いつか言っていたよね。勝たなきゃ意味がないって。いまなら、そのこころが分かるよ。蛭魔が、ほほに触れる私の手に手を重ねた。熱い。溶けそうなほど、熱い。燃えそうなほど、熱い。いや、燃えてるんだ。ずっと。もうずっと。アメフトへの情熱をエネルギーに。ひるま、そう言って私は笑った。まだ少し残っているこわいと思う気持ちを押し殺して。

「蛭魔…私は、もうやめてなんて言えないよ。蛭魔が、どれだけ頑張ってきたか、クリスマスボウル目指してきたか、分かってるつもりだから…」
「なまえ、」
「だから…だから、こんなことで挫けないで。クリスマスボウルに行くまで死なないって、言ったんでしょう。お願い…負けないで。私をクリスマスボウルに連れてくって約束、守ってよ。信じてるから」

 信じてるから。私にはそれしかできないけど、それしかできないから。蛭魔の夢を、ここで応援するって決めたんだから。蛭魔より先に、私が諦めちゃだめだ。最後の最後まで、蛭魔を信じて、信じて信じて信じ抜かなきゃ。震えそうな声に力をこめた。私の手にすりよってくる蛭魔の、熱いほほを撫でる。

「だいじょうぶ。蛭魔は強いよ。腕の一本、持ってかれたくらい、大したことない。まだ、左腕が、両足が、残ってる」
「…なまえ、キスしろ」
「…どうしたの、急に」
「補給させろ」

 座っている蛭魔と、立っている私。腰を曲げて唇を合わせた。薄く開いた口から、舌が滑り込んでくる。顔の角度を変えて、その舌に応える。唾液がくちゅりと鳴った。もう言ってくれれば良いのに。好きだって。そうなんでしょう? でも、いまは言わなくて良いから。お願い。前だけ向いて突き進んできて。立ち塞がるものすべてを薙ぎ払って、全部ぶっちぎって、そのつよさを見せつけてよ。
 ちゅ、と唇を離す。至近距離で見つめ合って、もう一度、一瞬だけくちびるを重ねた。

「蛭魔」
「おう」
「はやく、戻ろう」
「そーだな」
「みんなが、待ってるよ」
「…」
「地獄の司令塔なんでしょ」
「…ああ、」
「誰が欠けたって、白秋には勝てないよ、蛭魔」
「そうだな」
「行こう」

 緩慢な動きで立ち上がった蛭魔に、ついてこい、と言われて素直に続く。行き先は分かっている。ベンチだ。私も、デビルバッツの一員になれたかな、蛭魔。中学生ぶりに、間近で見た防具を蛭魔に着せて、ユニフォームも腕を気遣いながら着せる。フィールドに戻っていく蛭魔の背中に、もうあの頃の蛭魔はいない。ベンチの端に座らせてもらって、少し離れたところに座る姉崎さんに声をかけた。

「姉崎さん」
「…はい、」
「デビルバッツのために、いっぱい頑張ってくれてありがとう」
「そんな、私は…マネージャーとして、当然のことをしただけだから、」
「デビルバッツを作ったとき、私もいたんだ」
「、」
「私たちの大事なデビルバッツ、大切にしてくれて、守ってくれて、ほんとうにありがとう」
「…ううん。こちらこそ、ありがとう」

 私たちの大事なデビルバッツ。昔はあんなに小さかったのに、随分大きくなったね。もう、祈ることはしないよ。蛭魔。だって、信じてるから。みんなを、栗田くんを、蛭魔を、信じてるから。だいじょうぶ。折れた右腕で、パスを取るのだって、痛くて痛くて仕方ないはずなのに、それでも蛭魔は痛くなんかないふりして笑ってるね。本当は走ることだって辛いはずなのに、残った左腕でボールを抱えて、ただ前に向かって走ってるんだよね。そういうところ大好きだよ。蛭魔、良い仲間に恵まれたね。蛭魔、デビルバッツは、不滅だよ。
 私にできるのは、ドリンク作りくらいだった。ビデオも記録も、姉崎さんがやっていた。時間は、止まらない。ずっと進み続ける。栗田くんが、峨王くんを凌駕したその瞬間の感動を、ボールを持ってラインの向こうに突っ込んだ蛭魔の強さを、割れんばかりの歓声の中で、見ていた。やった。やった。信じていたよ。蛭魔、栗田くん、ムサシ。あの日三人で誓った夢。クリスマスボウルに行く。ねえ。ついに、叶えたね。蛭魔。

「蛭魔!」

 フィールドから戻ってきた蛭魔を、立ち上がって迎える。左手が、ぐしゃりと私の髪を乱した。そして、倒れ込む。支えなきゃ。腕に触れないようにまわした両腕で、蛭魔を抱きしめる。重い。肩に、顎がのる。

「なまえ」
「…蛭魔」
「約束、守ったぞ」
「うん…うん!」
「なまえ…」
「蛭魔…、ひるま」

 私はただ、スタジアムの天井を見ていた。ライトがひどく眩しい。目が、焼き切れて、潰れてしまいそうだ。蛭魔。蛭魔も私にとって、これくらい眩しい存在だよ。
 だいすきって言おうとした。もう、なにも怖くない。私にも、蛭魔以上はいないから。どんなときも、ひとりのときも、ずっと、寄り添ってくれたのは、ねえ、蛭魔だったから。
 だいすきって、言おうとした私の言葉を遮ったのは、ほかでもない蛭魔だった。

「好きだ」
「…ひる、」
「もうずっと」
「…ひるまあ、」
「そんな声出すな。襲うぞ」
「そんな腕で?」
「左は使えんだよ」
「…蛭魔」
「…なんだよ」
「私も」
「…」
「私も、だいすき。ずっと、ずっと」

 左腕が、最後の力をふりしぼって、私を抱きしめる。それよりも、強く強く、蛭魔を抱きしめた。だいじょうぶ、蛭魔が歩けないときは、私が支えるから。蛭魔が私にそうしてくれたように。

「気づいてねーみてーだから教えてやるけどな」
「? なにを?」
「俺が処女切ったあのときから、なまえは俺の女だ」
「…そういうことはさ、もっと早く言ってよ」
「言わなくても気づけ」
「言われなきゃ、分からないよ。ずっと、セフレだと思ってた」
「仮にセフレを作ったとして、俺がそんなの大事にするように見えるか?」
「私、大事にされてたの?」
「この上ねーくらいな」

 ぐ、と自力で立った蛭魔の左手が、ほほに触れた。ゆっくり、目を瞑る。唇が、ぴったりと重なる。遠くで、みんなの声がしていた。