蛭魔が五分五分とみていた巨深戦は、最後の最後まで結果が見えず、心臓が痛くてたまらなかったが、泥門が辛勝した。泥門チビーズの大活躍、蛭魔の高難度トリックプレー、諦めなかったみんなの、積み重ねた努力が、ぎりぎりで巨深を上回った。最後にねじ込んだタッチダウンの声で、安堵のため息がでる。心臓が、早鐘を打っている。勝った。勝ったよ。涙が、次から次へと溢れて止まらない。喜び合うみんなから少し離れたところにいる蛭魔が、私を見て笑った気がした。
また電話で呼ばれて、みんなで試合を見る。次の相手は東京大会優勝候補の西部に、決まった。
「体育祭?」
「そー。これからな。暇だろ、勉強やめて見にこいよ」
「良いけど…他校生入れるの?」
「入れる入れる。糞チアも、西部の偵察もきてるくらいだしな」
「分かった。支度して行くね」
体育の日、学校は休みなので蛭魔の家で勉強していたら電話が来た。私立校は休日に体育祭なんてやるんだ、と思いつつ、外出の準備をする。日焼け止めをしっかり塗って、いつもよりメイクをしたら、家を出る。着いたときには玉入れをしていて、蛭魔が抜群のコントロールを見せていたところだ。そのへんの段差に座って、それを見る。
「あ、」
「お」
「溝六先生じゃん!」
「なまえじゃねーか。わざわざ見にきたのか?」
「うん。蛭魔が電話くれたから」
「そーかそーか…」
先生が隣に座る。デスマーチで再会して、秋大会を見に行くときも一緒だったけど、ゆっくり話す時間はなかった。先生がもぞりと座り直す。
「なんだ、蛭魔と付き合ってんだって?」
「…んー、まあ、そんなとこかな…」
「お前ら、中学のときから仲良かったもんなあ」
また、嘘をついてしまった。そうだと断言できるほど蛭魔の気持ちは見えないし、でも違うというには近すぎた。それから、わずかなプライドだ。蛭魔のいちばんは私だって、思いたい気持ちが、私に嘘をつかせる。
「あいつも、ずっとひとりで頑張ってたからな」
「…うん」
「支えてやってくれや」
「うん」
先生はそう言って立ち上がる。いってらっしゃい、と別れてグラウンドに目をやる。なんだかんだいきいきした蛭魔が、いろいろやっているみたいだ。良いなあ。楽しそう。そう思ったら、自然と笑みが浮かぶ。
*
激しく長い西部戦が終わったあと、私はどうして泣いているか分からないほど泣いていた。負けても三位決定戦があるのは分かっていた。でも、でも。本当に僅差だった。もう一歩、ほんの数ミリの差だった。でも、ムサシが帰ってきてくれた。嬉しくて、悲しくて、どうしようもない涙が溢れていた。このときばかりは自分から蛭魔に連絡をして、みんなに、ムサシに会いたいと言えた。
「ムサシ!!!」
蛭魔の隣に立つムサシの姿に、また泣けた。もう顔がボロボロだ。走り寄って、向かいで立ち止まる。いままでのノリで抱きつきたかったけど、蛭魔がいるからやめた。
「なまえ、泣きすぎだ」
「だって、だって、ムサシが」
「待たせたな」
「ほんとだよう。待たせすぎだよう。蛭魔と栗田くんがどんな思いだったか…」
「あー、泣くな泣くな」
ムサシが、ポンポンと私の頭を撫でた。すぐに、おっと、と言って手は離れていく。ほら、とムサシが蛭魔の背を押したことにも気づかず、私は泣き続けていた。戻ってきてくれたこと、本当に嬉しい。嬉しくて仕方ない。けれど、それ以上に、蛭魔の気持ちを思うと泣けた。一番、一番、待っていたのは蛭魔と栗田くんだ。ずっとずっと、この日がくることを待っていたんだ。片手でぎゅうと抱かれて、背中をさすられる。抱きしめられた、匂いで分かる。蛭魔だ。
「か…」
「か?」
「勝ちたかったあ!」
「…そーだな」
今度はそう言いながら泣き出した私の頭に、蛭魔が頬を寄せた。泣いている場合じゃない。一番悔しいのはみんなだ。私が慰められていいわけない。でも、涙が止まらなかった。ハンカチが、涙で絞れそうだ。
