※学パロ
※リストカット表現有
鍵穴の壊れたノブを掴んで回す。ここは俺の場所だから、入ってくる奴はいない。あいつを除いて。怖いもの、失うものが無いと、なんでもできるらしい。それは共感できた。軋む音を響かせ、扉は開く。敏感な嗅覚は錆びた匂いを嗅ぎ取り、口内に唾液が湧き出した。
「やあ、なまえ」
コンクリートに横たわったなまえが、少しだけ顔を向けた。見なくたって分かるからだ。ここに来るのは俺だけ。フェンス側に投げ出された、左腕が見えた。真っ赤に染まる腕が。腕が浸る血だまりが。ああ、垂れ流すだなんて、勿体無い。
「おはよ」
なまえは腰を上げて寝返りを打ち俺に背を向け左腕を眺める格好を取った。分かってはいるが、あまり好かれてはいない。見上げた空は、水色の絵の具をぶちまけ、所々に薄めた白色の絵の具を零したように健全だった。不自然で歓迎されない逢瀬にはぴったりだと思った。
「今日もいい匂いだね」
近づきながら腕を凝視する。刃先が少し血だまりに沈んだ剃刀が太陽を反射して眩しかった。傷口はもう血を吐き出すことを止めたようだった。血だまりを構成する液体はもう固まりだしていたし、腕に蔓延る赤い筋は殆ど乾いている。残念、もっと早く来れば良かった。左腕を見ているなまえは、できたての死体みたいだった。違うのは、瞬きが見てとれることくらいだ。
「今日も、美味しそうだね」
向かいに腰を下ろす。長い髪が散乱しているなまえは、ある種ホラーだった。唇とその周りが、ほんの少し赤い。
「…ああ、美味しかったよ」
傷ついた腕を曲げて、指先を血だまりに浸す。所々固まり、どろどろした血液を掬う。右腕に体重をかけ一瞬上体を起こして、なまえはそれを口に含んだ。ああ、おいし、と呟くなまえが精神を病んでいることくらい、俺にも分かる。散乱した髪から覗く右耳はシルバーに埋め尽くされていて、ヘリックス寄りのコンクに埋め込まれたピアスは、以前見たときより多分一回り大きく、後ろを透かしていた。なまえの吸う、マルボロも通るだろうなあと思った。
「そういえば、」
「ん?」
「コンク、拡張したよ」
可愛いでしょ、となまえが口角を上げる。ヘリックスからロブはCBRが所狭しとぶら下がり、インナーコンクにはバーベルが幾本も突き刺さる。どう見ても、可愛いとは程遠い。
「そうだね、似合うよ」
「そう? ありがとう」
会話だって、普通にできる。成績は上から数えてすぐ。ぱっと見、ピアスが異常なことを除けば、どこにでもいそうな女子高生なのに。初めて会話を交わしたあの日も、彼女は屋上に横たわり、腕を真っ赤に染め上げていた。それで、思った。ああ、俺側だって。
「神威」
「なに?」
「殺して」
「……」
「って言ったら殺してくれる?」
彼女はいつも切実だ。これだって、多分本気で聞いてる。傷は腕だけじゃない。スカートから見える太ももに不自然に疾る、濃い肉色の蚯蚓腫れに似た線。いまは見えないが、左側の頸には躊躇い傷があることを俺は知っている。まだ大丈夫、まだ我慢できるを繰り返す彼女と、彼女を解放できるのにしない俺。本音を隠して、それでも救われたがってる、君。俺に救えると思うか?傷を引き起こすだけの腕で。
「そんなの、なまえが一番よく分かってるでしょ」
右手の人差し指と中指を血だまりに浸した。見慣れたそれは粘つき、指に纏わりつく。口に含んだら、甘ったるかった。なまえは目を閉じている。本当に死んだかと思って、体の前で曲げられていた右腕を取り、手首を握ってみた。ゆっくり瞼を上げたなまえと目が合う。殺してくれと乞う眼差しに俺は瞳を隠して微笑む。助けて、と言われたなら、すぐにでもその願いを叶えてやるのに。