飲み屋でひっかけた女を適当に抱くのはただの自暴自棄だった。肌を通り過ぎる感覚より、じりじり灼けるような空しさばかり感じている。やっぱり楽にはならない。女の名前も顔も覚えてないまま乱れた布団から抜け出す。絡みつく腕はただただ不快でしかないから振り払った。眩しさに目を伏せながら冷えた風に吹かれていると、少し楽になった気がする。

「あれ、万事屋さん」

静寂に居心地の悪さを感じて、今日も夜なのに騒がしい街を歩く。誰か、この空しさを取り除いてくれないか。胸に何か支えた感覚が気持ち悪くて、ひたすら酒を煽っていたら。

「こんばんは」
「あー、この前の、えーと、なまえちゃん」
「よく覚えてますね」
「銀さん、可愛い子はよく覚えてんの」
「おだてても何もでません」

依頼に来たときのように綺麗な着物を着て、柔らかく微笑む彼女を見て、少し気が紛れた。
酒臭い息を吐きながら飲みに誘う。ちょっと躊躇って、けれど少しだけならと笑った彼女の手をひいた。









浴びるように飲んで浮遊する意識とは裏腹に、頭は下心に支配されていた。彼女の家の方が近いことを知っていたし、彼女はとても無防備だった。肩を借りながら上がり込む。猫を一日預かってくれという依頼をされてからしばらく経つが、おとなしい猫は俺を覚えていたようだった。

「ね、」

彼女の匂いが充満する布団に横になる。水を取りに行った踵をぼんやり眺めていた。
気持ち急ぎ足で戻ってきた彼女は膝を折って水を差し出す。その手ごと、掴んだ。

「俺、寂しいんだけど」

揺らいだ瞳の奥に、何か感情が見えたけれど知らないふりをした。コップから水が溢れるのを心配した彼女はろくに動けず、俺は追いつめたまま唇を掠める。その奥を、ゆっくり探しながら。

「よろずやさん、」
「…違う」
「…銀さん」

香り立つその肌に触れたい。滑らかなその髪に触れたい。顔も名前もちゃんと覚えてる。ゆらゆらもやもや漂う何かを、その手なら消し去ることができるんじゃないかって思ったり。
夜が明けるまでに、きみに触れたい。

「…銀さん」

不安か後悔か、揺れる声を聞きながらコップに口をつけた。冷たい水を口に含んで、彼女に口移し。
できれば、受け入れて欲しいんだけど。きみはまだ、迷子にはなっていないようで。

「なあ、足りないんだ」
「…なにが、ですか?」
「分かんねえけど」
「…銀さん」
「足りない」

彼女は迷っている。踏み出すか引き返すか。彼女は推し量っている。俺を。これは、彼女からしたらただの過ち。

「銀さん…飲みすぎです」

彼女の手も熱かった。
その手が目を塞いで、ゆっくり布団に寝かされる。目を塞がれたまま背中を撫でられていたら眠気が増した。行き来する熱が、布越しに感じる肌の柔さが、じわりじわりと埋めていく。何かを。目を閉じたら何もかもどうでもいい気になった。

「…手、」

ぱたりと彼女に向けて伸ばした手を布団に横たえたら、目を塞いでいた温もりが消えて代わりに手が握られる。もう目を開ける元気もない。次に目を開けるとき、君がまだそこにいることを願ってその手を強く強く握り締める。おずおずと握り返されたのを感じながら、意識は混濁した底へ落ちていった。




熱情/椿屋四重奏をイメージ