「ごめん」
「?」
「私が泣いて慰められてて、ごめん」
「…おー」
ポンポンと背中を叩かれて、蛭魔にかけていた体重を離す。まわりを見渡せば、泣いたであろうした顔のみんなが、いた。
*
その日は、自室に荷物を置きにいく蛭魔についていって、夕飯も食べずにベッドになだれこんだ。蛭魔を慰めるっていったら、私にはこれしか思い浮かばない。蛭魔の襟首を掴んだまま、ベッドに背中から倒れて、私の顔の両側に咄嗟に手をついた蛭魔を見上げた。
「私にできるのこれくらいしかないから…」
「なまえ、」
「疲れてると思うけど、好きにしていいよ」
「…そーいうこと言うな、バカ」
蛭魔が、笑ったかたちのまま唇を合わせてきた。この、嬉しい気持ちと悲しい気持ちがないまぜになったまま、蛭魔の首に腕をまわした。ぎゅう、と抱きしめたら、蛭魔が肘から下をベッドにつけて体をくっつけてくれる。顔を傾けて、舌を絡めあう。夢中で、おたがいを求めあって、体をまさぐる。蛭魔の着ているデビルバッツのTシャツをまくりあげれば、脱がせるのを手伝ってくれた蛭魔が、Tシャツをベッドの下に落とした。裸の胸筋や腹筋を触っていたら、蛭魔も私の服を脱がそうとするから手伝う。片手でブラのホックを外されて、腕から肩紐を抜いて投げ捨てた。素肌同士で触れ合うと、熱くて、柔らかくて、しっとりしていて、もうどこが境界線か分からなくなってくる。腕を伸ばして、蛭魔の足の間に手をやれば、もう固くなったそれが主張していた。下から上になぞるように手を動かせば、蛭魔も私のスカートをたくしあげる。
「ね、」
「…あん?」
「も、はいるかも、」
「…ほー」
上唇だけをくっつけて、会話する。蛭魔の長い指が、タイツと下着をずり下げて、私は腰を浮かせる。スカートを思いっきり押し上げた蛭魔が、性急に下半身を寛げた。私は腕を伸ばしてゴムを取って、蛭魔に渡す。ゴミをやっぱりベッドの下に投げ捨てた蛭魔が、私の足を開かせて、それを当てた。ぐ、と圧迫感。ぐちゃぐちゃに濡れているけど、慣らしていないそこが、それでも蛭魔を受け入れる。私は深く息を吸ったり吐いたりしながら、両手首を合わせて、蛭魔の前に差し出した。
「ん、好きにしていいよ」
「…るせー」
蛭魔の両手が、ぱかと私の合わせた両手を離す。指を絡ませるように繋がれた手は、ベッドに押しつけられた。ピストンのたびに上がっていかないようにその手は頭をおさえてて、蛭魔を見たら、目が合う。
「ひるま」
「…」
「あ、ん、わたしが、いるよ」
「…ああ、っ」
「だい、じょぶ、」
笑ってみせれば、蛭魔も笑ってくれた。けれど、まるでそれ以上喋らせないかのように、動きが激しくなる。蛭魔がいつもしてくれていた、私が気持ち良くなる動きじゃない。蛭魔がただ、快感を追っている。それがなんだか、ひどく嬉しくて、動きのたびに声が出た。蛭魔が私の肩に噛みつく。私が悲鳴をあげる。それでも、歯は私の肩を離さない。まるで猫の交尾みたいだ。そんなことしなくたって、私は逃げないのに。もうどれくらい、突かれていたか分からないほど、体を占拠されていた。喉が渇いて、声がかすれてきたころ、蛭魔が顔を上げた。
「…だすぞ、」
「ん…」
ややあって、蛭魔が腰をひくと、蛭魔のものにかぶさったゴムがてらてら光を反射していた。先に白いものが溜まっている。キスをくれた蛭魔が、私の手を解放した。
「ひるま…」
「…なんだよ」
「…なんでもない」
だいすき、と言いそうになった口を戒めた。私も起きあがる。蛭魔がティッシュをくれたから、びしゃびしゃの部分をぬぐう。しわになったスカートが、行為の激しさを物語っていた。処理を終えた蛭魔が、ふー、と長い息をはく。
「フロ、はいるか」
「…うん」
