付き合っているのは内緒にしている。
バレたら、あらゆる人に揶揄われるからというのが理由だった。彼の交遊関係についてはよく知っていたし、揶揄うような人達であろうこともよく分かっていた。だから了承した。
けれど、公表しないということは、彼はいままで通りの付き合いをし続けると同義で、私はそれなりに我慢を続けていた。
勿論、彼だって私を気にかけてくれていたと思う。それでも私は、どうしてもあの交遊関係には敵わないということが、悲しかったし寂しかった。

「悪りい、遅れた」

勢い良く玄関を開けた一角を見る。
朱が差した肌に、お酒の匂い。
早目に切り上げて来ると言ってはいたが、もう朝方に分類しても良い時間になっている。
待ちぼうけの私は、仕方ないからいつも掃除をする。これも良いかな、あれも良いかな、と押入れの中から台所から、とにかくあらゆるところから捨てるものを見つけてはまとめていく。
ああ、アレも、捨てようかな?

「うん」
「松本が離してくンなくてよ」

土産だ、と和菓子の箱。ウン、と受け取って仕方なく開ける。
そこで、女の名を出すか?と思ったけど黙っておく。
ちゃぶ台に用意していた水を、一角は一気に飲み干した。
もう醒めてきたのか、酔っている様子ではなかったけれど私はもう考えあぐねて疲れている。

「もう寝てもいい?」
「おう、悪りいな。もうこんな時間だし、」

最後まで聞かずに、和菓子を置いて布団に向かう。何度も座ったまま船を漕いで、はたと目覚める。
いつ来るか、分からない人を待ち続けるなんて、私も愚かになったものだ。
布団に入って、感触を堪能していると寝間着に着替えた一角も布団に侵入してくる。
彼の寝る場所は開けていたけれど、気にも留めず天井を見つめる。
不毛だ。
そう考えてから、いや彼の頭のことじゃないとひとりでつっこんで、ちょっと笑う。

「…なまえ」
「…なに?」
「…いや」

何か言いたそうな、眉間を一瞥して天井に視線を戻す。
もうなんだか、どうでも良い。
私にはもう、好きかどうかが分からない。
もぞもぞ動いて、背中を向ける。でも掛布を取ってしまわないように、距離は置かない。
同じ方向を向いたらしい一角の腕が私の腹辺りを抱き締めた。

「…いつも悪りいな」

私が聞きたいのは謝罪なんかじゃない。
謝り続けたら、許してくれるとでも思うのか?
その腕すらうっとおしく感じるけれど、そのままにしておく。
息を潜めて、ため息。
いつかこの腕に耐えられない嫌悪を感じるようになるのだろうか。
あんなに好きだったのに、焦がれて焦がれて、ようやっと、この立場を手に入れたのに。
やっぱり、私は身の程知らずだったのかもしれない。
憧れているくらいで、ちょうど良かったのかもしれない。
凍え出す、心が、体が、少しずつ愛を忘れていく。それは、程度の軽いそれなんかじゃあ、もう取り戻せやしない。

「…なまえ…おやすみ」

頭頂部の辺りに、固いものが触れる。多分、額だろう。
私はまた少し我慢を、多分続ける。
そんな気がして、怖くなった。私はもうダメになっている。
わがままのひとつも言えず、不満を飲み込んで飲み込んで、息ができなくなりそうなのに、それでもまだ飲み込み続ける。
目を閉じても眠気が来なくて、ほうっとため息。
そうしたら、額だけじゃなく、背中一面に熱が触れる。
ああもう、イラつく私に、けれど彼は何も言わない。
適切だ。
いまなら、何を言われても響かないし、怒るだろうし、悲しむだろうし、投げやりになるだろう。
それを一角は知っているのだろうか。分かっているのだろうか。
ならなぜ、こんな気持ちにさせるのだろうか。
腹部に回っていた手が、私の腕を探って手に触れる。大きな手。かさついていて、柔らかいところなんてなくて、やけに指が長くて、それなのに、指の腹だけは優しかった。
嗚呼もし、私が一角を切り捨てたら、もうこの手に触れることはできないんだ。もうこの体に触れることはできないんだ。
それを考えたら、まだ少し、未練がある気がした。
寝つけなくて身じろぐ。
どうして、こんな気持ちになるのだろう。蔑ろにされているからなのだろうか。それさえなければ、ずっとあの頃のように、好きでいられたのだろうか?
分からない。
分からないから、どうして良いかも分からない。
彼の手に力がこもる。仕方なく、応じる。起きてるんだ、そう思った。

「…なまえ、」

ぽつりと声が落ちる。
静かな部屋、静かな明け方。
静かな、私たち。

「思った、ん、だけどよ」

起きているかも確認せずに言葉が放たれ続ける。
私は、黙って聞く。都合が悪ければ、寝ていることにすれば、良い。

「やっぱ、お前のこと、言わないのって、ずりぃよな」

私はただ、目を閉じて、やり過ごす。

「俺の都合で、なまえに我慢させんの、筋が通らねえな」

気がつかなかった、と声が少し寂しそうに笑う。

「あー、だからよ、もう…ダメなら仕方ねえが、」

ちゃんと言うから。
声が強張って、私にも緊張が移る。
ぎゅう、と手を握られて。

「ちゃんと、言うから、…まだここに居てくれるか」

ここ、が、どこ、かはよく分からなかったけど、私は小さく、いいよと言った。
まだ、好きでいたい気持ちがあった。
まだ、手放したくない気持ちがあった。
本当にダメになったら、さようならをする。そう、心の中で呟いた。
それまでは、彼の気持ちに寄りかかって、いたいと、思った。