※3Zでバレンタイン


机の横にチョコの入った袋をかけた。友チョコとか義理チョコとか、意外と数がある。視線を感じて隣を見たら、机に伏せた沖田と目が合った。

「おはよ」
「…はよ」

会話はそれきり途切れる。沖田も本格的に机に伏せてしまったし、私もひとつだけ鞄に忍ばせたチョコをどう渡そうか考えていなかったのだ。区別するためにリボンだけ色をかえたことに気づかれてしまうのが恥ずかしい。とりあえず女子に渡すチョコを持って席を離れた。沖田には、帰りにでも渡そう。

「…なあ」
「ん?」

チョコを交換して席に戻った私に沖田が声をかけた。

「それ」
「それ? ああ、チョコ? 沖田の分もあるよ」

こうなったら仕方ない。リボンが足りなかった、とか言って誤魔化そう。
私はぺしゃんこの鞄からチョコを取り出す。沖田は黙って受け取った。腹でも減っていたのか。

「あいつらにもやんのか」
「え、うん」
「ふーん」

沖田は顎で騒ぐ近藤や土方やらを指して、ぴりぴりと包装紙を剥がしていく。私も交換したチョコを口に運ぶ。沖田の反応が気になって、その横顔をちらちら見てしまう。

「足りない」
「え、砂糖?」
「違う」

沖田は呆れたように私を見た。違ったのか、と沖田の手元を見たら、何種類か詰め合わせた生チョコは残りふたつしかない。もう少し味わって食え、と思ったがぐっと飲み込んで、もうないよ、と言った。

「…まだあんだろぃ」

目を上げた沖田が、男子を経由して私を捉えた。

「つーか」

沖田が言い淀むなんて珍しい。私の心臓は期待に速度を上げる。妙が近藤を蹴っ飛ばす音も、それらを取り巻く喧騒も、廊下から男子を呼び出す声も聞こえない。ただ聞こえるのは、耳の奥で心臓が暴れる音だけ。

「俺以外にやるなよ」

沖田の、かっこいい顔が真っ直ぐ向けられて私はフリーズした。なんとなく予想はしていたものの、現実は予想をすっかり吹き飛ばすだけの威力があったのだ。

「え、っと、うん」

私は情けないくらいにしどろもどろになりながら、義理チョコだったものが入った袋を差し出した。
沖田も黙ってそれを片手で掠めていく。なんとも言えない空気が漂う。暗に言う、というものは難しい。勘違いだったらと思うと、私は何も言えずに少し俯いてちらちら様子を窺うのが精一杯だった。そんなときに、ついに開け放たれた出入り口から複数の女子が沖田の名を呼んだ。そうだ、こいつはもてるんだ。すっかり失念していた。

「…沖田、呼んでる」

しかし無視を決め込むものだからいたたまれなくなって声をかけた。沖田は私を見、めんどくさそうに首を曲げて女子に手を振った。きゃー、と黄色い声が走る。

「なまえ」

沖田に名前を呼ばれて私は顔を向けた。黄色い歓声が、途端に悲鳴に変わる。襟首を掴んだ沖田の唇が、私のそれに重なっている。私は状況を把握できずに瞬きを繰り返していた。
その視界には、びっくりしたクラスのみんなも入り込んでいる。私はやっと恥ずかしくなって、その胸を押し返そうと手のひらを当てた。けれどそれは逆効果で終わった。

「お、きた」
「美味いチョコの礼は」

僅かに離れた唇を、沖田は見とれる動作でぺろりと舐めた。

「俺を名前で呼ぶ権利でどうでぃ」

私はもつれる舌で名前を呟く。押し黙った教室内に、それは思ったより響いた。