ノックもなく扉が開いて、蛭魔が帰ってきたことを知る。持ってきた避妊具を使い切った蛭魔はそれでもぴんぴんしていて、というかさらに元気がでたらしく、早速先生のデコトラを売りに行った。そのお金で、カジノにはいるための正装を買うらしい。私はベッドから起き上がれず、でかけていく蛭魔を片手で見送った。

「まだへばってんのか?」
「…誰のせいよー」
「俺」
「…もう起きる」
「そりゃ良かった。ドレスがムダにならずに済む」
「ドレス?」

 ぱさ、と蛭魔が私の寝ているベッドになにかを放った。もぞもぞ起き出してそれを見てるみると、淡いピンク色の、タイトドレスだった。タートルネックで、首から胸の上までが同じ色のレースになっているから、蛭魔につけられた跡も気にならなさそうだ。どうやら、私もカジノに行くことになっているらしい。

「サイズ合ってる?」
「なまえの体なら隅々まで把握してる」
「…良いから! そういうのは!」
「なまえが聞いたんだろ」

 呆れた顔の蛭魔はさっさとスーツに着替えていて、それがとても似合っていて格好いい。もう行くの? と聞いたら、行く、と言うので私も着替えることにした。バスローブを着ていた私はブラをつけていなかったので、肩紐を外してからバスローブを脱いで下着をつける。ドレスは背中ファスナーで、蛭魔に上げてもらった。体のラインがでるぴったりとした膝丈のドレスだ。アクセントでウエストを飾る大きなフリルがかわいい。

「似合うかなあ…」
「最高」
「蛭魔の意見は聞いてないっ」

 照れて怒る私を笑っていなした蛭魔は、座れ、と言う。よく分からずベッドに座った私の素足に、跪いてハイヒールを履かせてくれる。高い鼻がよく見えるアングルはなかなかなくて、ドキッとしたけどなんともないようにストラップをつけてもらった。持ってきていて良かった、ヘアアイロンで髪をクルクル巻いて簡単にアレンジをする。メイクをして鏡越しに蛭魔を見れば、目が合ってしまった。

「できた!」
「馬子にも衣装だな」
「褒められてるということにしとく」

 私を待っていてくれた蛭魔が立ち上がる。ぐい、と腰をひかれて部屋をでた。ホテルのロビーで時間をつぶしていたらしいみんなと、近くのカジノに向かう。なにもできないよ、と宣言していた通り、私はとりあえず蛭魔にくっついて歩いて、蛭魔がブラックジャックで大勝ちするのを拍手で祝う。先生の借金返済分とホテル代と飛行機代とちゃっかりもう少し稼いでいた蛭魔は機嫌良さそうに私の腰に手をまわす。こういうことをするから、付き合っていると誤解されるのだ。でも、拒まない私も共犯だ。そもそも蛭魔を好きな私には拒む理由などない。でも、姉崎さんとも距離近かったな、とアメリカ戦を思い出す。そういうことするから、と思うけど、蛭魔が誰を好きなのか、好きじゃないのか、そんなの私には分かりっこないのだ。
                 *
 帰国したらすぐに二学期、すぐに秋大会が始まる。大量にあった夏休みの宿題を、夏期講習中に片づけておいて本当に良かった。時間がかかりそうな蛭魔の宿題も手伝って、二学期が始まった。
 放課後の練習が二十一時までになって、蛭魔とはほとんどすれちがいの生活だった。それでも、少しでも一緒にいたくて、話していたくて、蛭魔がシャワーを浴びている間に夕飯を温めなおして、ミルクティーを飲みながら話をする。私は、蛭魔が少しでも早く帰ってこようとしてくれてるのを、知ることはない。蛭魔より先に寝ることが多くなって、気がつけば朝なんてことも、朝練の時間も早まって、起きる頃にはもうひとりなんてことも増えた。蛭魔がどんどん遠くなっていくのを痛感していた。

「十一日? 行く! なにがあっても行く!」
「そー言うと思った」
「楽しみだなあ。でもこわい」
「なまえもチアってことにしとけば、中まで来られるぞ」
「…ううん、やめとく。ちゃんと観客席から応援するよ」
「…それで良いなら良いけどよ」

