頭の中から、蛭魔とアメフトを追い出して、みっちり三時間の講習会を終わらせ、昼過ぎには蛭魔の家に着いた。電車の中でケータイを見たら、太陽戦は引き分けで日本代表に決定したという旨のメールが届いていた。明日こそは見に行ける。太陽相手に引き分けたなら万々歳だろう。早くビデオを見せてもらいたいくらいだ。蛭魔たちはそのまま関東大会の準決勝を見に行くらしい。でしゃばることもできないので、はやる胸をおさえて、私は復習でもして待っているしかない。
*
「アメリカ戦なくなった!?」
「とりあえず、明日はな」
「楽しみにしてたのに…」
「まあ、来月やることになるだろーから大したことじゃねえよ」
「そうなの?」
「明日挑発映像…もとい、デビルバッツの宣伝映像撮って送りつける。アメリカさんも黙っちゃいられねーだろうよ」
「…またなんかよからぬことを考えてるでしょ…」
「今日の太陽戦は引き分けだったしな。こっちも準備期間だ」
「それはそうかも。まだ来月まで日もあるしね」
なんてことを話していた数日後、本当に挑発映像を作り、相手高校だけでなく全世界に送りつけた蛭魔はこともなげにこう言った。デビルバッツが十点差以上で圧勝しなければ全員即日日本退去だと。試合の日程は七月二十日夜。ちょうど一学期が終わって夏休みに突入するタイミングだ。
蛭魔はリクエストのカツカレーを食べながらなんてことないように伝えてくる。そんな重大なことを。
「即日日本退去って…どういうこと」
「溝六も拾いに行きたいしな、アメリカ合宿てとこだ」
「そんな…」
「着いてくるか?」
「…行けないよ。私なんか部外者だし、夏休みの前半は夏期講習あるし…」
「だろーな」
「なんでそんなむちゃなこと…」
「こうでもしねーと強くはなれねーよ」
「蛭魔…」
カツカレーが全然進まない。ちなみにカツは惣菜だ。揚げるなんてこと難しくってできないだろう。私がなにも言えないでいると、蛭魔は、家には好きにきて良いこと、たまに空気の入れ替えでもしておけ、だなんて、圧勝できない前提で話してくる。
「まだ分からないじゃん…勝てるかもよ、十点以上差をつけて」
「ま、やってみなきゃ分かんねーな。あと一ヶ月ある」
「勝ってよ…お願いだから」
蛭魔はなにも言わなかった。
いつもどおりの夜の時間を過ごしたけど、勉強は頭に入らず、早々に諦めた。ビデオで見た太陽戦、あんなに頑張ってたのに、すごかったのに。蛭魔はどんどん遠くへ行ってしまう。リビングをでて寝室に向かうであろう蛭魔のTシャツをほとんど無意識で掴んで、私は途方に暮れた。
「蛭魔…」
「そんな死にそうな顔すんなよ」
「だって…」
「落ち着けって」
「落ち着いていられないよ…ひるま」
「…なんだよ」
「…今日、いっぱいしてくれる…?」
「…仕方ねーやつだな」
断られないことなんか、分かりきっている。どうしてだろう。私はただのセフレなのに、こんな、こんなの、間違っている。でも、蛭魔は麻薬みたいに私を離してくれはしない。私も、その味が忘れられなくて何度も何度も求めてしまう。私から断ち切らないとだめなことくらい、分かっているつもりだった。でも、本当にその瞬間がくるまでは、断ち切ることなんかできやしないとも分かっていた。
蛭魔が、私の手を取って階段をのぼる。廊下を少し歩いて、蛭魔の自室に入る。カーテンが、開いたままだ。閉めたかったけど、そんな隙はなかった。手を繋いだままベッドに連れて行かれて、ふりむいた蛭魔は私にキスをする。そのキスの優しいこと。数秒で離れた唇を追って目を開いたら、まじめな顔の蛭魔がいた。そんな顔させちゃってごめんね。全部私が悪いから。全部私のせいにして良いよ。そう気持ちを込めて、私からキスをした。すぐ離れるつもりだったのに蛭魔が、腰と後頭部をがっちり押さえたおかげで、身動きが取れない。
「ひ、る…」