よっこいせ、とベッドからおりた蛭魔が、脱ぎ捨てられた服やゴミを拾っている。服を受け取り着て、その背にたわむれにのっかってみれば、笑った声で、なんだよ、と言われたから、私も笑いながら、なんとなく、と返す。そのままおんぶされた私は、蛭魔に連行される。リビングのソファーに置かれた私は、浴室へ向かう蛭魔を目で追った。すぐに水音が聞こえだす。リビングを通り過ぎた蛭魔は二階に上がったらしく、私の着替えを取っておりてきた。ひとり暮らししていただけあって、こういうことができちゃうんだよな、見た目のわりに。だなんて考えて頬がゆるむ。その次にキッチンに向かった蛭魔は冷蔵庫からジンジャーエールのペットボトルを出し、氷をいれたグラスにサイダーを注ぐ。ジンジャーエールは五〇〇ミリのペットボトルだけど、サイダーは二リットルのペットボトルだからだ。
「喉、カスカスだろ」
「ありがと」
受け取った、よく冷えたサイダーが、喉をすべり落ちていく。炭酸が、事後の倦怠感を弾きとばす。
「蛭魔」
「?」
「次は、絶対勝とうね」
「…おう」
「やっと、デビルバッツが揃ったんだから」
だいじょうぶ。そう言えば、蛭魔は素直に笑って同意した。サイダーをお代わりして、疲れを癒していたら、蛭魔がソファーから立ちあがる。浴室へ向かったから、お湯のたまり具合を見に行ったのだろう。すぐに顔を出した蛭魔が、はいるぞ、と声をかけてくる。最初は抵抗があったけど、いまはもう、一緒にはいっても良いか、という気になっている。
「いまいく」
サイダーを飲み干して、ユーティリティースペースに向かう。服を脱いでいた蛭魔の隣で、私も汗のしみた服を脱いだ。蛭魔は一応、腰にタオルを巻く選択をしたらしい。私はもう良いか、と思ってシャワーで全身を流してから、蛭魔の待つ浴槽に足をいれた。向き合うのはどういう顔をして良いか分からなくて、蛭魔に背中を預ける。足が長い。浴槽のふちに腕をのせた蛭魔が、反対の腕を私の腹にまわす。いつもは長い髪が隠していたうなじに、蛭魔がキスをした。ぢゅ、と吸いつかれて、跡をつけられたことに気づく。
「ちょっと、やめてよ」
「どうせ見えねーだろ」
「そうだけどさ、」
「…嬉しいか?」
「え?」
「ムサシが帰ってきて」
そんなこと聞くなんて、妬いたのかな? と思ってから、ひどい思い上がりだと笑う。そんなわけはない。私と蛭魔は、友だち。ちょっと距離が近いだけの、友だち。それ以上だなんていう、確証はない。
「…嬉しいよ」
「…そ、」
「だって、蛭魔、ずっと待ってたでしょ」
「…」
「蛭魔が嬉しいと思うことは、私も嬉しい」
「…そーかよ、」
頭を、蛭魔の肩に預ける。この気持ちが伝わったら良いな。一番になりたいけど、きっとなれない。それなら、いま与えられる幸せを大事に大事に噛みしめていたいよ。蛭魔がほんとうはすっごく良いヤツだって、実は秘密にしておきたかった。けれどもう、部員のみんなにはバレている。もう、中学が一緒だった私たちだけの秘密ではない。それが、悔しいような、嬉しいような。運命の大きな流れを変えることは私にはできなくて、ただ、流されていくしかない。だから、もうそれはどうしようもないことで、やっぱり喜ぶべきことなんだと思う。蛭魔のこと、分かってくれるひとたちがこんなにいる。それってとても幸せなことだ。
「蛭魔」
「あ?」
「ほんとうに、良かったね」
「…そーだな」
「仕切り直して、次絶対勝とう!」
「当たり前だ」
「めざせ! クリスマスボウル!」
拳をふりあげた私に、蛭魔が苦笑する。前、向いてこ。前だけ、向いてこ。くしゃくしゃ、と蛭魔が私の頭を撫でた。体をひねって、顔だけ蛭魔に向ける。なんだよ、という顔をした蛭魔の頬に、くちづけ。
「かんばってね」
「…言われなくてもな」
優しく口角をあげた蛭魔がまぶしくてまぶしくて、涙がでそうだよ。