なんとなく蛭魔の機嫌が良さそうに見えたので、どうしたのか聞いてみたら昨日レシーバーが入部したと話してくれた。ちょうど昨日は母の夜勤のない日で帰っていたので、そんな日にビッグニュースがあったなんて知らなかった。レシーバーといえば、蛭魔のパスをキャッチするポジションだ。そりゃ、嬉しくもなるだろう。蛭魔が入部を喜ぶということは、蛭魔のあのすごいパスを取れるということだ。いままでずっと、蛭魔のパスを取り続けてくれたのはライス君だけだったのだから。
「もっと早く教えてくれたら、今日はご馳走にしたのに」
「こんなことでいちいち喜んでられっか」
「じゅーぶん嬉しそうだけど」
私の指摘をにやりと笑ってかわした蛭魔はシャワーを浴びにドアの向こうに消えた。山盛りに作った唐揚げをダイニングテーブルに置いて、ほうれん草のおひたしと冷奴をさらに並べ、みそ汁を用意し、夕飯は完成だ。すぐに出てきたほかほかの蛭魔はやっぱりタオルをひっかけたまま、私の向かいに座る。
「ライス君いらなくなっちゃったね」
「おう。今日処刑した」
「処刑って…また物騒な…」
「どいつもこいつもはりきってぶっ壊してやがってよ。糞マネなんか燃やしたから後始末が…めんどーだったしな」
「…ふうん」
かわいそうなライス君、と思いながら聞いていたら、私にとって不穏な呼称が続いた。蛭魔もなにを思ったのか、不自然な間があって、さらに勘繰る。つまらなさそうな私の返事に、食卓は一瞬、ぴり、と静寂に包まれた。けれどすぐに、唐揚げをくちいっぱい詰め込んだ蛭魔が話題を変える。
「そーいや、土曜にうちのグラウンドで賊学と試合すんだけど、くるか?」
「えっ…行きたい!」
「席っつーほどのもんはねーが、とりあえず場所取りしといてやるよ」
「わーい! 楽しみ! レシーバーお披露目?」
「そうなるな」
そういって笑った蛭魔が、本当に本当に嬉しそうで、なんだか泣きそうだった。いいな、私も、ライス君の処刑、見たかったな。あーあ、同じ高校に行けていれば、もっとたくさんのことを共有できたのに。
どうして蛭魔は、私の前で姉崎さんについて話すとき、一瞬止まったのだろう。私が意識しているのを知っているから? 自分が意識しているのを知られたくないから? 分からないけど、分からないけど、なにかしら、あることは分かった。どう思っているのだろう。私のこと、姉崎さんのこと。聞きたいけど、こわくてこわくて一生聞けそうにない。
スーパーで避妊具を買った次の日、分かっていたけど生理がきた。もしかしたらの可能性が全くないとは言い切れなかったから、心のどこかで安心したのを覚えている。生理はたぶん昨日には終わって、今日からはすっきりさっぱりの気分だ。すっかり出番なしだった避妊具はどこにあるのだろう。
洗濯機が、音をたてている。乾燥してしまうところまでやれば、たぶん二十二時くらいになるだろう。このもやもやを払拭するには、どうしたら良いのか考えあぐねながら、唐揚げを食べる。これも市販の唐揚げ粉で作ったから、当然おいしい。
「みんな、制服かな? 私服で行ったら目立つかな?」
「大丈夫だろ」
「楽しみだなあ、レシーバーお披露目!」
蛭魔のパスをキャッチしてくれる人がいるとどれだけ違うんだろう。デビルバッツはどれくらい強くなったんだろう。そう思うけれど、一番は、パスを使えていきいきしているであろう蛭魔を見るのが楽しみだった。
ふたりで夕飯を終えて、洗濯物を乾燥機につっこんだあと、バスタブにお湯をためながら洗い物をする。蛭魔は、どこから入手したのか、賊学の春大会の試合のビデオを見ている。広いお風呂にゆっくり浸かって、全身を磨く。髪をしっかりと乾かして、寝間着に着替えた。私もほかほかのままリビングにいく。乾燥機が終わるまで、勉強でもしよう。
「ひるまぁ」
「あんだよ」
「明日もあさっても泊まりにこれないや」
「母親、休みなのか?」
「んー。夜勤のほうだけ有休消化だって」
「ひとりじゃねえなら良いだろ」
「いても気まずいよ。なに話したら良いんだろ」