舌や歯をなぞられながらしぼり出した声に蛭魔は腰をさらに引き寄せるという返事をしたけれど、絡まり合った舌が離れることはなかった。そのうち、くちづけたままひょいと持ち上げられて、ベッドにおろされる。持ち上げられたときに反射で掴んだ二の腕から手を離しがたくて、でも、と思っていたら、蛭魔の手が私の腕を掴んだ。なんだろう、と思う間もなく、私の両腕を自らの首にかける。引き寄せるような抱き締めるようなかたちになってしまって、困って薄く目を開けた。蛭魔はキスのときでも目を閉じるなんてナンセンスだと思っているのか、普通に目が合う。ふい、と視線をそらしてみたら、蛭魔の両手が胸を包むように触れた。大きな手が、存外優しく胸を揉む。その刺激に私はやっぱり目を閉じた。蛭魔の舌が離れていって、ちゅ、と音を立てて唇が離れる。ちらりと横目で蛭魔を見たら、なんの意図か、左の目尻に唇が当たる。それでも、蛭魔の手は私の着ていた寝間着をめくって、胸をあらわにする。べろ、と舐めてから吸いつく感触に、首に回した両腕に力が入った。ぎゅう、と蛭魔を引き寄せたようになってしまい、慌てて力を抜く。
「ん…」
反対の胸の先をきゅうと指先で触られて、思わず声が出た。ぺろぺろと舌が尖りはじめた先端を舐める。その刺激から逃れようと、首に回された腕を動かして、蛭魔の洗いたてのさらさらの髪に指を通した。頭を撫でるようにしながら耐えていたら、蛭魔が胸の先を大きく吸った。びく、と腰が動く。足の間がじんじんしてきて、なんとなく濡れているような気がして、足をもじもじさせる。もう一度、ちゅううと吸われて首をそらせて刺激に耐えた。口を離した蛭魔がこちらを見上げる。
「いま自分がどんな顔してるか分かるか?」
「わかんない…」
「真っ赤」
そう言いながら蛭魔は私の頬を優しくなぞる。ひと息ついたところで反対の胸に蛭魔がしゃぶりついた。んん、と飲み込め切れなかった声が唇の隙間から漏れる。ぺろぺろ舐められながら、蛭魔がいなくなってしまうことを考える。空気の入れ替えだなんて、数日で帰ってくるような口ぶりじゃなかった。本格的に下腹が熱くなり出して、シーツの上で足を動かす。
「ひるま…」
「…?」
「どこにも行かないで…」
「…いまは忘れろ」
行かない、とは言ってくれなかった。そんな正直なところも、好きだ。気を抜いたら、好きだと言ってしまいそうだ。好きだと言えたら、きっと楽になる代わりになにかを失ってしまう。蛭魔を失ってしまう。そんなことがこわくて、私はただ言われたとおりに、いまこの瞬間だけは、蛭魔に溺れてなにもかも忘れてしまいたいと願った。
蛭魔の手が、腹をなぞる。体の側面をつたって、太ももをなぞった。期待と羞恥が同じだけ私を支配する。胸の先を甘噛みして離れていった蛭魔は、もう一度私にキスをした。そのタイミングで、ぎゅうと頭を抱き締めたけどするりと抜け出されてしまう。ああ。ぱたりと落ちた私の両腕。
起き上がった蛭魔の手が、私の履いているショートパンツを脱がす。太ももを下から持ち上げられながら、最後の布も取り払われてしまう。すぐに指先が触れて、肌にまとわりついた粘液のことがばれてしまう。くにくにと動く指先。ぬち、と指先が中に入り込んでくる。そこはもう、何度も何度も蛭魔を受け入れたせいで、難なく指を飲み込んでしまう。異物感に腰を浮かせたら、親指がまだ隠れた突起に触れた。
「んん、」
「好きだな、ここ」
なにも言えないまま、蛭魔の指が強くなる。押し潰されながらこしこし擦られて、体に力がはいる。持て余していた両腕で顔を隠した。はあ、と息を吐くことで快感を逃そうとするけれどうまくいかない。
「一回イっとけ」
外を擦る指と、中を擦る指が、ばらばらに動いて私を追い詰めていく。快感が、尿意にも似た感覚を与える。両手で口を塞いで、逃れられない指先の動きに翻弄される。まって、まって、そんな気持ちとは裏腹に、のぼりつめてしまいたい自分が足を閉じるのをやめさせる。ぐにぐに擦られる突起に、ついに私は体ごと乗っ取られたかのように、大きく弾けて震えた。
「いー加減、声我慢すんの、やめろよ」
「…だって、叫んじゃいそう…」
「俺にしか聞こえねーよ」
指の動きが止まっても、下腹や足が震える。まだ服を着たままの蛭魔と、全部脱がされた私。息も絶え絶えにその目を見つめていたら、蛭魔がTシャツを脱いだ。鍛え抜かれた、腹筋と膨らんだ二の腕が目にはいる。蛭魔が、ベットサイドから、ゴムを取る。私の中はもう、蛭魔を待ち望んでいた。スウェットとボクサーを脱いだ蛭魔は、充血してたちあがったそれにゴムをかぶせていく。身を乗り出した蛭魔にキスをされ、油断した隙に、先端がくぼみに当たった。