 私は、デビルバッツとはなんの関係もないのだ。ただのファン一号でしかない。それに、蛭魔の彼女と思われているだけの私が近くにいるのも、部員のみんなはよく思わないかもしれないし、キャプテンが私情をはさんでいるとも思われたくない。私には、観客席がお似合いなのだ。仕方ない。
 二学期が始まって数日。私はもう、夏休み前のペースを思い出しつつあった。この、勉強に追われる日々。何度、同じ高校だったならと思ったことだろう。けれど、そんなことをいってもなにも変わりはしない。

「…蛭魔」
「あ?」
「頑張ってね。絶対負けないでね」
「当たり前だろ」
「クリスマスボウルに…連れて行ってね」
「…おう」

 ダイニングテーブルの上、少しのりだして小指を向ける。すぐに察した蛭魔が、長い小指を巻きつけてくれた。蛭魔、好きだよ。いつになったら言えるかな。言ったら、全部壊れちゃうかな?

「そんなカオすんな。負けねーよ。俺たちは」
「…うん」

 私が、励まさなきゃいけない立場なのに、どうして蛭魔にこんな顔をさせてしまっているのだろう。絶対勝てるなんて、そんな保証は誰にもない。蛭魔だって、私をこれ以上悲しませないために言っているのだ。そんなの分かっている。私はだめだなあ。いつもいつも、蛭魔に助けられてばかりだ。
 少しだけ小指に力をこめて、それから、私から離す。せめて蛭魔の邪魔だけはしたくないから。私のことになんか構わずに、ずっと、ずっと前だけ見ていてね。

「蛭魔…頑張ってね」
「…おう」

 今日も私が先に寝た。待っていようかと思ったけれど、負担になりたくなくて蛭魔が自室にくる前に眠りについた。
 朝は六時のアラームで目覚める。隣に体温はもうない。起きて、支度をして、ひとりで朝ご飯を食べる。寂しい。明日から、蛭魔と同じ時間に起きて、送ったらもう一度寝ようかななんて考える。これなら、家にひとりでいるのと変わらないや。なんて、自分本位な考えを打ち消した。蛭魔には蛭魔で頑張っていることがある。私には私で頑張ることがあるのだ。
 開会式まではあっという間で、ついに明日だ。今日は早く帰ってきた蛭魔とゆっくり夕飯を食べる。意識していつもどおりの時間を過ごして、明日に備えようと早めに寝ることにしたら、蛭魔も後ろをついてきた。

「もう寝るの?」
「…ああ」
「随分早いね。だいじょうぶ?」
「なまえ、」

 あ、と思った。最後にしたのは何日前だったっけ。蛭魔も、抱えきれないなにか思いがあるのかもしれない。明日。明日からすべては始まる。気づかないふりしてカーテンを閉める。掛布を避けて、ベッドに座りこんだ蛭魔を抱きしめた。

「だいじょうぶだよ」
「…なまえ」
「だいじょうぶ」

 どちらからともなく唇を合わせる。ぎゅっと蛭魔を抱きしめて。全部忘れよう、忘れさせようと、夢中で舌を絡めた。唇を離せば、目を見ることもなく蛭魔が首筋に顔を埋める。ぺろぺろ舐められながら、蛭魔の頭をかき抱いた。蛭魔の手は寝間着の中にはいりこんで、胸を揉む。反応した足の間が、すぐに湿り気を帯びだした。

「んん…」

 シャツを脱ごうとすると、蛭魔が性急に脱がせようとしてくる。急いているような余裕のなさに、かわいげを見つけて口角が上がる。すぐに胸の先を口に含んだ蛭魔は、舐めたり吸ったりを繰り返しては刺激を与えた。蛭魔の足の上に座らされて、焦れったい。気を紛らわそうとぺたぺた蛭魔を触っていたら、蛭魔が口を離した。

「…あんま触んな」
「…なんで」
「すぐいっちまうだろ」
「…どういう、」

 蛭魔が、普段避妊具を出すひきだしを開けた。もう? そう思って目をやると、でてきたのはふわふわの手錠だった。

「ちょ、なにそれ、」

 蛭魔はなにも言わずに、私の両手を背中側に持っていく。かしゃん、とそれが鳴って、腕を動かせなくなる。私が声をかけるのも無視して、蛭魔は胸を舐るのを再開した。どうにかできないかと腕を動かしてみるけれど、それはびくともしない上に、頑張ると胸をつきだす格好になってしまって恥ずかしい。

