あの子が羨ましかった。妬ましかった。そんなことを思う自分が嫌だった。でも、どうしようもなかった。私が一番、一番傍にいたよね? いま、一番傍にいるのはだれ? 教えてよ。知りたくないよ。私だと思っていたよ。ぜんぶぜんぶ、私だけだと思っていたよ。
 ぐるりと寝返りを打つ。細く見えて、広い背中。重力に従う金髪。なぜか尖った耳とピアス。わずかに空いていた距離を詰めて。その背にぴたりと寄り添う。

「…なまえ」
「なあに」
「…離れろ」
「なんで?」
「…なんでもだ」
「いや」

 ぜったいにいや、と私は言い切った。おりたたんで背中につけていた片腕をするりと蛭魔の腹にまわす。固くて、割れたそれを指でなぞる。すぐに、彼の手に捕まってしまうけど。その手が、熱い。手がダメなら、足だ。スエットを履いた足に、ショートパンツの足を絡める。

「筋肉痛、痛い?」
「…いてーよ」
「もう、がんばれない?」
「…どういう意味だよ」
「ひるま、」
「どういうつもりだ」
「分かんない」
「…」
「分かんないけど…だめ?」

 ずっと背を向けていた蛭魔が、寝返りを打って私を正面から見据えた。眉間にしわが寄っていて、どこか拗ねているような、何かを疑っているかのような表情を隠さない。黙り込んだ彼を、じっと見つめる。心臓が、痛いくらい早鐘を打っていた。もう、戻れない。どっちに転んでも、もう戻れないんだ。
 重い沈黙。私を探るように見つめる目。それに負けじと応える私の双眸。根負けした蛭魔が、腕を伸ばして私の頬を親指でなぞった。

「ゴムがねえ」
「もうすぐ生理だから、大丈夫」
「…知ってっけどよ」
「ひるま、」
「…うるせー」

 頬をなぞっていた手が、がっと後頭部を掴んだ。そのまま引き寄せられて、薄い唇が、私のそれに、触れた。初めてのキスは、なんの味もしなかったけど、強いて言うなら罪の味がした。すぐに唇を離した蛭魔は、私の肩を押して仰向けにさせると同時に、自分も体を起こして私に覆いかぶさる。
 複雑な表情の彼を見上げる。なんでも良いから抱いてよ。私だけの特別をちょうだいよ。あの子の知らないあなたを私に教えてよ。私は嫉妬に負けて、私は優越感という名の蜜を舐めたくて。その代償になにを差し出すことになるのだろう? 見つめる目は、なにかを考えているようで、でも確かに私を見ていた。

「…後悔すんなよ」
「しないよ」

 場にそぐわない、私の明朗な声。蛭魔がもう一度上体を倒して、首を傾げた。目を閉じて、触れ合う唇の冷たさ、薄さを感じる。少しだけ開けたその間から舌がぬるりと入り込んだ。どうして良いか分からなかったけど、逃げなかった。ぺろりと舌を舐めたら、すぐに舐め返される。そのまま、擦り合わせるように絡め合って。それだけでもう気持ち良かった。
 私は私の尊厳をぐちゃぐちゃに踏みにじって、代わりにいっとう特別な彼の体を手に入れる。手に入らないこころの代わりに、体を手に入れる。これだけは、たったこれだけは、私のものだ。そう、思っていたくて。
 蛭魔の手が、私の着ているオーバーサイズのTシャツを捲り上げる。下着をつけていない胸を大きな手が掴む。抱き締められるほど厚顔無恥じゃなかった私は、彼の両腕をゆるく掴んだだけ。仰向けに流れた胸をもにもにと刺激されるのは生まれて初めてのことで、くすぐったさが勝るも先が尖っていくのが自分で分かる。恥ずかしい。閉じていた目を、さらにぎゅうと瞑る。じゅる、と舌を吸われて、唇が離れていく。目を、開けられなかった。こわかった。けれど、蛭魔は何も言わずにはあ、と息を吐いて今度は胸の先を舐めた。突然のことにびくんと体が震える。そんなこともお構いなしに、彼の舌は先端や熟れたそのまわりを舐めたり、吸いついたりしている。私は声が出そうになるのを息で殺していた。恥ずかしかったし、そうすべきな気がしていた。