「いるだけで良いんだよ。安心すんだろ、母親も」
「そうなんだろうね…。帰ってきなさいってメールきてたもん」
私は蛭魔と一緒にいたいのに。でも、まだ高校生だし、普通は家で過ごすものなのだ。分かってる。母には不良となんら変わりなく見えているだろう。でも、学校にはまじめに行っているし、勉強もおろそかにしてはいない。微妙な不良だ。
乾燥機が終わったことを知らせてきて、私は勉強を終わらせた。宿題は夕方に友だちと終わらせたし、明日の支度もしたし、いつでも寝られる。乾いたものたちを畳んで棚に戻したり、二階にしまいにいったりして、リビングに戻る。蛭魔に任せておくとソファーにかけたままにして、だんだん家が散らかっていくのだ。
「蛭魔…えっと、もう寝るね」
「おう、俺もすぐ行く」
「うん」
今日、できたりしないかな。昨日も不在で、明日から二日間もいない。蛭魔に私を刻み込みたかったし、私に蛭魔を刻み込んで欲しかった。誰といても、私のことを忘れないで欲しかったし、私を一番にして欲しかった。
今日はぽろっと話してしまっただけで、本当はもっと色々、あるんだろうな。そりゃ、マネージャーだもの。部活のことについて、あれこれ話したりするだろう。良いなあ。俯いて階段をのぼりながらそんなことばかり考える。ひとりになりたくない。ひとりになったら、頭が余計なことばかり考えちゃうよ。蛭魔の部屋に入る。開きっぱなしのカーテンをぴっちり閉めて、ベッドにもぐりこんだ。蛭魔の匂いがする。良い匂い。遺伝子が遠いとそう感じるらしい。枕の端に頭をのせて、目を閉じる。掛布にしっかりすっぽり包まったら暑いくらいだ。
スーパーで会った彼女のことを、何度も再生していた。学校でもそうだ。ふとした瞬間に、脳内で強制的に再生される。肩につかないくらいの、栗色の髪。青い、瞳。私より高い背に、すらっとした脚。思い出したくないのに、彼女が蛭魔を呼ぶ声つきで再生される。それは、不意にドアが開いた音で中断される。反射で目を開ければ、蛭魔がいた。目が合う。
「まだ寝てなかったのか」
「うん…」
蛭魔は私がしっかり巻きつけていた掛布をべろんとめくって、片膝をベッドにのせる。見上げて、私も、蛭魔もなにも言わない。言わないまま、目を、離せない。離さない。
「…やるか?」
「…うん」
なにを、とは聞かなかった。ひそめたような声で、蛭魔は私の弱いところをさらけ出してしまう。蛭魔は掴んでいた掛布を足元においやる。私は肘をついて起きあがって、膝立ちになって蛭魔に抱きついた。蛭魔は、一瞬身をひいたけど、私に抱きつかれたまま、動かない。抱きしめかえしては、くれない。
「…ごめ、」
ん、までを言い切る前に、蛭魔が私のほほに手を触れて唇をふさいだ。手のひらを、もう熱い胸板にそえる。重なり合った唇が、一度離れて、またひかれあう。絡まりあう舌が、粘着質な音をたてた。蛭魔の両手が、私のほほをなぞるように動いて髪をかき上げる。顔の角度を変えて、深く唇を交わして唾液を交換しあう。
「ん…」
ゆっくり唇が離れて、膝立ちだった私はぺたんとベッドにへたりこむ。蛭魔の手が、寝間着にかかった。その手に従ってTシャツを脱ぐ。下着をつけていないから、胸を腕で隠した。見上げた蛭魔は無表情だった。なにを、考えているんだろう? 肩を押されてベッドに背をつける。覆いかぶさった蛭魔が、首筋を舐めた。顔を背ける。舐めながら手が、強い力で腕をどかした。あらわにされた胸を、その大きな手で揉まれる。
「いっ、」
肩をがぶりと噛まれた。尖った歯が、肌に食いこむ。ずき、と痛むそこをべろりと舐められた。少しだけ、しみる。抵抗しようと両肩を掴んだら、片手で両手首を取られてしまう。頭の上に縫いとめられて、身動きが取れない。
「ひる…ぁっ、」
そのまま、べろんと胸の先を舐められる。前に舐められたときより、下腹部に刺激が走る。なにこれ、と混乱しているまま、胸をなぶられる。腰をくねらせて、刺激に耐える。