「あ、ぁあ、」
なにも言わない蛭魔が、ぐずぐずに溶けきったそこに入りこんでくる。今日の前戯は短めだったから、解しきれていない私の中が蛭魔の形をくっきり感じてしまう。割り開かれる感覚さえも愛おしくて、私の太ももを持ち上げる蛭魔の腕を掴んだ。
「なまえ、足上げろ」
膝から下を上げると、蛭魔の上体が屈んで潜りこんでくる。膝の裏が肩にかかって、私は足から力を抜いた。この体勢だと、より突き刺さる。一度腰をひいた蛭魔が、グン、と腰を進めた。ガツンといちばん奥にぶち当たる。
「あ、んん、」
「なまえ…」
うわごとのように私の名を呟いた蛭魔を見れば、目を細めて私の足を掴んだ。より密着した部分に、これ以上入りきらない奥をぐいぐい押されて、悲鳴が出そうになる。頭の中は、蛭魔がくれる快感でいっぱいだった。もうなにもかもを忘れて、本当に忘れて、ただただ蛭魔に突き上げられていた。腕を掴んでいるのも難しくて、シーツの上にぱたりと腕が落ちる。足を掴まれているから、突かれる動きで上に逃げてしまうこともできなくて、ただただ、短い悲鳴をあげながら蛭魔に抱かれていた。部屋には、肌と肌がぶつかる音が響いている。それにかき消されるように私の声。ありきたりだけど、私の空洞に蛭魔が入って完璧みたいだ。
「あ、あ、ひる、」
「…なんだよ、」
「しゅ、ごい、よお」
「…煽ってんのか、てめぇ」
がん、と勢いよく奥にあたって、目の前がちかちかする。蛭魔の段差が壁を削るように抜けていく。すぐに奥まで熱くて太いものが捩じこまれて、息を吐くことしかできない。
蛭魔が私のからだに染みこんでいく。消えない跡になっていく。蛭魔の形を知って、もう知らなかった頃には戻れなくて、蛭魔の形を覚えてしまって、もうこころもからだも蛭魔を忘れられない。蛭魔もそうだったら良いのに。私が消えない傷をつけられたら良いのに。私のかたちを忘れられなければ良いのに。そう思ったらじわりと涙が滲む。
「…なに泣いてんだよ」
「…泣いてない」
動きを止めた蛭魔が私の足を外し上体を倒して、私の目に溜まった涙を吸う。きっと、私の気持ちはバレバレなんだ。蛭魔ならもう察しているだろう。なのに、なにも言ってくれないといことはそうういうことなんだろう。だからせめて、蛭魔の中に少しでも私の爪痕を残したい。
はっきりした視界で蛭魔を見上げる。なんともいえない顔していて、悲しい。聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ちゅーして、と言ってみた。すぐにキスが降ってくる。なんなの。なんなのもう。好き。好きだよ。ばか!
「ひるま…」
「…なんだよ」
「…全部忘れたい…」
「…後ろ向け」
ずる、と抜けていった蛭魔の言うとおりに後ろを向く。お尻だけを高くあげて、腰を掴まれたらもう次の瞬間にはそれがはいってくる。
「ああっ」
ばちん、と肌がぶつかる。背中側が抉られるように抜けていく感覚も私の頭をおかしくさせる。肌のぶつかる音が規則的に響いて、お腹の中が充足感でいっぱいになっていく。もうなにも考えられない。もうなにも。手を繋ぎたくて腰を掴む手に手を伸ばしたら、蛭魔が私の腰から手を離して両手を掴んだ。ぐい、とひっぱられながら動きが止まらない。逃げることもできず、強い力でひっぱられているせいで顔を枕に埋められず、声がまっすぐ通り抜けていく。
「ひるま、ひるま、」
「…うっせえ」
好き、と言いそうになって唇を噛んだ。蛭魔が、いくぞ、と言う。途端に動きが乱暴になって、閉じられなくなった口から声が出る。がつんがつん動かれて、震える蛭魔が被膜に精を放つ。絞り出すように小刻みに動いて、ずるりと抜けたそこが寂しくて仕方ない。
「まだへばんなよ」
「え…」
「いっぱいして欲しいんだろ?」
私の両腕を離した蛭魔が腕を伸ばしてまたゴムを取る。ぺたりとベッドに落ちて、時計を見ようと思ったけど、首を動かす元気もなかった。もっと、もっと全部忘れたいよ、蛭魔。空っぽにしてよ。でも、きっと、蛭魔は全部覚えているんだろうなあ。