背中に感じる体温と気配。ゆるく反応するものを、どうにか鎮めようときつく目を瞑る。そこには誰もいない。寝息なんか、聞こえやしない。だいじょうぶ。だいじょうぶ。いつもこうやって耐えてきた。
 夢でさえ追いかけてくる。いつからこうなってしまったんだ。自分がこんなに意気地なしだったなんて知らなかった。
 いつしか、ふたりでいることが当たり前で、でもそんなことはなくて、本当は返してやらなきゃいけないことくらい分かっていた。でも、でも。
 こんなに近くにいるのに手に入らないなら、どこか遠くへ行って欲しかった。そんなことは許せなかった。自分がこんな意味不明になるなんて呆れてものも言えない。
 好きって言えたらそれですべて解決するのかもしれない。傍にいろと言えたらそれで済むのかもしれない。けれど、いまはそれどころじゃないのも事実だった。時間があれば、基礎トレ、練習、分析、やることはたくさんある。構っている暇なんてない。けれど、手放したくない。わがままなのは知っていたが、ここまでとは思いもしなかった。
 欲しいものしかない。笑えるほど強欲でどうしようもない。けれど、どうにかしたかった。あのときも、自分にできることはなにもなかった。でも、今度もまたどうしようもない。家庭の事情に首をつっこむことで、立場が悪くなるのは自分じゃないことくらい分かっている。このもどかしさをまた味わうことになるなんて思いもしなかった。無力さを痛感しては、そんなものに溺れている暇はないことを思い出す。あの夜がくるまでは。
 背中に当たる、体温と柔らかい肉。腹をなぞる、小さな指。毎晩どうにか耐えてきた理性の糸が、そう強くないことなんて知っていた。やめてくれ。掴まざるをえなかった、その小さな温かい手に、絡みついてくる細い足に、眉間に皺を寄せたところでもう引き返せない気はしていた。

「ひるま」

 頼むから、その声で俺を呼ぶんじゃねえ。