明確に、はじめてのときと違う。体が、蛭魔に与えられる刺激を快感として、受け取るようになっている。その事実に気づいて愕然とした。声が、どんなに耐えてもでてしまいそうでこわかった。ぎゅうと、口と目を閉じる。蛭魔は胸を舐めながら、ときたまがぶりと肉を食む。そのたびに、私の体ははしたなくはねる。
「…ね、噛まない、でよ…」
「別にいーだろ」
また、がぶりとやわらかい肉を噛まれる。これ、跡にならないだろうか? なっても困ることはないけれど…。片手が私の両手を捕まえたまま、もう片手が私の腹をなぞる。するするくだって、ショートパンツにかかった。脱がされる。身構えても、逃げられない。下着の中に、手がもぐりこむ。その指先が、もう濡れている場所にたどりつく。
「びしょびしょ」
「…言わないで…」
ふ、と蛭魔が笑う。細い指先が、粘液を絡ませるように動いて、上のほうの突起に触れる。そっと擦られて、唇をひきしめた。気持ちいい。意味が分からない。なんでこんなに気持ちいいんだろう。ぬるぬる越しにくにくにと刺激されるだけで、途方もない快感がお腹にわだかまる。指が、びっくりするくらい優しく優しく動いていて、それがたぶんちょうど良くて、手首を掴まれたままこぶしを握りしめた。
「…なまえ」
「…な、ぁあっ!」
「声出せよ」
なに、と聞こうと口を開いた瞬間に、尖端を圧迫されて指先から振動を与えられる。開いていた口からあっけなく小さな悲鳴が飛び出てしまった。
声、だしていいの? そんな思いで蛭魔を見る。薄く開いた口が、それに気づいて口角を鋭く上げた。突起への刺激でさらに分泌されていた粘液を指先にまとった蛭魔が、敏感なそれをさらにいじめてくる。押しつぶすように擦られて、腰をひくも逃げられない。
「ま、まっへ、なん、なんか…」
「いきそーか?」
「わ、わかんな…あ、ああ、だめだめ、」
限界を突破した快感が足をこわばらせ、腹を震わせ、ぎゅうと体を縮こませた。ぶるぶると、体が痙攣する。涙目のまま、息を荒くし、瞬きを繰り返して蛭魔を見たら、眉をひそめていてこわかった。呼吸が整わないままなにも言えないでいると、蛭魔の指先が液体を分泌する穴に侵入する。それは、前回よりもすんなりと受け入れられ、お腹側をざらざら擦られて、下腹が痺れた。出し入れされるたびに、ぐちゅぐちゅ鳴って恥ずかしい。顔を隠したかったけど、手はまだ離されない。
「ひ、ひるま、」
「あ?」
「手、離してよ…」
「…また顔隠すだろ」
「だって、恥ずかしいよお」
「だーめ」
その言い方が、蛭魔にしてはめずらしくいたずらっ子な笑い方をして私の願いを無碍にした。言い返そうとしたら、指がぐにゃぐにゃ動いて押し黙る。この前とはうってかわって、動かれれば動かれるほど、ぶわりと下腹の感覚がひろがっていく。内ももがぶるぶる震える。息に熱がこもる。下唇を噛んで、いろんなものに耐える。
「ほら、また」
そう言って蛭魔はくちづけをする。噛み締めていた歯を舐められて、戸惑っているうちに口の中に舌がもぐりこんだ。奥にひっこんでいた舌を絡めるようにひきだされて、私は涙目でその感覚を享受する。苦しさに薄目を開けたら蛭魔とばっちり目が合って、また苦しい。
私を見て欲しい。私だけを見て欲しい。でも、見られたくない。こんな私を、はしたない私を、見ないで。そんな相反する気持ちがぐるぐると胸の中をうずまくけれど、体がそんなことを許してくれはしない。指先から与えられる感覚に、どんどん腰がひけていくけど、ベッドに仰向けの私は逃げるところがない。
目がとろけている自覚もなく、蛭魔と見つめ合いながらキスをしていたら、指がずるりと抜けていく。そのまま、そっと唇も離れていく。
「挿れるぞ」
「…ん」
そう言いながら蛭魔はベッドサイドから避妊具を取り出す。咥えたまま下半身をあらわにした蛭魔は、器用に端を歯で開けて、取り出したそれをくるくるとかぶせる。ぼんやりした頭と涙でぼやける目で見つめていた私に、蛭魔は口角を上げた。
「気になるか?」
「…そんなこと、」
