こんなに分かりやすい線引きが他にあるだろうか。背伸びしても届かない背丈、ぺたんこの胸、風にはためくセーラー服。黒板の前に立つ先生を眺める私と、詰め込まれた生徒たちを見渡す先生。こんなにもはっきり突きつけられる。





(せんせい、あのね)





恥ずかしくて、さっちゃんみたいにぐいぐいいけるわけじゃない。神楽ちゃんみたいに目立つわけでも、妙ちゃんみたいに美人でもない。話したことなんて少ししかなくて、ちらちら視線をやるのが精一杯。褒められたい一心で勉強した試験の結果も、真面目に板書する授業態度も、このクラスじゃあ霞んでしまう。古典の試験がクラスで一番でも、先生は目も見ずに素っ気なく返す。板書以外にも沢山書き込んで提出したノートには雑に押された判子。幸いみんなと仲良くなれたけど、みんなみたいに先生とは仲良くなれない。

「あ、明日から進路相談すっから。めんでーけど」

廊下側の真ん中らへん。可もなく不可もない席から私は先生を見上げる。目が合うことはない。わーわー騒ぐみんなと、黙ってる私。もう三年なんだもんね、と妙ちゃんに話しかけられたから、顔だけ向けて応える。
先生に会えるのもあと一年。まだ一年もあると思えたけど、そういえば一年も二年あっという間に終わってしまった。

「休み時間とか放課後とかに呼ぶから。とりあえずなんか考えとけよ。分かんないやつは進路指導室行ってこい」

妙ちゃんと、どうしよっかーとか、今度一緒に資料見に行こうとか話していたら、先生がまた喋り出す。

「つーわけでみょーじ、これ終わったら国語準備室な」

一瞬、教室は静かになって、私は先生を見て先生は私を見ていた。少しどもりながら返事をすれば、また教室は騒がしくなる。進路とか、正直あんまり考えてなかったからそれはそれで困る。ていうか、出席順とかじゃないんだと考えていたら先生が、明日も来いよーさよーなら、と号令をかけていた。幾分増したがやがやと椅子をひいたりドアを開けたりする音。妙ちゃんに頑張ってねと言われて笑って教室を出た。先生も、一度職員室に行くだろうしと思って進路指導室を経由することにした。階段や、昇降口には沢山の生徒がいたけど、反対にある進路指導室の辺りには殆ど人はいない。廊下に据え付けられた棚に並べられた沢山のパンフレット。大学、短大、専門、公務員、就職。進学したいとは思うけどいまいちぴんと来なくて、国語準備室に向かう。階段を登りきる前に、まだ国語準備室が暗いことに気づいた。暇つぶしに隣の図書室前の掲示板に目をやる。

「あれ、みょーじ、早いな」
「そうでもないです」
「ん、入って」
「はい」

先生は灯りをつけて、端の席に持っていたものを置く。それから近くに畳んであったパイプ椅子を広げた。

「座って」
「はい」

鞄は国語準備室のドアの隣に邪魔にならないように置いて、パイプ椅子に腰掛ける。先生はくるくる回る椅子に座って持っていた紙を寄せ集めていた。

「みょーじ、なんか考えてる?」
「え?」
「進路」
「あ、えっと、進学したいなーくらいしか」
「ふーん」

先生はちらっと私を見た。職員室にも机があるからか、ここにはあまり荷物がない。先生の机にしては整頓されているというよりものが少なくて綺麗だった。

「じゃあこういうのどう?」

とんとんと高さを揃えた紙を差し出される。よく分からないまま受け取って膝の上に広げた。色合いの違うそれらはどうやらいくつかの大学のパンフレットのようだけれど。どう反応していいものか分からなくて先生を見たら、目が合ってしまい慌ててそらした。それからそらしてしまったことも後悔する。大きな文字で書かれているのは有名な看護系大学名。

「…えっと、」
「うん?」
「これは…」
「先生の希望」

いやこれ私の進路、という言葉を飲み込んで、視線だけで次の言葉を促す。今度はそらさないように。

「うちのがっこからはあんまり行くやつ、ていうか行けるやついないけど」
「…はい」
「みょーじ、どうよ」
「…どうよって言われても」

先生は机に一枚残された紙を指だけで掴んで眺める。私はもう一度膝の上のパンフレットを見た。

「みょーじさあ、理数系得意でしょ」
「得意ってほどでもないです」
「まあそれでもいーけど。選択で生物取ってるし、数VCは要らないし、必修化学と英語も問題なし」

どうやら私が選択した科目の一覧を見ていたらしい。先生はそれを確認したから、紙をひらっと机に落とした。きぃっと椅子が鳴る。

「え、えぇと、考えておきます…」
「うん、親御さんともよく話し合って」
「はい」
「で、看護婦になって先生の老後の面倒を見ると」
「ん?」

パンフレットにやっていた視線を上げたら、先生はしたり顔。私の耳がおかしくなったのかとも思ったが先生の顔を見るとそうでもなさそうで私は目をそらした。

「…なんか言ってよ」
「えっ、えーと、頑張ります?」
「なんではてなつくの…」
「…先生がわけ分かんないこと言うから」
「分かるしょ」

先生は椅子ごと少し近づいてくる。私は咄嗟にパンフレットで顔を隠した。

「え、みょーじ、先生のこと好きでしょ?」

先生は気の抜けるように軽い口調で核心に触れた。

「…いやいやいや、」
「またまたァ、」

先生の手が、パンフレットを掴む私の手に触れた。なんか、いろいろ飛び越えてしまって、頭の中は真っ白で、困る。

「あんなに熱心に先生の授業聞いてくれんの、みょーじくらいだよ」

手を掴まれたまま私は押し黙って、先生はもう一方の手で私の頭を撫でた。体が強張る。なんかもう現実じゃないみたい。

「先生んとこに永久就職でもいいけど」

そう言って先生は私の目を見ながらいままでで一番格好良く笑った。




また書いてるうちに違う話になった