あなたの為なら私は、天高き玉座から神を引きずり降ろすだろう。私のすべては、ただあなたの為に存在している。ただ、美しく気高く優しい、唯一神と等しいあなたの為に。あなたの為なら、こんな世界要らない。

「骸様」
「…ああ、なまえですか」
「痛み、ますか」

骸様は何も言わずに、また窓の外へ向き直った。今宵の月は、宵闇を裂くほど鋭く尖るも、宵闇に喰われてしまうほど矮小だった。骸様は右目を覆っていた手を緩慢に下ろし、窓枠にかける。

「大したことではありません」

骸様はとても優しい。大したことではない、君たちの痛みに比べれば。いつもそう言う。その度に私は涙を堪えねばならなくなる。分かっているのだ。千種も、犬も、私も。一番痛く苦しく辛いのは骸様であることくらい。

「なまえ」

呼ばれて私は近づいた。骸様は優しく微笑み、私の左腕を少し持ち上げ内側を撫でる。ゆっくり、ゆっくり。もう生傷なんて無いけれど。

「なまえの方がもっと痛かったでしょう」
「いいえ、もう忘れました。この体は、骸様のものですから」

傷つけるなんて烏滸がましい。これは骸様の所有物だ。骸様はそうすることで私たちを楽にしてくれる。私たちはもう、存在意義だとか、自殺願望に悩まされることはない。なぜなら私たちは骸様の手足となる為に存在し、私の体は一寸余すことなく骸様のものだからだ。

「…そうですか」

優しく微笑んでいるのか、悲しんでいるのを隠しているのか、分からないことがよくある。私たちのすべてを背負う骸様はどれほど辛いのだろう。私たちの業はどれほど重いのだろう。骸様はいつも、私たちに弱さを見せない。私はそれが悲しい。私だけでない。千種も犬も、悲しんでいる。

「なまえ」
「はい」

骸様はこの宵闇のようでもあるし、この鋭く矮小な月のようでもある。傷跡まで照らす光から私たちを守ってくれるし、足元すら見えぬ私たちの標であり神でもある。

「僕は、ただの人間です。なまえや千種、犬と同じです」

私の心を読んだように、骸様は目を伏せる。私も、何も言えずに目を伏せた。いつもみな、骸様の身を案じています。心配しています。もたれかかってくださっても支えられるように、私たちはより頑丈で器用で有能な手足になりたいと願い、骸様の命をこなしている。骸様はどうして、ひとりで歩まれるのでしょう。私たちはいくら傷ついても厭わぬというのに。神様。その玉座の座り心地は如何ですか。

「僕は、神になれたらいいのにと思ったときもあります。そうであったなら、なまえも千種も犬も、幸せにできるでしょう」
「骸様は神様です」

私たちを掬い上げた手を握る。温かい。千種や犬と変わらない、手のひら、指先。拙い私とは違う。

「私たちは幸せです。千種も犬もそう思っています。骸様の、おかげです」

骸様が顔を上げる拍子に、軟骨に嵌め込まれたシルバーのボディピアスが僅かな月光を反射する。六の刻まれた赤い眼と、私たちと変わらない黒い目が、私を見た。

「とんでもない。救われたのは僕の方ですよ」

この手はこんなに汚い。汚い手で僕は、君たちの手を掴んだのです。骸様は目を細めて自嘲した。私の握った手を、骸様も握り返す。だから私も、手を強く握った。

「そんなことありません! 骸様は綺麗です」
「なまえ、」
「それに、汚れたなら洗えばいいんです」

骸様は少しだけ驚いたように目を開けて、いつものように声を上げて笑った。それ、千種と犬にも言われました、と。




みんな大好き骸様。