両手で足をぐいと開かれて、ずるずるに濡れたそこにまるいものが当たる。あ、と思う頃にはもう先端が入り込んでいて、圧迫感。はじめてのときよりも圧倒的にすんなりと侵入を許したそこが火傷しそうなほどに熱い。先端が肉の壁を割り開くことで、全体がするすると入ってきてしまう。それは私がよく濡れているからだということには思い当たらない。ただただ、背をそらせて、指よりも太いそれをスムーズに受け入れる自分の変化に驚く。
「ぐずくずだな、」
「…やぁ、」
蛭魔の声すら、下腹に響く。根元まで入って、蛭魔は私にひとつくちづけをして掴んでいた手首を解放した。掴まれていたままの格好で腕を少しおろして顔を隠す。蛭魔は両手で腰を掴んで、出し入れを始めてしまう。段差が壁を削るように動くだけで足が痺れた。顔を背けるも声は我慢できないほどの、衝撃が私を刺し続ける。
「ん、んぁ、あぁ…ひるまぁ」
「なんだよ…もっとってか?」
「ちが…ひゃああ」
腰を掴む両手がそれなりに強い力で、私は蛭魔から逃げられずに内壁をひっ掻かれながら奥に先端を叩きつけられる。がつんがつんと続く衝動は強いはずなのに痛いはずなのに、気持ち良い。私の頭を空っぽにしてくれる。いまは、ただただ、蛭魔のこめかみを流れる汗の筋と、私の喘ぎ声だけ。ここには私たちしかいない。体温を分け合って、体液を混ぜ合わせて、もうなにもかもをぐちゃぐちゃに絡めて、じぶんたちでもほどけなくて、ただただそれぞれの体にそれぞれを刻み込む。誰にも知られない場所に。
「なまえ…うしろ向け」
「う、うしろ…?」
ぬぽ、とそれが抜けていって、蛭魔がかすれた声でそう言う。うしろ。よく分からなかったけど言われたとおりに、蛭魔にお尻を向けて、胸から上をベッドにつけた。腰を掴んだ蛭魔が、良い眺め、と笑う。羞恥心から言い返すべく体を起こそうとしたら、なんの前触れもなく蛭魔が熱いかたまりを差し込んでくる。
「ああっ、」
かくん、と上体がベッドに落ちて、突き刺さったそれが、また違う角度で私をえぐる。当たる位置が変わって、枕を抱える。口からひっきりなしに声が漏れそうで枕に顔を埋めた。衝撃で前に押されてしまいそうな体を、蛭魔が腰を掴んで離さないことで引き寄せられる。容赦なくひたすら腰を打ちつけられて、息ができない。肌と肌がぶつかる音が部屋に響く。蛭魔が、唸るように声を上げた。目の前がちかちかする。太ももまで液体が伝っていることが分かった。けど、そんなことを気にしている余裕はない。ただただ、出し入れされるそれに翻弄されていた。
「子宮…降りてきてっぞ」
枕を掴む手に力をこめる。ぎゅううと悲鳴をそれに紛らわせる。ぎりぎりまで抜け出て、奥まで突き刺さる。何度も何度も繰り返されて、頭がぼうっとする。もうなにも考えられない。気持ちいい。気持ちいいと叫びたい。けれど、そんなことはできなかった。
「ぁー、いく…」
蛭魔が小さく言う。終わる。そう思うもかき消されるくらいに動きが激しくなる。みちみちの穴に何度も何度もそれが擦りつけられて。いっそう奥まで叩きつけられてから、蛭魔のそれが細かく震えながら小刻みに動く。背中に長いため息がかかる。熱い。終わったんだ。そう思っていたら、蛭魔がずるりと抜けていく。ぺたりと体を横たえる。荒い息を整えていたら、蛭魔が唇の端にキスをした。
「ひるま…」
「頭、からっぽになったか?」
「…なった…」
どういう、意味で、からっぽなのか、分からなかったけど、確かにもう蛭魔に与えられる快感のことしか考えられなかった。そんな時間だった。蛭魔が私を求めて、私が蛭魔を求める。そんな、かけがえのない、官能的な時間だった。その濃密な時間が幸せであればあるほど、終わったあとのむなしさがどっと押し寄せる。気持ちが伴っていたなら、きっともっと幸せを感じられるのに。でも仕方ない。蛭魔の気持ちなんて手に入らない。だから私は体を手に入れようとした。そして、その目論見は成功した。
蛭魔は私を抱える。汗ばんだ肌に、私の肌が触れる。シャワーに連れてってくれるんだ。優しくしないでよ。優しくされて幸せだよ。相反する気持ちがぐるぐる胸を渦巻く。蛭魔を見上げた。優しい目元が私を見ていて、それだけで泣きそうだった。ごめんなさい。