「ひるま…こんな趣味あったの…」
「…男はみんなあんだよ」

 胸を舐めながら、蛭魔の手が足の間に滑り込む。どこにも手をつけていなくて不安定なままがこわくて、蛭魔の頭に寄りかかる。下着の横から指が入りこんで、とうに濡れているそこを指が往復する。目をきつく閉じて、その刺激に耐えようとするも難しくて声が出た。それに気を良くしたように、蛭魔は上のほうの突起を擦りだす。びりびり痺れるような刺激が強すぎて、全身が震える。

「んん〜、」
「一緒にされんの、好きだろ?」

 そう言うと、蛭魔の長い指が濡れた穴に侵入してくる。浅いところを強めに擦られて、唇を噛みしめた。胸と、下半身を同時にせめられて、もうなにも考えられない。早くいきたい、と震える体で快感を追ってしまう。私の浅い呼吸音が、水音に紛れて部屋にわだかまる。ぐりり、と突起を押されながら指を振動させられて、それが弾けていく。びくん、と揺れると同時に胸の先を噛まれた。ひ、と噛み殺せなかった悲鳴がこぼれでる。いったのに、指の動きが止まらなくて、私はいやいやと頭を振る。けれど許されない。

「ま、って、まって、」
「…もっといっちまえ」
「うぅ、ん、だめ、あ、あ、おかしくなる、ぅう、」
「なっちまえよ」

 すぐに絶頂が見えて、さきほどとは比べものにならないなにかが体を突っ切る。体が勝手にびくびく跳ねるのを止められない。さすがに手を止めてくれた蛭魔は、涙目で肩で息をする私にひとつくちづけを寄越した。まばたきをしたら涙が頬も伝わずに落ちて、目を閉じて蛭魔に寄りかかる。こんなにされても、寄りかかるしかない蛭魔への気持ちを実感してどうしようもなかった。

「いじわる…」
「褒めてんのか?」
「…そんなわけないでしょ、」
「よがってたくせに」
「ちがう…」

 蛭魔は私をベッドにうつぶせにする。背中側に手首を拘束されているせいで、仰向けにはなれないと思ったのだろう。下半身を起こして体勢を整えている間に、蛭魔がゴムをつけていた。すぐに、ぐずぐずになったそこに熱くて固いものが挿入される。枕に頬をつけているだけだと口をふさぐものがなくて、歯を食いしばった。ばちん、とお尻に蛭魔の体が当たる。

「もう子宮、おりてきてんぞ」

 笑うように蛭魔が言う。恥ずかしくて、目を閉じたけどどうにもならない。ぐん、と中に入りこんでくるだけで、真っ暗なまぶたの裏に光が走る。遠慮のない動きが、私の体を揺さぶる。

「ひる、ひるま…」
「…ぁ?」
「き、きもちい?」
「…サイコー、」
「あっ、」

 ぎりぎりまで抜けたと思ったら、一気に奥まで穿たれて、もうなにも考えられなかった。もっと、もっと突いて。もっと、気持ち良くして。そんなことしか考えられない。背中で、手首がかしゃかしゃ鳴っていた。蛭魔の息遣いが聞こえる。腰を掴む手が強い。もっと、もっとして。ぱん、と肌がぶつかった。蛭魔が私で気持ち良くなれているという事実を噛み締めたかったのに、そんな余裕はもうない。蛭魔は、いく直前にちいさく私の名を呼んで、大きく息を吐いていた。
 結局、蛭魔が満足して私を解放したのはいつも寝る時間より遅くなっていた。シャワーを浴びにいく蛭魔についていこうとするも、足に力が入らずに中途半端な体勢で唸っていたら、蛭魔がひょいと抱えあげてくれる。

「ありがと…」
「生きてるか?」
「なんとかね…。蛭魔は元気そうだね」
「鍛え方がちげーんだよ」

 ふ、と笑う顔が、好きで好きで、胸が苦しい。温かい体が、恋しい。その首に、かじりつきたかった。私もその体に、跡を残したかった。もう気を抜けば、好きだよ、と言ってしまいそうだった。けれど、こらえた。いまは、前を向く蛭魔を応援していたい。私はただ静かに、蛭魔の、心臓の音を聞いていた。今日はよく眠れそうだと思った。頑張ってシャワーを浴びて髪を乾かさなきゃいけないけれど、きっと蛭魔が全部やってくれるから。そう思って目を閉じた。いつまでも、この幸せを噛み締めていたかった。