ちょっと傾きそうになる私が元に戻れるのは、声をかけてくるたくさんの女の人とか、怖がって距離を置く不良をよく目にするから。近づくのも近づかれるのもよくない。
平穏なはずの日常は、どこで狂ってしまった?
「聞いてる?」
「…あんまり」
学校帰り、またもや待ち伏せしていた彼に捕まって、隣を歩くはめになる。どっからどう見ても彼はコワイヒトで、まさか私がそういう人と関わりを持つことになるなんて夢にも思わなかった。
猫をかぶって猫なで声。
それが嘘っぱちだって、さすがの私でも知っている。目立つドレッド、口より饒舌な目を隠すサングラス。ゴールドのチェーンなんてヤクザといわれても信じてしまう。
「だから、いつなら暇? 遊ぼうよ」
「バイトあるし、遊ばないって」
「土曜は休みでしょ?」
「…ちがうし」
「またまたァ」
しっかりリサーチ済みで、彼は私の歩く速さに合わせて隣を歩く。長い黒髪、グレーのカーデに緑がかった色合いのスカート。ローファーにスクバを持った私はただの女子高生でしかない。
そりゃ彼は、優しいふりが上手だし、気が利くし、ちゃっかり頭も良い。アメフトをやっているらしく体つきは逞しいし、顔だって悪くない。声をかけてくる派手な女の人を華麗に無視して、馴れ馴れしくも肩に腕を回してくる。
「今日、バイトないんでしょ」
「…まあ、ないけど」
「どっか行こうよ」
「行かないって」
「なんで?」
背の高い彼が、私の顔を覗き込むように屈む。胡散臭い。嘘臭い。人の良さそうに上がった口角が、信じられない。
「あ、ごんくん、その…怖いし」
「怖くないじゃん」
「うそ。知ってるよ」
「何を?」
至近距離で辛うじて見えた、サングラス越しの目が、笑っていない。肩を掴む手から逃げようとしたら、痛いくらいに力を込められてどうしようもない。
「いたっ…」
「あぁ、ごめんごめん」
「だから、そういうの、怖いって」
「何もしねーって」
すぐに手から力が抜けたものの、垣間見えた本性に目を反らした。
「だから、何もしねーって」
「…信じらんないし」
「どうしたら信じる?」
低くなった声と、荒々しくなった喋り方。なんで私なんだろう。なんにもしていない。いつも、いつも通りに生きてきただけなのに。
「…分かんない」
俯く。
肩に回されていた手が離れていったから、ちょっとだけ顔を上げてみたら、やっぱりその目は見えない。
「じゃあ、信じさせるから。覚悟しとけや」
「え、え〜、だから、怖いって」
「なまえにはなんもしねえよ」
どさくさに紛れて呼び捨てにされたけど、なんとなくこっちの方が声と話し方にしっくり来る。
「ふーん」
「信じてねえだろ」
「うん」
「こンの、」
「えっ、なになに」
半身が衝撃を受けた。肩に肩をぶつけられたと気づく頃には手が握られていた。大きな手、温かくてゴツゴツしている。なんとなく、照れた。
「なに赤くなってんの」
「なってないし!」
「そういうことにしといてやるよ」
しかしこのままでは、拐かされかねないと危機感を抱いたけれど、それは呆気なくも杞憂に終わった。
「…どこ行くの?」
「帰るんだろ」
「うん」
「送る」
「…ええ?」
「なんだよ」
「いや、なんか…似合わないね」
小さく舌打ちをされて、手を奪って隣を歩くこの人が喧嘩っ早くヤリ捨て常習なんだということを思い出す。暴力に敵わなくたって、体を許したりは絶対しない。そう誓うついでにちょっとだけ睨んでみた。怖いから、ちょっとだけ。
「…なんだよ」
「…べつに」
落ちてなんてやらない。そんな悔しいことってない。
例え、この手が離しがたくたって。この人はこの手で暴力を振るって、莫迦な女を騙す。絶対に信じないし、信じられない。
「強情」
「じゃあ他探したら」
揺らした手はそれだけで終わる。離すかと思ったのに。残念だけど、私はその辺の女と違うから。だからもう諦めなよ。
「うっせえよ」
彼は吐き捨てるようにそれだけ言った。