例えばあのひとの惜しまぬ愛が私に注がれたなら。
例えばあのひとのたゆまぬ愛が私に注がれたなら。
私は柔らかい羽根を妬むこともなかったろう。
私はこの身を憎むこともなかったろう。
例えば私が美しい小鳥であったら。
目を閉じた。
土はひんやりと心地良くて、翳された草花は私を太陽光から守ってくれる。空から守ってくれる。
もう動く気はない。もう生きる気もない。
何を見ても聞いても触れても辛くて苦しくて悲しくて妬ましくて気が触れそうだった。
これ以上醜くなんてなりたくない。
美しいのは天翔る可愛らしい小鳥であって、地を這う黒い生きものではない。
あのひとに愛されるのは天翔る可愛らしい小鳥であって、私でない。
花に塗れてみたけれど、隙間から覗く私は相変わらずただの黒いかたまり。
美しい恋の結末に溺れた私は、息もできずに沈んでいく。
泳ぐふたりを映す目なら、潰してしまえ。
寄り添うふたりを妬む心なら、壊してしまえ。
「なにも見たくないの」
熱い熱い眼窩が痛むけれど、心の痛みに比べたら大したことはない。
流れる涙は赤く染まって止まらずに土に染みていくだろう。そうしたらここに咲く花は赤くなるのかもしれない。
目を潰したって、以前私の見たものは忘れられずに脳内に映される。
それが辛い。それは辛い。
「もう死にたいの」
真っ黒いかたまりを映す鏡の鋭い破片。
くたりと垂れた首から熱が染み出す。もう手足に力が入らない。支障はない。
体から熱が放出されるせいで頭はいやに冷えて醒めていく。
恋焦がれたあのひと。
恋焦がれたあのひとに愛でられた美しい小鳥。
私は。とんだ道化で。
青い青い空の下、土を覆い隠す緑。そよぐ風は滑らかに。
私の要らない世界は私がなくたって美しかった。
黒なんて、影と夜空だけで良かった。
光を引き立てる影、星と青空をより美しく見せるための夜空。
暗い影から黒い私が垣間見てしまった世界は、目が潰れるくらいに眩くて煌めいて輝いて。
ああ、私は、どうして、あのひとに愛される美しい小鳥として生まれてこれなかったのだろう。
どうして私は地を這う醜さで黒く染まってしまったのだろう。
「泣かないで」
熱と一緒に私が流れ落ちていく。
土に染み込んでいく。
今度は、いや、もう二度と、生まれてなんてこないように。
嗚咽をこらえて唇を噛んだ。
私がここで沈んでいこうとしているのを誰も知らない。
私が明日からいなくなったって誰も気に留めない。
こんな辛い思いをするなら、なんにも見なければ良かった。聞かなければ良かった。触れなければ良かった。感じなければ良かった。
もう、さよならしよう。
もう泣かなくていい。
「笑ってちょうだい」
もそりと、裂いた首が痒みを覚える。潰した目が痒さを訴える。
感覚のなかった指先が小さく動いて私は驚いた。
引きずるように指先を首に当てる。
くしゃりと何かに触れた。
「あなたはこんなに美しいのに」
感覚を辿っていけば、柔く細長いそれは滑らかで平らななにかを生やし、頂点には。
「ここに、あなたの色をした花を植えましょう」
花、が。
私の首からは沢山の花が伸びていて。
流れていったはずの熱も意識もすべてかき集められる。
硝子で潰したはずの目はぱちりと開いて。
映ったのは、手やら腕やら肌の中、一面に咲く花々。白も赤も紫も青も浅葱も橙も、色とりどりの花が咲いている。
それ以外には何も見えない。
「美しいものだけを」
透けて見えるのは世にも綺麗な花で、ひたすら黒く固かった皮膚は柔らかく色鮮やかに咲いていた。
「もう泣かなくていいように」
体を起こした。
世界は変わらないけれど、私は変わった。
美しい小鳥にはなれないけれど。
あのひとに愛されることはないけれど。
「でも、ここにいるあなたの花を愛してあげて」
土を割ったその蕾は、美しい黒色。
私が捨てた黒色。
ちょっとだけ、泣いた。