「…なまえ」
「…ん、なあに、」
「…ほんとに良いのか」
「…いいよ」

 名前を呼ばれたから仕方なく薄目を開けて蛭魔を見た。おりた髪の隙間から目が合う。その声が、優しくて優しくて、そう、蛭魔は本当はとても優しい人だってことを思い出させて、涙が出そうだった。でも、泣いたらここで終わりになる気がしたから手の甲を当てて目もとを隠した。泣くな、泣くな、こんな幸せなことが他にあるか。初めての相手が、ずっと好きな人だなんて、こんな幸せなことが他にあるか。
 胸から口を離した蛭魔は、ゆるいショートパンツに手をかけた。下着ごとするりと足から抜かれる。恥ずかしい。何か、変じゃないだろうか? そう思っても分からないし、後の祭りだ。蛭魔の左手が太ももを開き、右の指先が、整えられた薄い下生えの下のぬかるみに触れる。肌と肌の間の、ぬる、とした感触。ああ。

「手、どけろ」
「…うん」

 言われた通りに目もとを隠していた手をどけて、ちらりと蛭魔を見た。目が合う。少し細めた目つきがとてもセクシーで、なんて格好良いんだろうとクラクラする。すぐに視線をそらした。カーテンが、少しだけ開いていた。
 その指が少し動いて粘液をまといながら広げていく。かり、と小さな芯に指先が引っかかったとき、私の腰が大きく弾けた。でかかった声を両手で口をおさえることで封じて、急な刺激に思わずまばたきを繰り返す。

「強かったか?」
「…ゃ、わ、かんない」

 こんな、愛の伴わない行為の真っ最中なのに、蛭魔は当たり前のように私に話しかけてくる。無視するわけにもいかず、けれど初めてのことに心臓が大暴れしていた私は、よく分からないまま分からないと答えるしかない。ぺろりと濡れた指先を舐める蛭魔を、つい目で追ってしまう。目線を下にやっていた彼は、私の視線に気づいて目を合わせてくる。ずっと真面目な表情だった蛭魔が、やっと片方の口角を上げて笑ってくれた。

「エロい味」

 それがもう、格好良くて格好良くて、口を開けば好きと言ってしまいそうで、私は唇を引き締めたまま顔をそらすことしかできなかった。わずかな頭の動きを見た彼は、右手でも太ももを倒して足を開かせる。恥ずかしい。なんて恥ずかしい体勢なんだ。そう思っていたのに、彼は躊躇なくかがみ込んでそこを舐めた。

「ひゃっ」

 言ってから口を塞いでも遅いのは自分でも分かっている。べろりと舐め上げられて、驚きの声が出た。それから、先ほど引っかかれた芯をやわらかく舐められた。腰が弾けるような強い刺激はこなくて、じんわりと快感が襲ってくる。太ももをおさえる手に手を重ねて、はあ、と大きく息を吐いた。これが、気持ち良いってことなんだ。下腹が熱を帯びる。やさしくやさしく舐めたり吸われたりを繰り返されて、そのはずなのに波は強く激しく押し寄せる。首をのけぞらせて、息を吐いたり声を我慢していたりすると、蛭魔の左手が、重なる私の手をぎゅっと握る。指先が絡まる、いわゆる恋人繋ぎだ。右手はするりと太ももから離れていくと同時に、蛭魔が私の芯の部分をぢゅっと吸って口を離した。終わった、と思いかけて、まだまだなことを思い出す。顎を引けば、細めた目とまた目が合う。そして、最初に触れられたときよりもぐずぐずにぬかるんだ穴に、指が一本、ゆっくり侵入してきた。はあ、と息を吐く。左手で枕を握り締めた。入り込んできた指は緩慢な動きで私を割り開いていく。肉の感触を確かめるように、きつく閉じられた中でわずかな隙間を探すように、指が私をこじ開ける。痛くは、ない。ただ、違和感だけがそこにあった。

「…痛くねーか」
「…うん…なんか、変な感じ…」
「処女ならそんなもんだろ」
「…そ、なのかな…」
「慣らさねーと痛ぇぞ」

 指が、くいと曲がった。変な感覚。ゆっくりと抜かれて、やっぱりゆっくりと入ってくる。小さく液体の音がして、恥ずかしい。抜き差しを繰り返しているうちに、動きがスムーズになっていくのが自分でも分かる。

「なまえ」
「…ん、」
「目ぇ閉じんな、俺見てろ」
「…うん」

 どういうこと? と思ったけれど何も言えず、頷く。はあ、と息を吐いたら、そのタイミングでぐっと指が深く入った。ふる、と足が震える。またずるずると指が抜けていく。

「指、増やすぞ。息吐け」
「う、うん…」

 ふう、と息を吐いたタイミングで、入ってくる指の圧迫感が先ほどより強くなる。指が、二本。内壁を擦るように、くぷくぷと入ってきて。一番奥まで入った指を馴染ませるように動かすのをやめた蛭魔が私を見る。

