空を飛ぶ鳥に焦がれる魚のように。私は貴方に捕食されましょう。せめて糧になれるだけ、私は幸せものです。せめて糧に、私は、なれた?噎せるような血の匂い。もうじきそこら中に横たわる屍が臭うようになるだろう。ここは。とても巨大な墓になる。誰も葬られたりはしていないけど。命はとても軽く、屍はただの入れ物。私もすぐに仲間入りだ。
「…早く止めを刺せ」
世界は狭い。けれど宇宙は広かった。こんな軟弱そうな男に、殺されようとは思いもしなかった。所詮私は井の中の蛙だったのだろう。男は相変わらず笑っている。楽しそうでは、ない。上体を支えている腕が辛い。多分、左腕は折れている。肋骨も軋んでいる。早くその指先を、この首に刺せばいい。この目がまだ機能している内に。私を殺す男を網膜に焼き付けていられる内に。
「どうしようかな」
「…もう無理」
私は肘の力を抜いた。背中が瓦礫にぶつかる音が派手に響いた。男は指先を心臓に向けただけ。桃色の三つ編みから血が滴る。弱いから殺される。それは仕方ない。殺されたくなければ、強くなるしかない。けれど、なんていうか、この男の強さは異次元だった。夜兎、と聞いた。神様はいつの世も、どの星でも、贔屓をするようだ。
「おーい」
「…なに」
「お、良かった良かった。生きてる」
指先が、心臓を貫かんとばかりに胸を押す。私を殺そうとしている男は、理解の範疇を超えているようだ。私は、疲れてしまって、目を閉じた。
「君さ、名前なんていうの?」
「…なまえ」
「そう、なまえ」
男は指先を引っ込めた。私は少し頑張って、瞼を上げる。瓦礫に背を預け横たわる私に覆い被さるように両側に足をついている男は、やっぱり笑った顔で私を見ていた。にこにこにこにこ。
「…あんたは、」
「ん?」
「なんて名前?」
「…神威」
「…そう」
遠くで、海の音がする。引いては押し寄せる潮の音。もうすぐ、潮の満ちる時間だろう。
「ここに来るときにさ、似てるなあって思ったんだ」
「…どこに?」
聞け、と顔が言っていたから聞いてやった。神威は暫くにこにこ笑っていたけど、ふとそれをやめた。自らを殺そうとする私を殺そうとしていた顔。海の色より青い綺麗な色の瞳が私を見る。
「侍、っていう生き物のいる星」
「さむらい」
「そう、強くなったかなあ」
「さむらいは、夜兎じゃないの」
「違う。人間だ」
人間。この星は、私たちが住むには随分狭くて、それでも宇宙は随分広いみたいだ。私もそうなりたかった。神威は、近くの瓦礫に腰を下ろした。多分、いま舐めたのは私の血だ。どうして私は、強くなりたかったんだっけ。井の中の蛙、大海を知らず。知りたかった、この星を包む大きな大きな海のこと。私が知っているのはひとつ。されど、空の深さを知る。海の青は、空の青を写したんだと聞いた。
「見に行かないかい」
「…は?」
「この星の色と、地球を」
「この星の色」
「俺の目の色みたいらしいけど」
私は、その目を眺めた。この星は、あんな綺麗な色をしているのか。もし本当に、海が空の色を写しているなら。それはつまり、海は宇宙の色をしているということだろう。神威の目には、宇宙が詰まっているのか。いいなあ。
「とりあえず、なまえには俺の子を産んでもらうよ」
楽しみだなあ、と笑った口角を見て、私は死んだふりを決め込もうとした。ばればれだよ、と左腕を踏まれて私は痛みに声を上げる。神威は、楽しそうに笑っていた。
「勝手に死なないでよ」
「どうして私が、」
「俺は、強い子供が欲しいんだ」
神威は乱暴に私を肩に担いだ。損傷した肋骨が悲鳴を上げる。頭に血が上る。下ろして、と右腕で背中を叩いた。
「わがままだなあ」
また楽しくなさそうに笑いながら、神威は私を持ち直した。これなら痛くないかい、と笑う神威の手が背中と膝の裏を支えていて、私は思わず拳を頬めがけて振り上げる。
「やっぱり、俺の嫁になるんならこれくらい元気じゃないとなあ」
にこやかに拳を受けた神威は楽しそうにそう言った。