお着物じゃああんまり食べられないかしら」
「はい! でもちょっとずつ全部食べます!」
「まったく、食い意地ばかり張って」
そう言いながら中禅寺さんも重箱に箸を伸ばす。餅を全部飲み込み、具も食べて、器をテーブルに置く。
「そうだ、中禅寺さん」
「なんだい」
「どうですか? 振袖!」
ちら、とこちらを見たと思えば中禅寺さんはさっさと視線をテーブルに下げる。
「馬子にも衣装、髪かたち」
「えー、それだけ?」
千鶴子さんはまたくすくす笑う。私は唇を尖らせたまま千鶴子さんを見た。彼女は着飾らなくても十二分に美しいのだ。羨ましい。私なんて馬子にも衣装、と言われたのに。
「どこのお嬢様かと思いました」
「千鶴子さん、それは言い過ぎ!」
「珍しくなまえの言う通りだ」
「酷い!」
振袖なんて動きづらいものをわざわざ着てきたというのに、どうやら無駄足だったようだ。ちょっと腹が立って、重箱に意識を移した。いまさらだが、随分沢山ある。目移りしていたら襖が派手に開いた。
「おお! 誰かと思えばなまえじゃないか!」
誰かと思えば榎木津さんだった。千鶴子さんはすでに座布団を榎木津さんの定位置に置いて勝手に向かっていた。雑煮を持ってくるのだろうか。榎木津さんは大股でそこへ座り、私をじろじろ見た。
「可愛いなあ」
真顔から一気に頬が緩む。大きな手のひらが頭に触れたので私は心配したが、榎木津さんは結った髪を崩さないようにぽんぽんと撫でただけだった。私は恥ずかしくて黙っていた。
「見た目だけだぞ。食い意地は相変わらずだ」
「見た目が可愛いのも食い意地が張ってるのもいつものことだろう」
「えっ」
私はあることに気付いた。口元を押さえて中禅寺さんをじっと見る。恐らくその意味を考えていた中禅寺さんは、数秒後ほんの少し眉をひそめた。
「榎木津さん!」
「なんだい」
「中禅寺さんいま、見た目だけは可愛いって言いましたよね!」
「言ったな」
榎木津さんはさっぱりと返して重箱を覗いた。早く食べたいのだろう。中禅寺さんは渋い顔をする。
「さっきからそう言っているだろう」
「言ってない!」
緩む頬を叱咤するも効果はない。自分でもにやにやしていることが分かる。
「あらなまえちゃん、どうしたの?」
お勝手から出てきた千鶴子さんは榎木津さんの雑煮と箸を盆に載せている。にやにやしながら先ほどの出来事を教えたらまたくすくす笑われた。中禅寺さんの眉間の皺は深いまま。
「この人はなまえちゃんが大好きなのよ」
「えっ」
「千鶴子」
中禅寺さんの威嚇も通用しない。
「可愛い娘ができた気分なのね、きっと」
「なまえは僕の嫁にする!」
「榎さんは静かに食べててくれ」
中禅寺さんと榎木津さんとの間に無言で火花が散る。怖くなったので千鶴子さんの方に身を寄せた。
「榎木津さんも食べ終わったら初詣に行ってらっしゃいな」
「千鶴子さんは?」
「夕飯の準備があるの」
会話にかぶさるように榎木津さんが声を上げた。ふたりで行こう!張り切る榎木津さんを中禅寺さんが危ないからやめろと静止する。
「えー千鶴子さん、一緒じゃないの…」
「なまえ、我儘を言うんじゃない」
「はーい」
榎木津さんはすでに甘酒と御神籤に意識がいっていた。いつもよりぽろぽろ溢している。その数十分後、私は右手を榎木津さんに、左手を中禅寺さんにひかれて目眩坂を降りることになった。