「大丈夫そーか?」
「わ、分かんない…聞かないで」
「…そーかよ」

 ぐるっと中を拡げるように指が大きく動いた。心臓がうるさい。左手は私の右手と繋いで、右手は指を使っている蛭魔が上体を倒してくる。キスされる、そう思って目を閉じた。べろ、と唇を舐められて、噛みつくように唇が重なる。荒いキスの最中に、二本の指が抜き差しを繰り返す。私の気を散らすためかもしれない。お腹側の壁をざりざり擦られて、また違和感を覚える。枕を掴んでいた左手で蛭魔の肩を掴んだ。本当は首にまわしたかったけれど、できなかった。どうして舌を絡め合うだけでこんな不思議な感覚を得るのだろう。んくんくと舌の動きに応えていたら、蛭魔の舌が私のそれをべろんと舐めて、唇が離れていく。そして、指が抜けていった。

「…本当に良いんだな?」
「…いいよ、おねがい」
「チッ…生でいれんぞ」
「うん…」

 スエットと下着を下げた蛭魔の、それを見る気にはなれなくて視線をそらす。そんなことは気にならないようで、すぐに膝の裏に両手を当てられてぐい、と押されたと思ったら、ひた、と何かが指でひらかれたそこに当たる。ぐ、と圧。指二本よりも遥かに太い。こわくてシーツを掴んだ。滑らかに太くなっていくそれが、じわじわと私を穿つ。ぐいぐいと突き進んでくる蛭魔に、耐えきれずに腕を掴んだ。ぎゅうと握る。

「…もう少しだ」
「…ん、」
「きつ…」

 譫言のように蛭魔はつぶやいて、けれどその質量はめりめりと私の穴を拡げていた。そして、ぴたりと蛭魔の肌とぶつかる。全部入った。そう思って息を吐いた。目を上げて視線をやれば、蛭魔が笑っていた。

「…入ったぞ」
「…うん、おっきいね…」
「お前の処女切ったの、俺な」
「わ、わざわざ言わないで…」

 期待しちゃうよ。そんなこと言わないでよ。好きな気持ちが暴発しそうで、私はやっぱり息を吸って吐いた。その途端に、ずるとそれが抜けていく。抜けたと思ったら、ぐっとまた入り込んでくる。私を気遣った、優しい抽送にぞわぞわと違和感が背筋を這い上がる。仕方ない。初めてが気持ち良いものになるとは思っていない。ただ、蛭魔とセックスをしているということが重要なのだ。抜き差しのスピードはだんだんと上がっていく。動くことで、お互いの体液とおぼしきものの音も響く。試合のときのような真面目な表情で、首筋に汗が一筋伝っていて、私の足を押し込める手が少しだけ強くて。私はこっそり唇を噛んで、衝撃で飛びでそうになる声をこらえた。胸もとににじんでいた汗を、蛭魔が舐める。シーツを掴んでいた手を、脇から差し込んで背中にまわした。それに応えるように、蛭魔は上半身を倒してくれる。熱い、背中。うっすらにじむ汗。眉間に寄る皺。蛭魔も、気持ち良いと良いなと思ったけど、こわくて聞けなかった。
 彼の段差が中を引っかけるように出ていく。奥を突き刺すように入ってくる。ぐずぐずに濡れているのが分かる。上がっていた息を隠せずに、爪を立てないように手に力を込めた。

「っあー、」
「…っ、」
「なまえ」
「ん、」
「出る」
「ぅん、」

 急に動きが変わって、ぐいっと中まで押し刺さる。それが何度か繰り返されて、ずるっと抜けていったと思ったら、お腹に熱いものがばらまかれる感触。下腹を擦るそれが、びくびくと震えていた。終わった、一番にそう思った。ついにやってしまった。最後まで、できた。まだ、入っている気がしてならない。私は、じんじんと熱を持っている。あったはずのものが、なくなる感覚を、初めておそろしいと思った。ふたりの息遣いだけが寝室に響く。頭がぼんやりする。達成感だけが、私の胸に強く強くあった。
 がくんと力が抜けた蛭魔を見上げれば、薄く開いた口から覗く八重歯がとんでもなくセクシーだ。疲れたような目の、けれどその強さから目が離せなくて、どうしようもなかった。どうしようも。この恋も、どうしようもなかった。どうしようも。